コウモリになるとはどのようなことか What a bloody answer!

〆野々青魚-Shimenono Aouo

001 預金残高、89円

 チャイムの音がして目が覚めた。

「はい」

 ソファーから起き上がって、インターホンに応える。

『んちわー! スーパー本牧です。宅配に伺いました!』

「すみません。今、手が離せないので足もとの宅配ボックスに入れてください」


 手が離せない、というのはウソだ。

 まぶたが重い。

 暖簾のれんのように目を覆い隠している前髪メカクレの下で、濡れた睫毛まつげが張り付いている。

 また夢を見て、泣いてしまったようだ。

「は──」

 鼻先が摘まれたように痛い。腕を伸ばし、ティッシュを一枚取ると思い切り鼻をかんだ。

(…………)

 嫌になる。

 鼻だけじゃない。こんなに泣いていたのでは自分の目は腫れぼったく、酷い状態に違いない。

 見たくもないし、見せたくもない。月澄つきすみ佳穂かほは思った。


 春の陽光が、部屋を暖めている。

 明日から通う高校の制服を着て、最終チェックをしているうちに、ついうとうとしてしまったようだ。

 チェックのスカートにブラウス、リボンにジャケット。

 佳穂は制服が好きだ。

 皆、同じだから自分だけが目立つということもない。


 インターホンで、スーパーのトラックが居なくなったのを確認すると、ドアを開け、荷物を取り入れる。


 届いた商品を確認して、に気がついた。

 食料品とは別にあとから注文した、歯ブラシが入っていなかった。

 注文ミスなのだろうか? 

 スマホでスーパーの通販サイトを開き、注文履歴をチェックする。

 歯ブラシの履歴に赤い印が付いている。


【支払い方法に問題があります】


(決済、出来てない!?)

 慌てて生活費として使用が許されている銀行口座を確認する。

「預金残高、89円!?」

 一週間前までは、8桁ほどあったはずだ。それが昨日、ほとんど引き出されている。何かの間違いか、それとも決済サギだろうか?


 違う。これはの仕業だ。


 佳穂は真っ青になった。

(ど、ど、ど、どうしよう……)

 慌てて、祖母に電話をかけてみる。

 しかし、呼び出し音はするものの、一向に出る気配がない。は早朝なので、電話に出られない時間ではない。

 メッセージも送ってみた。

『おはよう? 元気?』

 間髪を入れずに『既読』が付く。

 しかし、いくら待っても返信がない。


 もしかしたら──本気なのか。


(どうしても、『宿』やらなきゃいけないの? おばあちゃん……)


 唇を噛みしめながら佳穂は立ち上がった。

 通学カバンに祖母から渡された封筒が入っているのを確かめ、急いで玄関へと向かう。

 靴を履き、つま先を床に打ち付けながら、佳穂は下駄箱の上のフォトスタンドに挨拶をした。

「おはよう」

 フォトスタンドには、二枚の写真が重なって入っていた。

 一枚目、母と赤ちゃんの頃の佳穂の写真。

 二枚目は――佳穂がこっそり隠したの写真。

「行ってきます!」

 佳穂は玄関を開けて、駆け出した。

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