02夜
018 地上に降りる
(し、死ぬかと思った……)
佳穂は、朱と白に塗り分けられたキリンの群れの間をコソコソしながら歩いていた。
本牧埠頭のガントリークレーンだ。
見上げれば、はるか高いところに今までいた運転室が見えている。
本当に、あそこで一晩過ごしたようだ。
ヒツジの青年――ウリアルが行ってしまった後、佳穂は非常階段を使ってなんとか地上まで降りた。
はっきり言って高いところは苦手だ。まだ足が震えている。
ウリアル――――あのヒツジの青年は、佳穂を抱え、あそこまで駆け上がったのだろうか。
(また助けられた……)
『逃げ切ったんですよ、サンドリヨン』
佳穂は赤面した。
こんな暖簾髪の女のどこがサンドリヨンなのだろう?
佳穂はウリアルが消えていった方向を見た。
朝日に照らされた山手が目に入る。
眩しい。
気絶していたせいか、まだ頭がぼーっとしている。
「家に帰ろ――!?」
つぶやいた時だった。
佳穂は大事なことを2つ、忘れていることに気がついた。
家、爆発。入学式。
佳穂は山手に向かって駆け出した。
* *
慌てて戻ってみると、山手は物々しい雰囲気に包まれていた。
放水があったのだろう、そこらじゅう水浸し。
朝も早い時間なのに消防関係者、警察、野次馬でいっぱいだ。
(……やっぱり)
悪い予感は的中した。
佳穂の家に続く道には、規制線が張られていた。
その前には警察官が立っている。
(どうしよう────)
先に進むのに、簡単には通してくれそうにもない。
佳穂は意を決して、警察官に声を掛けた。
「ぁ、あの……」
「はい?」
立っていたのは、実直そうな警察官だった。
硬い表情に気圧された佳穂は、固唾を飲み込んでからやっと言葉を捻り出した。
「この先の住人なのですが────通れますか?」
「どのあたりですか?」
「2ブロック先の交差点の角です」
「あー。
申し訳ないですが、そこはまだ安全確認が取れていません」
警察官は、少しだけ言い淀んでから言葉を続けた。
声の調子から読み取れるのは、その場所がひどい状況だということだ。
「────」
佳穂は言葉を失った。
自宅は佳穂にとって一番安心できる場所だ。
一刻も早く家に帰って、この出鱈目な状況をリセットしたい。
「心配でしょうが────」
とにかく検証が終わって、安全が確保できなければ入れない、と警察官は言うのだった。
そして、少しだけ詳しい話をしてくれた。
事故の原因は老朽化した配管からのガス漏れではないかということ。
家の前の道路を中心に、周辺にはまだ近づけないということ。
通報が早かったためか、爆発前に避難がすっかり終わっており、死傷者が出なかったこと。
「ガスだけじゃなく、電気や水道も停まっています。安全が確保されても住めるまでには時間がかかると思いますよ。どこか頼れるところ、ありますか?」
佳穂は首を横に振った。
「では、地区の集会所が仮設の避難所になっています。まずは、そちらに行ってください」
警察官の言葉に佳穂は絶望した。
(………………家に帰れない)
佳穂にとってはもはや詰んだも同然だ。「祭礼」は今日もあるはずだ。
残り14日間。仮設避難所から学校にも行き、日が暮れたら出鱈目な鬼ごっこ。
(無理無理無理無理無理!)
できるはずがない。
いや、そもそも仮設の避難所が無理だ。
人がたくさんいる場所というだけで佳穂には無理がある。
警察官からよろよろと離れ、佳穂は呆然となった。
(どうしよう…………)
────どうしようもない。
頼みの綱になるのだろうか、この状況をどうにかできそうなのは便利屋くらいしか思いつかない。
だが、その蜘蛛の糸のような頼りない綱も、連絡先すらわからないのだからどうしようもない。
その時だ。
「月澄……!?」
佳穂は突然、背後から声をかけられた。
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