エピローグ

 あれ以来、結は三日に一度はAndrodiaにやって来ている。

 時間は決まって十九時から閉店までの間のため千夏は既に帰宅しているのであまり顔を合わせることがないのだが――


 「千夏ちゃん僕のこと嫌い?」

 「いえ、別にそういうわけじゃ……」


 今日は珍しく昼前に来たらしく、カウンターに入り千夏と二人で食器洗いや料理を出している。

 結はにこにこと笑顔で楽しそうだが千夏は結を見ようとしない。理由は単純。苦手なのだ。何を考えているのか分からないし説明を聞いても分からない。結局何をしたかったのかよく分からないまま今に至るので何を放せばいいのかも分からない。

 そんな千夏の心境を分かっているのだろう、結はクスクスと面白そうに笑っている。馬鹿にされてる空気を感じていると、きゃあ、と客席から黄色い声が上がった。どうやらユイが写真撮影に応じたようで、女性に顔を寄せて微笑んでいる。


 「もうアイドルですね。アンドロイドだなんて未だに信じられないです」

 「ふうん。千夏ちゃんはユイがアンドロイドだと思ってるんだ」

 「え?そうですよね。目も点滅してたし」

 「義眼かもしれないよ。身体かっ捌いたら内臓出て来るかも」

 「……は?」


 急になんだ、と千夏は思わず構えた。

 結は相変わらず馬鹿にするようにクスクスと笑っている。


 「いいこと教えてあげるよ。累もアンドロイドなんだ、実は」

 「はあ?何言ってるんですか。人間ですよ」

 「どうして?ユイは人間にみえるんでしょ?じゃあ累がアンドロイドだったら、感想は?」

 「……信じられない」

 「ほうら。分からない」


 そう言われて思い返すと、最初にユイを人間だと思ったのは隣にいる累とそっくり同じようだったからだ。それはつまり、累がユイに似ているということでもある。

 アンドロイドが人間に似ているのかアンドロイドが人間に似てるのか、千夏は思わず考え込んでしまう。


 「もう一つ問題。僕と累、どっちがお兄ちゃんでしょう」

 「……累さん、ですよね」

 「累がそう言った?僕がお兄ちゃんだ!って」

 「言ってましたよ」

 「本当に?言っていたのは『結は俺の弟』じゃない?」

 「お兄ちゃんてことじゃないですか」

 「そうだね。でも累の上にもお兄ちゃんがいるかもしれない」

 「は?」

 「『弟を生き返らせた兄』ってさ、別に累と僕に限ったことじゃないよね。千夏ちゃんだって同じだ。じゃあ生き返らせたのは累のお兄ちゃんで、生き返ったのは累かもしれない」

 「……え?」


 急に何が目的なのか分からない話に転び、千夏の頭はぐるぐると混乱した。

 結は相変わらずクスクスと笑っていて、追い打ちをかけるように話を続けていく。


 「名前もどっちが兄かの判断材料になるよね。でも千夏と千春って季節順なら逆のはずだ。君達はどうして逆なの?」

 「ど、どうって、意味なんて無いですよ」

 「意味がないと言ったのは誰?嘘かもしれないよ」

 「なんの、意味があるっていうんですか」

 「さあね。ところで弟君が亡くなったのはいつだっけ」

 「何ですか急に。一年前ですよ」


 そうだね、と結はにこりと微笑んだ。

 そしてくるりと顔を客席にいる千秋に向けた。


 「実はね、千夏より先に千春がいたんだよ」

 「……はあ?」

 「千秋は千春君そっくりなんだよね。でも君の千春は本当に人間だった?」

 「当り前でしょう。葬儀をしました。遺骨もあります」

 「それは証拠にならないよ。だって透明な箱の中で火葬したわけじゃないでしょ?その隙に誰かが入れ替えた可能性がある」

 「そ、そんなことあるわけ」

 「無いとはいいきれないよね」


 何なんだこの話は、と千夏は千春を侮辱されているようで苛立ちを覚えた。

 だが人間そっくりのアンドロイドを作り出した結のクスクスという笑いはそれと同じくらい気味が悪かった。


 「君が望んだんだよ。生き返らせてほしいって」


 千夏は確かに千春を生き返らせたいと、創ってほしいと望んだ。

 それは生きていた大切な弟である千春だ。千春は人間だ。千夏と同じだ。


 「累と僕、そしてユイは三つ子だ。人間とアンドロイドの三つ子。じゃあ誰が人間だと思う?」

 「……それ、は」


 累と結だ。そう答えれば良いだけだ。なのに何故かつうっと冷や汗が流れた。

 千夏がカタカタと唇を震わせていると、結はこらえきれないとばかりに声を上げて笑い出した。


 「あはははははははははははは!!」

 「な、何ですか!?」

 「だ、だって、だって千夏ちゃんさ、あはははは!!」

 「え、え、え」


 結はしゃがみ込んでひいひいと笑ってる。千夏は突然の大笑いに驚きおたついた。


 「千春君も累も人間だよ。素直すぎて心配だなあ、もう」

 「だって、名前、僕は千『夏』だからやっぱり僕が後なんじゃ」

 「そんなの四字熟語が春始まりなだけ!芽が出る季節を始まりにしたってだけだよ」

 「だ、だって、だから春が最初で」

 「え~?じゃあ山手線の始発駅ってどこだと思う?」

 「え?えっと……東京ですか?」

 「じゃあ終着駅は?」

 「それは池袋ですよね。池袋行きってあるし」

 「ブー。品川始発で田端終着でした。でもさ、どこでもよくない?電車が来れば。それと一緒」

 「そう、ですか?全然一緒じゃないような……」

 「じゃあ春夏秋冬って十回言ってごらん。どこ始まりか分からなくなってるから」


 結は首を傾げる千夏を見て、また声を上げて笑った。

 一体何がそんなに面白いのか分からず鯉のように口をぱくぱくさせていると、ぽんぽんと千秋に肩を叩かれた。振り返るとそこにはユイもいる。


 「結さんの言うこと真に受けない方がいいよ」

 「そうそう。意味ありげなこと言って相手が惑うの見るのが好きなんだよ」

 「……な、なにそれ」


 ああおかしい、と結はひとしきり笑い終えると隅に置いていた鞄を持った。


 「じゃあ僕そろそろ行こうかな」

 「え?あ、ああ、そうですか……」


 来るのも帰るのも、会話を始めるのも終わらせるのも全てマイペースで人の都合などお構いなしだ。

 何が起きているのかすら脳内処理が追い付かず呆然としていると、つんっと結におでこを突かれた。


 「間違えないようにね」

 「……何を?」

 「大切なものを」


 じゃあね、と結は質問を許さず女性客の歓声を浴びながら帰って行った。

 からかわれているのか意味があるのか分からないけれど、千秋はただ黙って見送るしかなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ヒトはアンドロイドに夢を見る~Cafe Androdiaの双子~ 蒼衣ユイ @sahen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ