後編

「しかしそうなると、残るは森永か? あ、そういえば!」

「ん、何か分かったの?」

「実はさっき、包みを開けて中を確かめた時分かったんだけどさ。入っていたチョコってのがミルクチョコじゃなくて、ホワイトチョコだったんだ」


 ああ、そういえばさっき、包みを開けたって言ってたっけ。


「よかったじゃない。佐久間、ホワイトチョコ好きでしょ」

「そう、それだ。知っての通り俺は、チョコの中でもホワイトチョコが好きだ。そんなピンポイントに好みのチョコを送れたってことは、ホワイトチョコが好きだって事を、知ってるやつの犯行ってことにならないか?」


 へえ、佐久間にしては良い所に気づくじゃないか。

 けど、犯行って言うな犯行って。


「俺がホワイトチョコを好きだって知ってる女子は、ほとんどいねー。けど森永は別だ。サッカーの試合の後とかに、俺よくホワイトチョコ食べてるんだけど、森永だってそれを知ってるはずだ」

「だからチョコをくれたのは、森永さんだって言いたいの?」

「そうとしか考えられねーだろ。へへ、手作りチョコは形が崩れててヘタクソだったけど、頑張って作ってくれたんだろうな。森永、可愛いとこあるじゃねーか……痛っ!」

「こら、せっかくの手作りを、ヘタクソなんて言うな!」


 失礼な事を言う佐久間の脳天に、僕のチョップが炸裂した。

 まったく、コイツにはデリカシーってもんがないのか。


「とにかく、森永に間違いねーよ。俺、確かめてみる」

「あ、待て佐久間!」


 僕が止めるのも聞かずに佐久間は森永さんの元へと向かって行っちゃった。

 まったく、さっき明治さんの件で痛い目見たばかりだっていうのに、よく考えずに行動するのはどうかと思うなあ。

 もういいや、彼の事は放っておこう。


 だけどそれも束の間。佐久間はすぐに、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら戻ってきた。


「ちくしょう、森永のやつ、『アタシがあんたにチョコあげた? あははははははっ、そんなの、天地がひっくり返ってもありえないー!』だってよ。周りにいた女子も一緒に笑って、何だか俺がフラれたみたいになっちまった」

「それは……御愁傷様」


 さすがにそれは、ちょっと可哀想かも。

 けど君も悪いんだよ。よく考えずに、思い込みで動くから。


「しかし分からねー。明治でも森永でもないなら、いったい犯人は誰なんだ? ああ、もう授業が始まっちまうってのに、さっぱり分かんねー」


 佐久間はすっかりお手上げ状態。

 じゃあそろそろ、僕の出番かな。


「しょうがない。それじゃあそろそろ、教えてあげようか」

「へ? 待て小林。まさかお前、犯人が分かったって言うんじゃ?」

「そのまさかだよ。犯人は誰かなんて、とっくに分かってたよ」

「はあっ⁉」


 僕の言葉がよほど信じられないのか、佐久間は大きく口を開き、目を丸くしている」


「ちょっ、ちょっと待て。お前、いったいいつから?」

「最初から。そもそも僕にとっては、謎でも何でもなかったんだよね」

「すげー、さすが朝霧小学校の小林少年だな。けど、だったらどうして教えてくれなかったんだよ」

「少しは考えさせた方がいいと思って。むしろ、どうして分からないかなあ」


 呆れてため息をつくと、佐久間はムッとしたように顔をしかめる。


「待て、そこまで言うなら、俺が自分で考えてやる。ええと、まず俺が朝来た時にはもう、チョコは机の中に入っていたから、くれたのはそれより早く登校してきた女子の誰かだよな」


 お、やる気になってくれたか。ちゃんと犯人まで辿り着くか、お手並み拝見と行こうじゃないか。


「小林がずっと俺の机を見てくれてたけど、近づいた女子はいなかった。と言うことは犯人は、小林より先に教室に来ていて……あれ、でも明治も森永も違ってたよな? 他に先に来ていた女子は、いなかったんだよな?」

「うん、いなかったよ」


 彼の言っていることは、だいたい合ってる。ただこれだと、先に来ていた男子がチョコを机の中に入れた可能性はまだ残ってる事になるけど、まあそこはいいだろう。

 今回チョコをくれたのは、間違いなく女の子だ。


 だけど佐久間が考えられたのはここまで。腕を組んで難しい顔をしていたけど、「ダメだ分からねえ」と匙を投げちゃった。


 まったく、どうして分からないかなあ。

 もういい加減付き合うのも疲れた。こうなったら、真相を教えてあげようじゃないか。


「佐久間、君は大切なことを忘れている。今君が言った中に、明治さんとも森永さんとも違う女子が、出て来てるじゃないか」

「明治とも森永とも違う女子? そんな奴いたか?」


 ―—っ! 首をかしげる姿を見ると、蹴飛ばしたくなる。

 ここまで言ってまだ分からないなんて――


「バカかお前は! !」

「…………へ?」


 ポカンと口を開けながらアホ面さらす佐久間だったけど、呆れてるのはこっちだ。


 彼とは一年生の時から同じクラス。

 いつも一人で本ばかり読んでいる僕に何故かやたらと絡んできて、今日みたいなバカ話をする仲だけど。まさか女子と認識していなかったとでも言うのか。

 僕だって女の子だっての! だいたい前から思ってたけど、朝霧小学校の小林少年ってなんだよって!

 

「待て待て待て。それじゃあ、チョコをくれた犯人ってまさか」

「ああ、僕だよ!」

「けどお前、机に近づいた女子は見ていないって」

「そりゃそうでしょ。自分じゃ自分の事は見えないからね」


 だいたい本を読んでいたはずの僕が、なぜ佐久間の机に近づいた女子はいないと断言できたのか。それは万一僕以外にも同じことをする子がいないか気になって、チラチラ見ていたからだ。

 まあ、結局いなかったんだけどね。


 あとホワイトチョコ。

 佐久間はホワイトチョコが好物だって知ってる女子はほとんどいないって言ってたけどさあ。僕も知ってるって、分かってたよね。

 それなのになんだよ。犯人は森永さんだとか、明治さんは俺のことを好きだとか、人の気も知らないで好き勝手言って。途中何度も、蹴飛ばしたくなった。


 まあ名前を書いてなかった僕も悪いけどさ。

 本当は書こうと思ってたんだけど、恥ずかしくて書けなかったんだ。

 それでも、佐久間がチョコを持ってやって来た時はバレたって思ったけど。まさか全然気づいていないどころか、よりによってチョコをくれたやつを探すのを手伝ってほしいときたもんだ。

 こんなアホな事になるくらいなら素直に名前を書いておけば良かったって、頭を抱えたくなったよ。


 佐久間はしばらくの間、混乱したみたいに目を丸くしてたけど、やがてパクパクと口を開く。

 

「ええと、それじゃあこのチョコ、本当に小林がくれたのか?」

「そうだよ。ようやく理解してくれた?」

「あ、ああ。えっと、ありがとう」

「どういたしまして。せっかく作ったんだから、ちゃんと食べてよね」


 なんかもう疲れた。

 だけど後ろを向いて自分の席へと戻ろうとする僕の肩を、佐久間がつかんだ。


「あ、あのさあ」

「なに?」

「このチョコくれたの、本当に小林なんだよな。と言う事はお前、その……お、俺の事。す、す……好きなのか……痛てっ⁉」


 ほんのりと頬を染めて、たどたどしい口調で聞いてくる佐久間の脳天に、もっと赤い顔をしているであろう僕のチョップが炸裂した。


「聞くなバカ!」


 ああ、どうして僕はこんな奴のことを、好きになってしまったんだろう。

 誰がチョコをあげたかなんかより、そっちの方がよほどミステリーだ。



                  完


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僕らの謎解きバレンタイン 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi

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