027 保健室で目が覚める

 目が覚めた。

 天井とそれを囲む白いドレープが見えている。

 ここは――――? 保健室だろうか。

 ベッドの上に横たえられていて、薄い布団がかけられている。

 一体どうなったのだろうか?

 ピアノの前奏が鳴り、歌が聞こえたあたりから急に眩暈が始まった。思い出せるのはそこまで。多分、気を失ってここに連れてこられたのだとは思う。

 佳穂は身を起こした。幸いなことにもう眩暈がするようなことはなかった。

 どれくらい時間が経ったのだろうか。少なくとも、入学式は終わった頃だろう。式のあとはクラスに分かれてのオリエンテーションがあるはずだ。

―――――もうちょっと、ゴロゴロしてよう。

 佳穂はもう一度横になった。このまま狸寝入りを決め込めば、面倒な儀式を合法的にパスできるかもしれない。


「いっててててて……! もうちょっと丁寧にできないの!?」

 突然、カーテンの向こう側から声が聞こえた。

「これくらい、我慢なさい。投稿初日から喧嘩なんて派手なコトして!」

 声からすると、カーテンの向こうには二人いるようだ。

 若い声と、落ち着いた声。どちらも女性だ。

 僅かに開いているカーテンの隙間から、包帯を巻かれている腕が見え隠れしている。どうやら怪我の処置をされているようだ。

「仕方ないでしょ!? バカにしてきたからやり返しただけ! 何か悪いコトある?」

 若い声は息巻いている。話の内容からして、さっきの喧嘩の元凶なのか。

 関わりたくない――――佳穂はため息をついた。狸寝入り続行、っと思いながらも、なんだか少し引っかかった。若い声の方に、聞き覚えがあるような気がしたからだ。

「――――あなた、目立つんだから……。もうちょっと大人しくしてなさいな」

「大人しくなんかできるわけないでしょ!! どんな手使っても、勝たなきゃ意味がないもの!」


[[もう……、そういう意味で言ったんじゃないわよ。そこ、普通コモンの子が寝てるんだから。せめて学校では大人しくしなさい、って事]]


[[ふーん。コモンね。……もう起きているみたいだけど]]


[[え?]]


 聞き間違えだろうか?

 最後の二人の会話、どういうわけかおかしなものに感じられた。


 疑問に回答を出す間も無く、カーテンが揺れ、ドレープの間から顔が覗いた。メガネの女性だ。

 間隙から白衣が見えている。胸のバッジには校医の表記。名前は日瀧ひたき先生か。

「起きた?」

 校医の先生は、佳穂の様子を確認するとにっこり微笑んだ。

――――しまった、狸寝入りをし損ねた。

 会話を聞くのに集中していたせいで、完全に油断をしてしまっていた。

「……はい」

 佳穂は小さく返事をした。

「そう。ちょっとうるさかったかな? ごめんなさいね」

 佳穂は小さく首を横に振った。

「具合はどう? 立てそう」

 首を縦に振る。

「大丈夫そうね、ただの貧血かな? よくあるの?」

 横に振る。

「そう。じゃあ、私ちょっとあなたのクラスに行ってくるわね」

 そういうと、校医の先生はドレープの外に頭を引っ込めた。


 部屋は静かになった。

――――と思ったら、それはすぐに破られた。

「悪かったわね、起こしてしまって」

 カーテンの外にいるのは……さっきの喧嘩の当事者だ。

 校医に置いてけぼりを食らったらしい。

「この学校、変わってるでしょ? これからも、大変だと思うけど、まあ頑張って」

――――どういう意味なんだろう。喧嘩女の言葉を測りかねているうちに、椅子から立ち上がる音がした。

「先生に言っといて。今日も忙しいから、帰るって」

 ドアを開け閉めする音の後、部屋は今度こそ静かになった。


「あら、姥山うばやまさん、いなくなってる」

 しばらくして、校医が戻ってきた。


「ねえ、ここにいた人、なんか言ってなかった?」

「……忙しいから帰るって、言ってました」

 佳穂はありのままを報告した。

「もう、勝手なんだから……」

 校医は呆れたような声を出しながら、ベッドを囲むカーテンを開いた。

「さあ、行きましょうか? 教室まで送るわ」

 校医は、佳穂を促した。


―――― 忙しいから、帰る。


 言ってみたいが、言えるわけもない。諦めて佳穂はベッドから降りた。

 と、その時。

「先生!」

 保健室のドアが開いた。

「は、はい!?」

 突然の訪問に校医の先生は素っ頓狂な声で答えた。

 入ってきたのは、いかにも強面という男子生徒だった。しかし、その顔の左側の頬は無惨にも腫れあがっていた。

「一発、食らいました。あのから」

「あら。あら。あら。それは大変」

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