011 吐く

「どうした? コウモリねえちゃん! 元気ねえじゃねえか!」

 後部座席で元気なく、身を屈めている佳穂に便利屋が問いかけた。

「さっきの爆発で、ウチが……」

 どうなったのか知りたい。今すぐにでも戻りたい。

「お前、そのカッコで、明日学校に行くのかよ!」

「それは……イヤです!」

 この格好で入学式、恐ろしくて想像すらできない。

 ここで諦めたらこの姿のままで、一生過ごすことになってしまうかもしれない。

「そりゃよかった! 俺も違約金50万は困る。契約上、今日はなんとしても逃げてもらうしかねぇ」

「残り、何分ですか?」

「15分ってとこだ!」

 今は逃げる事が先決だ。

「!」

 背後で炎の緋色が輝く。後方から、けたたまし音を立てながらバイクが迫ってくる。

「もっと早く!」

「うるせ! これが今できる精一杯だ!」

 そう言いながら、便利屋は急ハンドルを切る。

「きゃああっ!」

 車は住宅街のせまい道を右へ左へジグザグに走っていく。佳穂は後部座席で右へ左へ振り回される。

「うっぷ……っ!」

 イヤなものがこみ上げてきた。便利屋の運転のせいだけではない。

 目立たないよう身を屈めているし、なによりあの「見える音」が頭を揺さぶってくる。車の酔いが3倍増しだ。思わず口を抑えて唸ってしまう。

「シートに吐くなよ! 耐えろ! 飲み込め! 弁償してもらうぞ!」

「む、無理です!」

 佳穂は、クラクラした頭をかかえながら後ろを振り返った。

 追手のバイクはしっかり喰らいついて来ている。だが、狭い道のせいで追い抜くこともできない。


 便利屋は、車一台がやっとの道を選んで走っているのだろう。

 これなら捕まることはなさそうだ。

「ははは! ざまあみろ!」

 便利屋が、高笑いをした瞬間。追手のバイクがすっと横にスライドした。

 ガイン!

 鈍い音がしてオープンカーが横揺れする。コーナーリングの隙を見逃さず、壁と車の間に入り込み、すり抜けざまに車のボディを蹴り上げたのだ。

「な、なにー! このqwせdrtfygふ!」

 便利屋が叫び声を上げる。

 どうやら本気で怒っているようだ。追手は、叫び声に応えるかのように、もう一発。

 ガイン!

 おそらくボディはヘコんでいるだろう。

「やめろ、くそ!この! 畜生!」

 必死でハンドルを切るが、細い道路では逆に逃げ場がない。

 バイクの女はなおも攻撃をやめず、近づいてはボディに蹴りを入れてゆく。

 便利屋は半泣きだ。

 佳穂はといえば、更に荒っぽくなった便利屋の運転に必死に耐え──

「うっ……! うええええええっ!」

──られなかった。

「ちょっと! おま! 信じられねええ!!!」

「す、すみませ…うぷっ!」

「くそったれ! なんで、俺がこんな目に会わなきゃいけないんだ!? もう知るか! くそ、降りやがれ!」

 便利屋は停車しようと急ハンドルを切る。

「え!? さっきと話が違います!?」

「うるせえ! こいつを滅茶苦茶にされるくらいなら、いくらだって借金背負ってやる!」

 佳穂は身を乗り出して、ハンドルを抑え、抵抗する。

「や、やめてください!」

「いや、降りろ!」

 押し問答に車はふらふら走行し、道の脇の植え込みに突っ込んで停車した。

 続いて、追手のバイクも停車する。

「あわわわわ!」

 車を飛び降り、佳穂は駆け出した。

「あ、コラ! コウモリ女! 待ちやがれ!」



   *          *

 スマホが振動し、着信を知らせている。


「…………は」


 着信画面を見て、そのスマホの持ち主はため息をついた。

 大事な日を明日に控え、かけようと思っていた相手から電話がかかってきたからだ。

 印象的な山鳩色の髪の毛。ウインドブレーカーにトレパン。

 走り込んでかいた汗を片手で拭いながら、応答する。


「よ、姉貴」


「大丈夫? 生きてる?」


「そうか。たしかに元気そうだ」


「明日? 大丈夫。頑張るよ」


「まあね。俺はやりたいことがあるから」


「なんでもないよ、今度話す」


恩赦おんしゃあるんだろ? その時に」


「え? テレビ? ニュース? わかった」


「やってる。これは──山手か? ひでえな…………!?」


 画面に映る火災の様子。ガス漏れの取材中に、爆発事故に遭遇、とテロップが出ている。


 の口調が変わる。

 

「ここは…………」


「いや、なんでもない。」


「え、姉貴の知り合い? 部屋?」


「メールで、名前と住所。良いけど――」


「いや、俺も、行かなきゃって思ってたけどさ」


「でも、俺は反対だぞ。あそこに部外者を泊めるの!」


「は!? いや、ちょっと待ってくれ!! それは困る。く、首絞める!?」 


「わかった! わかった! わかった! ったく……わかった! ごめん! すぐ行く!」


 会話が終わり、メールの着信が届く。眉をしかめながら、すぐに内容をチェックする。

 だが、書かれていた内容にその男子高校生は目を丸くした。

 自分の目的地と、電話の主の指定先が同じだったからだ。


「────月澄!?」

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