036 ベイブリッジを目指す

パ、パ、パ、パ、パ、パ!

 佳穂の周りに弾が乱れ飛ぶ。

 当たる。落ちる。死ぬ!

(ひいいいいい────────────────っ!)

 佳穂はじたばたともがくように空を掻き、あらん限りの声で悲鳴を上げた。

「─ ─ ─ ─ … ッ!?」

 その瞬間、佳穂の中で何かがつながった。

 恐怖に上げた声にならない声が、佳穂の周りを飛ぶ無数の弾にこだまし、輝く干渉縞を作り出していく。

 視界が真鍮色の光であふれかえる。

 無数の弾の軌跡が、張り巡らされたられたロープのように『聞こえて』くる。

 ワンストローク、ツーストローク。

 はっきり見えるロープを避けて佳穂は藻掻く。

「避けんじゃねええええええ!」

 緋色が叫ぶ。

 パ、パ、パ、パ、パ、パ!

 空気が爆ぜる。張リめぐらされる軌跡。

 その先に、海面から立ち上がる壁が見えてきた。突堤だ。

「うわーーーーーーーーーっ!」

 乱れ飛ぶ軌跡の中、 佳穂は突堤の上に転がり込んだ。

「はあ はあ はあ はあ はあっ!」

――――飛び切った。

 嘘みたいだ。

 最後の数十メートルは、何が起こったのか自分でもわからない。

――――飛び方はクオリアが教えてくれる。

 少年の言ったその言葉の通りなのだろう。

 これで少しは休める。そう思った矢先――――

「!?」

 淡い期待を嘲笑うかのように、あのメタリックブルーの輝きが視界の端に煌めいた。

 バギーの男がこちらの突堤に回り込んでくる。

「は、早いよ……」

 休むことすらままならない。 振り向いて、元いたD突堤を見る。

「――――いない」

 見える限り、便利屋の姿はそこになかった。

 パ、パ、パ、パ、パ、パ!

「ぅわっ!」

 立ち上がった佳穂を掠めて弾が飛ぶ。

 飛び越えて来た海には、ジェットスキーの女が未だいる。 バラバラと地面に落ちていくのは、丸い円筒形のコルクの弾だ。

 さっきから自分を狙ってたのはこれだったのだろう。 ただのコルクとは言え、かなりのスピードで飛翔していた。空中でこんなものに当たってしまったら、痛いに決まっている。当然、墜落は免れそうにない。

 引き返すなんて考えられない。 佳穂はD突堤とは、反対側へ踵を返した。コンテナの並ぶその先に、ベイブリッジが見える。

「逃げなきゃ……」

 佳穂は走り出した。


 コウモリ女の姿がコンクリートの壁に消える。

 見送ったジェットスキーの女は、無線に向かって叫んだ。

「反対側に行くつもりだ! ガツ! ハツ! 作戦を変えるよ!」

 言うや否やくるりと向きを変え、沖に向かって走り出した。


「────────くっ!」

 おもいっきり地面を蹴り、腕を振り下ろす。

 離陸。

 BC突堤。地面近くを低く飛ぶ。

 水面スレスレを飛んだ時のように飛びやすい。どうやら、低く飛んだ方が楽に体が浮かぶらしい。

 しかし、低く飛ぶという事は、必然的に地をゆく追手との距離も近くなる。

「もう来た!」

 すぐ後ろにバギーが迫ってくる。

 バシュッ!

 輝く視界がきらめいた。背後に蜘蛛の巣が開く。

「ひゃああっ!」

 翼を閃かし、それを躱す。

「くそっ!」

 バギーの男が叫んだ。

「逃がすかっ!」

 バギーは続けざまにネットを射出する。

バシュッ!

 躱す。

バシュッ!

 躱す。

 生きた心地がしない。しかも──。

「…………!」

 躱す度に速度が落ちる。バギーとの距離がどんどん縮まってくるのが感じられる。

 少しでも距離を離したいのに、地面スレスレでは思うように翼が振るえない。

「ひぇぇぇぇっ!」

 ダメだ。このままじゃ絶対捕まってしまう。

(なんとか…………!)

 大きく腕を振り上げると、開いた翼を思いっきり振り下ろす。

「……くうっ!」

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