第5話 クロノアの秘密ー⑤

 この日、通常通り深夜の街道で巡回を行っていた騎士の小隊がラッポ村からの避難民と偶然にも遭遇した。


 避難民達からの情報ですぐさま事情を把握した小隊の隊長は巡回任務の放棄を決定し、代わりに避難民の安全の為に護衛に付くことにした。


 さらに部下の一人を報告の為に街へと馬で走らせた。


 ここまでの対応は特に問題も無く、騎士として満点と言えるだろう。


 しかし、ここからに騎士団の到着が遅れてしまった原因があった。


 一方、小隊が避難民を保護したのと同時刻のワーロクではギルドへと泥棒が入るという事件が起こっていたのだ。


 幸いにも人的被害は出ず、金品が盗まれた訳でもなく、ただ記録保管庫が荒らされただけで済んだ。


 だが、様々な依頼主や冒険者の個人情報や、過去や現在進行中の依頼内容等が保管されていた保管庫に侵入されたことを重大な事件だと判断したギルドは、深夜のワーロク騎士団本部に最高責任者であるギルドマスター自身が赴き事件を報告、犯人逮捕の為に騎士団へと協力要請を打診した。


 勤務を終えて自宅で休んでいたネルドは、夜勤の部下の報告で飛び起き事態の対処に当たった。


 ネルドはまず、犯人が街から逃亡するのを防ぐ為に町中の門という門を封鎖した。


 深夜に街を出入りする者は殆どいない為、門が封鎖されたところで朝までに犯人を見つけ出せば市民の生活には問題ないと判断したからだ。


 だが、街に居た騎士や冒険者全員を叩き起こしての大捜索にも関わらず犯人はおろかその痕跡すらも見つけられずに朝を迎えてしまった。


 ネルドは門を開放するかどうかの判断に迫られ、悩み抜いた結果、正午までの封鎖延長を決めた。


 市民からの不満は相当なものになるだろうが、普段自分達だけでは処理しきれない量の案件を一部冒険者ギルドに依頼という形で肩代わりしてもらっている為、ギルドからの要請を未解決のままにはしては関係に罅が入りかねない。


 そうなってしまっては騎士団運営に支障が出かねず、仕方なくネルドは苦渋の決断を下したのだ。


 しかしこの判断がラッポ村にとっては最悪の結果に繋がってしまう。


 避難民を保護した小隊から伝令を伝える為に夜通し馬を走らせた騎士は、ようやくの思いで正午丁度にワーロクに辿り着いた。


 直ぐにでも街に駆け込みたかった騎士は、街に入るのを人込みで阻まれてしまう。


 昨夜から街の出入り口である門が全て封鎖されてしまった影響で、商人や旅人といった市民達が大挙して列を成していたのだ。


 まだ封鎖中の間ならば緊急の要件だと声を上げながらならば人込みをかき分け進めただろう。


 だが、運悪く伝令の騎士が到着したのが待ちに待たされ不満をため込みながら列を成していた市民達が怒涛の勢いで街に入っていく最中で、常時行われている検問も真面に出来ない状況だった。


 我先にと動く市民達の耳に火急の要だと叫ぶ騎士の声は届かず、無理やり押し通るのも更なる混乱と下手をすれば多数の怪我人を生む可能性が高く断念せざるを得なかった。


 そこで騎士はどこか少しでも人の少ない場所は無いかと街の門を時計回りに次々と周り、街への進入を試みた。


 焦る騎士は疲労困憊の馬に鞭打ち走らせるがどの門も人で溢れかえっており、とてもではないが通ることは出来なかった。


 結局街の外壁を一周してきた騎士は、移動している間に人が減った最初の門から何とか街へ入ることが出来た。


 すぐさま本部へと走ったのだがここでも問題が起きてしまう。


 団長たるネルドが陣頭指揮を執る為に本部を離れてしまっていたのだ。


 ギルドの一件で犯人の捜索に駆り出されている騎士や冒険者達の報告と市民からの真偽の程が怪しい大量の情報提供で本部内が混乱していたのも拍車をかけ、街を部下を引き連れ移動していたネルドに報告が伝わったのは伝令の騎士が街に入ってから更に数刻が過ぎてしまってからだった。


 報告を聞いたネルド直ぐにギルドマスターへ事情を伝えワーロク内でのギルド侵入犯捜索協力を打ち切り、村の救援へと向かおうとした。


 だが、ここで思いも依らぬ横やりが入ってしまう。


 出動の用意を迅速に整えていたネルドは、議長を始めとした市議会議員達や商工会の代表等の街の権力者達に呼び出されてしまったのだ。


 嫌な予感がしつつもネルドは仕方なく呼び出しに応じる。


「それは村人達に死ねと言っているのと同じですよ」


 会議室でふんぞり返る代表者達の言葉にネルドは振り上げた拳を机に叩きつけた。


 どこからかゴブリン襲撃の報を知った代表者達は、村の救援ではなく街の防備を全騎士を動員し固めろと言ってきたのだ。


「何もそういう訳ではないが、今更救援を送ったところで大量のゴブリン相手に冒険者が二人いたとしても当に村人諸共全滅しているだろう。それならばこの街の防備を固めた方が合理的だと私達は考えているのだよ」


 ネルドとて議長が言っていることに一理あるのは理解出来る。


 避難民の話では残った村人と冒険者が避難の時間を稼ぐ為にゴブリンの軍勢と戦おうとしているらしいが、結果は誰の目にも明らかだからだ。


 それでも一縷の望みに賭けてネルドは救援に向かいたかった。


「それにだね、村からの避難民の受け入れや噂を聞いた周辺の街や村からの疎開民達が大勢押し寄せた場合どうするのかね? それこそゴブリンが来なかったとしても混乱による被害が相当出るはずだ。 後、ギルド侵入犯も捕まっていないのだろう? 我々としては普段冒険者ギルドに普段からお世話になっている身として出来る限り協力するべきだと考えている」


 街の安全が何だかんだと言い訳しているが、要はギルド侵入犯が捕まっていないのが彼ら権力者には不味いらしい。


 常日頃から人に知られたくない秘密を数多く抱える彼らにとって、金品ではなく情報を狙ったとしか思えない犯人が野放しになっていては、いつ次の矛先が自分に向くのか知れたものでは無い。


 そんな状況が続くのを恐れているのだ。


 いつの世も権力者にはこういう輩が多いのかとネルドは苛立つ。


「それでしたら人員を二つに分けて片方は街の警備及び逃走中の犯人の捜索。もう片方は街周辺にまでゴブリンが進行していないかの調査と他の街や村からの避難民達の誘導に充てては如何でしょうか? 封鎖が解除されたので戻って来た冒険者が大勢いますので人員は十分かと」


 会議に出席していたギルドマスターが重い口を開いた。


 ギルドに賊が入ったことに責任を感じていたのか、普段こういう場では積極的に発言する男であったのだが、今回の会議では始まって以来初めての発言だった。


 出席者達は提案を審議する前にギルドマスターの責任を問う声を上げてばかりだったが、幾人かは真面な者もいたらしく、上手く会議の流れを握りギルドマスターの案を可決させることに成功した。

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