044 ニワトリ、覚悟をする
「オラああああっ!」
ニワトリ──瀬々里は吼えた。
コウモリがどういうもので、何者なのか。瀬々里たち、鶏禽の一族には何一つ知らされてはいない。
ただ、昨日初めて相対して言えた事は、そのコウモリがクオリア使いとしては、ずぶの素人だという事だけだった。
あり得ない──。瀬々里は思った。
本来クオリアは、クオリア使いの血筋の者が幼い頃から鍛錬を繰り返した結果、初めて使えるようになるものだ。
したがって、この年齢に至るまで素人というのがまず、あり得ない。
それにもかかわらず、目の前を往く飛鼠から感じられるクオリアのパワーは、決して低いものではなかった。むしろ伝説的な存在にふさわしい力を秘めているのがありありと感じられる。
それはまるで、大排気量のモンスターマシンを無免許のライダーが操っているようなものだ。
目の前にひらひらと飛ぶコウモリの姿。
クオリアがだだ漏れだ。
クソったれ──! アクセルを握る手がギリリと軋む。
カタ付けてやる! 瀬々里がそう思った瞬間だ。
びょう。
それは風と共に、瀬々里たちのマシンをいとも簡単に抜き去った。
オオカミ────犬上だ。
便利屋が見ていれば、幾度も目をこすったに違いない。
ヒトが二本の足で駆けている姿を見ているはずなのに、目を凝らせば凝らすほど、四つ脚の獣が重なって見えてしまう。
犬上が跳ねる。
走る機械のように無駄のないステップ。
地を蹴る毎に、その脚元から放たれる衝撃波がその場の空気を圧縮する。
それは、突堤に立ち並ぶ壁のように、追手のマシンの前に次々と立ちふさがった。
ごお! ごお! ごお!
壁を突破する毎にマシンは速度を奪われる。
みるみるコウモリの姿が小さくなっていく。
「ちいっくっしょおおおおお!」
叫びとともに、瀬々里はコルク弾をぶっ放した。
オオカミは右へ左へステップを繰り返し、それを軽々と躱してゆく。踊るような動きに込められているのは挑発だ。
『追いかけたければ自分と戦え!』
オオカミはそう言いたいのだ。
瀬々里は元来、気が短い。喧嘩は売り買いできるものだと本気で思っている。
だが、誘いには乗れない。一族の悲願を前に私情はない。
相対すべきは、目の前の狗獣ではない。
だが、しかし──
「クソ!クソ!クソ!」
ありったけのコルク弾をオオカミに向けて浴びせかけるが、全て虚しく弾かれ躱される。
バギーの二人も同様だった。
こちらは3人同時の攻撃にも関わらず、先行するオオカミの巻き起こす風の障壁を突破することすら、ままならない。
「姐さん! あと5分ですっ!」
バギーに乗った部下、ハツが叫ぶ。
事あるごとに、二段劣ると嘲笑される自分の血筋を恨んだ事はない。
ただ、自分たちを嘲笑う奴らに蹴りをくれてやりたい。
瀬々里の望みはそれだけだ。
だが、それをタダのヒトに媚びると嘲笑される、目の前の狗獣に阻まれる。
ギリリ。
瀬々里は歯噛みした。
「クソったれぇぇぇっ! 時間ねええ!」
瀬々里は大きく吠えると、背中の翼をひときわ大きく展開させた。
途端に、高速で走るバイクの周りの空気が揺らめいた。
――――かげろうだ。
今までとは比べ物にならない圧倒的な熱量。
「「えっ?」」
ガツ、ハツが同時に声を上げる。
瀬々理の黒髪が先より赤く染まり、チリチリと音を立て燃え始めている。
「姐さん、やめてください! 明日もあるじゃないですか!」
コルク銃を握りしめたハツが叫ぶ。
「うるせぇぇぇっ! 明日があると思うなっ!
今日! ここで! 突破すんだ! アタシ等はぁぁ!」
ハツの言葉を遮るように、瀬々里はバイクの上で身を起こした。
ボオ!
その額に焔が灯る。
それは、まばゆい光を放つ火柱となり燃え上がった。
「くっ!」
圧倒的な熱量に、瀬々里の口元がゆがむ。
飛び散る火の粉が、 瀬々里の黒髪を焦がしている。
「い……いくぞ! 狗獣!」
鶏禽の姫が挑もうとしたその時────。
並走していたバギーが突然急加速し、バイクの進路を塞ぐように前に出た。
「なっ!? ガツ! てめええぇ!!なにしやがる!」
瀬々理が吠えた。
だが、その声を遮るかのようにバギーの運転席がメタリックブルーに燦めいた。
「やめとけ! 姐さん!」
バギーを操っていた部下の男、ガツだ。背中からウロコのように黒い縁取のある羽根で構成された翼が展開している。
「なっ!? バカですか?! ガツ!
追撃者以外がコウモリ捕獲に、クオリア能力を使うと即失格ですよ!」
コルク銃を握っていたハツが叫ぶ。
「百も承知さ!」
「じゃあなんで!?」
「わかんねえのか? ケンカだ! ケンカ!」
「ハ!? なにを言ってるんですか!?」
「クオリア使っちゃいけねえのは、何だハツ!?」
「!?」
「コウモリの捕獲だろうが!
俺らはただ、気分よくドライブしているだけだ。
なのに進路妨害をしてくるケモノヤロウが一匹いる。
一発ぶん殴るのに、クオリア使っちゃいけねえなんて、一文字だって書いてねえっ!」
「な…………。そんなむちゃくちゃな!?」
「うるせえ! 昨日だって、大概のことをやっちまっているのに、お咎めがねえ! つまりは書いてなけりゃ、何だってやっていいって事だ。
なあ姐さん!」
「………………………………」
瀬々里の額に灯っていた焔が消える。
「ありがとな、ガツ!
そうさ、アタシ等は
でも、コウモリさえ捕まえられれば、あいつらだって無視はできない!
だから…………!
サポート頼んだよ! ガツ! ハツ!」
先の焦げた髪をなびかせながら、瀬々里が叫んだ。
「承知っ!」
ガツが握りこぶしで応える。
「………。わかりました。なら──!!」
苦笑しながらハツも身構える。
瞬間、メタリックグリーンが燦めいた。ハツの背中に、白と黒ツートンカラーの翼が開く。
「いくぞ!」
二人は同時にバギーを飛び降りた。
「私から行きますよ!」
主を失い急減速するバギーの前に、二羽の鶏禽が降り立った。
(鶏の声──?)
聞こえたような気がするが、聴いた覚えがない。
耳を疑った犬上の前に、それは突然現れた。
白と黒に塗り分けられた翼のトリ。
風の盾で抑えていた筈の追手の一人だった。
「──え!?」
いつの間に追い抜いたのか!? と、思う間も無い。
再び鶏の声がした。
白と黒の翼が犬上の目の前で閃いた。
「なっ!?」
風の盾が効いていない。
「私に関の類は効きません!」
間合いを詰め、眼前に現れた
低い体勢からの足払いを食らい、犬上の足元がもつれる。
「くっ…………!」
かろうじて体勢を保つが、風の盾はわずかに揺らめいた。
しかし、
バイクのエンジンが唸りをあげ、鶏の女は犬上を躱し、突堤を駆け抜けて行く。
「しまっ……た!」
追わなくては!
だが、スピードを上げようとした犬上の頭上に何かが閃いた。
「!?」
ガスン!
次の瞬間、それは重い音を立てて犬上の目の前の突堤に落下した。
間一髪、躱した犬上にバラバラとコンクリートの破片が降りかかる。
「オラオラ! ドライブの邪魔すんじゃねええええ」
もう一人の
ガス、ガス、ガス!
人とは思えぬ質量が突堤を踏み抜いて行く。まるで石のようだ。
どうやら簡単には通してくれないらしい。
「逃げろ! コウモリ! 絶対、逃げ切れ!」
犬上は、ひときわ大きく叫ぶと、立ち塞がる男たちに向けて跳躍した。
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