第5話 クロノアの秘密ー⑥

 会議が終わった部屋には、ギルドマスターとネルドだけが残っていた。


「やはり私は納得がいかん。望みがどんなに薄くとも罪無き民を見捨てる真似など出来る訳が無い!」


 怒りの余り全身を震わせ鼻息を荒げるネルドにの肩にギルドマスターが手を置く。


「相変わらずお前は頭が固いな。街の外へ行く部隊の一部を率いて村の救援に行けばいいじゃないか。非常時は街の中から一歩も出ない保身が最優先の議長達は気づきはしないだろうし、万が一バレても向かった後ならば彼らには何も出来ないさ」


 頭に血が上るばかりで何一つ対策を打てなかった自分を恥じながらネルドはこれ以上横やりが入る前に動く為、会議室を飛び出る。


「全く、あの年にもなって搦手の一つも使えんとは。そんなに馬鹿正直ではこの先も苦労しそうだな、ネルドよ」


 ネルドを新米騎士の頃から良く知るギルドマスターは苦笑いしながら自らも現場で陣頭指揮を執る為に会議室を後にした。


「以上が救援に遅れた理由だ。全て私の力不足としか言いようがない」


 事の顛末を聞いたルナは騎士団に言おうと思っていたことが言えなくなって仕舞い、振り上げた拳をどこに降ろせばいいのか分からなくなる。


 ここでネルドを責め立てるのは簡単であり、ネルドはそれを当然のことと受け入れるだろう。


 だが、今回の一件についての責めを感情に任せてネルドに押し付けてしまう程にまでルナはまだ怒りで暴走してはいない。


 しばらく沈黙の後、ゆっくりとモーシュが口を開いた。


「団長様、今回の一件についてはこれ以上謝罪や責任がどうとかのお話は結構です。皆無事とまでは行かなくても死人は出ておりませんし、我々はそれで十分です。それよりも今後についての話し合いがしたいのですが」


 村長として自分達が見捨てられかけた事実にモーシュとて思わないところはない。


 それでも被害者代表であり、この場で最年長である自分が沈黙を破るべきだとモーシュは考え口を開いたのだ。


 こうなってしまえばいよいよルナは何も言えなくなってしまい、ただゴブリンとの戦いの顛末をネルドに話すしか出来ず、ルナが怒りで暴走して正体がバレてしまうのではと危惧していたクロノアはホッと胸を撫でおろした。


 四人の会議は夜遅くまで続いたが、何とか今後の方針について決めることが出来た。


 今後当面の間は騎士が村を拠点にゴブリンの調査及び討伐を行い、ゴブリンの殲滅が完了するまでは中隊が村に常駐し、ネルドは村が受けた損害に見合った支援を必ず国から取り付けるとモーシュに約束した。


 まだまだ決めるべきことはあったが、時間が時間だと今日は解散となり、ルナとクロノアは仮宿へと戻った。


「最初はどんな腐った騎士が来るのかと思っていたがネルド殿は実に誠実な人物だな」


 ベッドの上で胡坐をかきながらすっかり怒りが消え去ったルナは満足そうにしている。


 クロノアはそんなルナに相槌を打ちながら荷物を纏め始めた。


「やはりもう少し村に残る訳にはいのか、クロノア」


「流石にこれ以上は駄目です。村に騎士が常駐するのならば私達がいなくても大丈夫でしょうし、寧ろ騎士と常に顔を合わせなければいけない状況は私達にとっては非常に不味いかと」


 会議の終盤、クロノアは村を出ると言い出した。


 突然の発言ではあったがルナはあまり驚かなかった。


 隠さなければならない過去がある身としては、村に騎士が大挙してやって来た時点で離れざるを得ないと薄々理解していたからだ。


 それでもまだまだ元の生活には戻れない村の復興を手伝いたいとルナは思ってしまい、つい村に残りたいという言葉が無理だと分かっていながらも口から出てしまった。


「ルナさんの気持ちも痛い程分かりますが、明日朝一番で出立しましょう」


 モーシュには十分に助けて貰ったから寧ろこれ以上は引き留められない、ネルドからも聴取は完了したので村を出ても問題ないと了承を得られているので村をいつでも出立は可能だ。


 クロノアは今夜にでもと思ったのだが、流石にそれは夜逃げのようで私達は後ろめたいことがありますと言っているのと変わらないので諦め、朝一番の出発に泣く泣く変えた。


「さて、ルナさん。出発の準備も出来ましたしカップルとして絆を深めませんか」


 荷物を纏め終えたクロノアは下心全開でベッドに座るルナにすり寄る。


 これまではあくまで自称従者、ルナからは友人と言われていたので我慢していたが、カップルとなったのだからクロノアにとってもう遠慮することは何も無く、最早我慢の必要が無い。


 猫なで声を出しながらルナに体を擦り付けるがクロノアは違和感を覚える。


 いつもなら恥ずかしがるなり窘めるなりするルナが無反応だからだ。


「ルナさん、もしかして……」


 何かに気づいたクロノアがルナの顔を覗き込むと目は固く閉じられ、気持ちよさそうな寝息まで立てていた。


 常に前線で戦い、会議や話し合いとは縁遠かったルナには慣れない長時間の会議は動き回るより疲れたらしい。


「噓でしょルナさん。あんまりですよう」


 勝手に期待して勝手に夢破れたクロノアは、泣きながら座ったままのルナの体制を崩させてベッドに寝かしつけた。


「あ、思ってたより柔らかい」


 一切の悪気なく、偶然か、それとも神の悪戯か、革鎧を外した時にルナの胸に触れてしまったクロノアは、筋肉質な肉体から想像していたよりも柔らかい手に残る感触を反芻しながら自分のベッドへと潜り込む。


 朝一番で出発と自分で言ったのだからそもそも早く寝るべきだったと自分に言い聞かせながらクロノアは眠ろうと目を閉じるが、手に残る感触が気になって眠ろうとすればする程逆に目が冴えてしまい悶々と眠れない夜を過ごすのだった。


 翌朝、最近目覚ましとして慣れてきた鳥の声で起きたルナはクロノアのベッドを見る。


「お、おはようクロノア。眠れていないようだが大丈夫か?」


 目の下に真っ黒い隈を作りげっそりとした顔のクロノアと目が合ったルナは、お化けでも見た気分になりながらベッドから起き上がった。


 クロノアものそりと起き上がると、身支度を整え始めた。


「色々と本当にありがとう。もし冒険者家業を引退するのならいつでも村に来ておくれ。畑と家をいつでもあげるからのう」


 急であり朝早いせいもあってか見送りにはモーシュ達一部の村人と数人の部下を連れたネルドしか来ていなかった。


「私からも改めて礼を言わせて欲しい。冒険者ギルドには怒られてしまうだろうが、その気があればいつでも騎士に取り立てさせてもらおう」


 それぞれと握手を交わしたクロノアとルナはネルドから借りた馬に乗り村を後にする。


 鳴りやまない村人達のありがとうの言葉と騎士達からの敬礼に見送られて。

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