第4話 部長は変態かもしれない

自動販売機がピッと音を鳴らして、缶コーヒーを落とす。

俺はただじっと流れる沈黙に息を呑んだ。


黒いスーツに身を包んだ白髭の堀内部長は、すっと缶コーヒー手に取ると俺に手渡す。俺は「あ、ありがとうございます。」と弱々しく返事をして両手でそれを受け取った。


部長は自動販売機の前に設置された小さなテーブルに、一口啜った缶コーヒーを静かに置いて息を吐いた。


何を言われるのか。

俺はただそれだけを考えていた。何か用があって電話をしてきたわけだから、少なくともさっきの無礼のせいで呼び出されたわけではないだろう。


ただ、今朝から部長の視線がひどく俺に向けられていたのは自分でも分かっている。部長の渋い声で「馬鹿野郎」なんて言われたら漏らすどころの騒ぎではない。


「君、水瀬と仲が良いと聞いたが…?」


予想通りの切り出し方だった。

まぁ、そうだろうな。あんだけ俺と水瀬先輩のイチャイチャを遠くから眺めていたのだから、それを問い詰めてくるはずだ。


「まぁはい、そうみたいです。」


俺が他人事のように返すと、堀内部長はより険しい顔をしてこちらを向く。俺はその反応にビクッとして目を泳がせた。


…まさか堀内部長って水瀬先輩のお父さんだったりする?

部長に「責任取らないのか!」なんて言われたら失神してしまう。俺だって水瀬先輩に彼女ヅラされて困っているのだ(嘘)。でも部長ならちゃんと説明すれば分かってくれるはずだ。


「このたび開発部の中で新鋭のグループを組むことになったのだが、その一員として黒崎君もどうかなと…。」

「ぼ、僕ですか!?」


予想外の提案に内なる俺が安堵と喜びの声をあげている。

こんな話を断るはずがない。これはいわゆる昇進というやつだ。今まで社内の雰囲気から逸脱して一人寂しく勤労してきた甲斐があった。しっかり見てくれていたのだなと思うと涙がちょちょぎれそうになる。


「あ、ありがとうございます。でも、どうして僕なんかが?」

「チームリーダーの水瀬たっての希望でな。」


部長の軽い一言で、胸中で上げた花火が一気に消火されていく。

…結局は皆、水瀬先輩だということだ。そりゃそうだろう。あの人は実績のあるエリート社員だ。愛嬌が良いからデザイナーとの兼ね合いも得意だし、ルックスが良いから上司からも気に入られる。おまけに頭まで良いだから敵無しだ。


俺の絶望した表情を見て、堀内部長も困惑しつつフォローを入れる。


「まぁ、なんだその…。私は良いと思うぞ、黒崎君。」

「何がです…?」


部長は明らかに視線の泳がせ、頬を赤くして缶コーヒーを口にした。嫌な予感がしながらも俺はじっとその続きを待つ。


「私は少々ラブコメを嗜んでいるのだが…、その~なんだ?社内アイドルと絶望的陰キャのラブストーリー?は結構ぐっと来るぞ!」


全くフォローされた気がしないのはなぜだろう。

もう二度と信用できない部長の裏の顔に、漠然とした将来への不安を感じつつ、俺はぐっと苦いコーヒーを飲み込んだ。

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