私は絶対に婚約破棄なんてしませんからね!
思いつきを実行すべく部屋に戻った私はすぐにユゲット様宛のお手紙を書きました。
プロスペール様の婚約者であるあの方なら何か対策なさるはずです。私は嫌われていますが、ご自分のことですから無視なさることはないでしょう。
書き上げたお手紙と一緒に記録の魔法石をメイドに持たせたところで、部屋の扉をノックする音を耳にしました。メイドに取り次がせますと王太子殿下の使いです。
「今すぐ風の校舎裏まで来るように、ですか」
メイドから聞いた言葉はある意味予想できたものでした。風の校舎とは王太子殿下のような三年生が授業で使われている校舎です。
どうして今日に限ってこんな立て続けに問題が起きるのでしょうか。目眩すら覚えてしまいますが、王太子殿下からの呼びつけを無視するわけにもいきません。
しかし、無策で向かうのは良くないです。つい先程大変な目に遭いかけたのですから、何か対策をしておく必要があるでしょう。
そうは言ってもすぐに名案など思いつきません。焦れば焦るほど何も思い浮かばなくなってしまいます。
どうしたものかと私が思い悩んでいると、メイドが声をかけてきました。
「オリアンヌ様、このお手紙と魔法石を送り届けに行ってもよろしいでしょうか?」
「ええ、お願いしま」
私は途中で言葉を句切りました。そうです、この際ですから頼れる方は誰にでも頼りましょう!
メイドを近寄らせると私は
「良いですか。ユゲット様のところへ行く前に、ジネット様のところへ行くのです」
私は伝えるべき内容を話すとメイドを走って向かわせました。
部屋に一人残された私は机の上にある記録の魔法石を一つ手に取ります。モルガンの囁きが詰まった大切な魔法石ですが背に腹は代えられません。
そうして私は指定された風の校舎へと向かいました。昼間は生徒で賑わう校舎ですが、夕方の今くらいですと誰もいらっしゃりません。
そんな寂しい校舎の裏手に回ると、王太子殿下が一人でいらっしゃいました。夕日に照らされたそのお姿は大変美しいのですが、私にはどことなく不吉なようにも見えます。
「来てくれたんだね。嬉しいよ」
「はい。それで、ご用件は?」
手にした魔法石を握りしめて不安に耐えていると、王太子殿下は必要以上に近づいていらっしゃいました。驚きつつも一歩ずつ下がり、やがて校舎の壁にぶつかります。
私の頭の真横の壁に突き出した右手を付けた王太子殿下は笑顔で口を開かれました。顔が近いです!
「単刀直入に言おう。オリアンヌ嬢、私の
朱に染まる校舎の壁に背中を預けた私の目の前に王太子殿下の笑顔が近づいてきました。貞淑な子女も憧れる壁ドンを王国有数の美形にされたから普通はときめいてしまいます。
けれど、プラチナブロンドの豊かな髪も、きれいに整った眉も、穏やかな薄紫の瞳も、滑らかな鼻も、潤いのある唇も、みんな今の私には嫌悪感を与えるばかり。
「王太子殿下、私には婚約者がいると申し上げていたではありませんか」
「あんな男爵家の三男坊の正妻になったところで先なんてないぞ。その点、私の妾になれば将来は安泰だ」
「飽きられて打ち捨てられる方の噂をたまに伺いますが」
「王族の妾ともなれば手切れ金も充分に支払われる。生活に困ることはない」
こいつ、堂々と言い切りやがりました。実に良い笑顔で!
必死に維持している笑顔を引きつらせる私に王太子殿下は尚も語りかけてきます。
「きみは姉のキトリーによく似ている。その白銀に輝く髪も、細い眉も、翠色の瞳も、小さな鼻も、赤い唇も、すべて素晴らしい」
やっぱり姉の代わりじゃありませんか! 全然懲りてませんね!
次第に近づいてくる笑顔を張り倒したくなるのを我慢しながら体を横にずらします。けれど、当たり前のように同じだけ
「男爵家の次女でしかも傾いた家を建て直すのならば、最良の条件のはずだぞ」
「お気遣いなく。そちらはどうにかいたしますから」
これだけ申し上げても諦めないなんてどれだけ姉上に入れ込んでいたんですか!
尚も近づいてくる顔に私の自制心も限界が近いです。ああもう、鬱陶しい!
誰が何と言おうとも、私は絶対にモルガンと婚約破棄なんてしませんからね!
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