「『正しいドミノ』の倒し方」を評す

まる・みく

「『正しいドミノ』の倒し方」解説文

  自分自身、この小説が翻訳されるのを待ち焦がれた小説はなかった。本格黄金時代のミステリ小説が平成、令和にかけて翻訳され始めている昨今、1970年代に小さな出版社から発表されたもののあちらのミステリマニアを狂喜乱舞させた「『正しいドミノ』の倒し方」が翻訳されるというのは、本当に奇跡に近い。何しろ、「『正しいドミノ』の倒し方」を出したエンペラーブックス自体が倒産して、権利関係自体が複雑になり、原本を所有していても翻訳出版は不可能と言われていた現代の奇書である。

 原作者はフェリックス・モーガン。この一冊を上梓した後、跡形もなく消えてしまった所から、当時の政府関係者か大学教授が手遊びに書いたと噂されるが真偽の程は確かではない。ある人は文学部の学生がバイトでふざけて書いたんだろうと言う人間もいるが、それと窺える部分もある。何故ならば、この小説、エンペラーブックスが買い取って、当の謎の人物であるフェリックス・モーガンには再版する権利がないのである。大体、フェリックス・モーガンと言う人物が自分であると名乗り出ないと言うのも、おかしな話だが、余程の世捨て人か、実名を公表すると憚る人間なのだろう。

 物語は1970年のニューイングランド、コネチカット州にある古い洋館から始まる。そこに住むライオネル・キングは著名な推理小説家で、9人男女の招待客を迎える。彼らは過去に犯罪を犯したが、それから逃げ果たせた人物である。そして、ライオネル・キングは彼らを罰するべく、彼らを殺害する計画をする。

 ここまで書くと、ミステリマニアの方々には判るだろう。これはアガサ・クリスティーの「そして誰もいなくなった」のパロディなのである。

 なのであるが、最初の被害者は当のライオネル・キングであった。ドミノを倒すように、ひとり、ひとりに恐怖を与えて殺していく計画が崩れ去ってしまったのである。裁く者がいなくなった洋館には9人の容疑者とお互いを疑う猜疑心だけが残った。

 ライオネル・キングを殺したのは誰か?9人の男女は各々が探偵となり、真実をつき止めようとするが、その9人の中から、またひとり、またひとりと被害者が殺されていくという事件が発生した。

 ドミノを倒す筈であったライオネル・キングが殺された今、ドミノを倒しているのは誰か?

 そして、そのドミノの倒しかたは、正しいのか。

 

 と、私の解説はこれくらいにしよう、これ以上、話してしまうと、粗筋を全て話してしまいそうだ。あくまで、解説文は箸休め、蛇足に過ぎないのだ。

 筆が走り過ぎて申し訳ない限りである。

 

 「『正しいドミノ』の倒し方」の出版に際し、夏風書房の編集者の落合輝幸氏と翻訳をされた和泉響子さんに感謝の言葉を捧げたいと思う。特に、落合さん、貴方が権利関係を整理してくれなければ。「『正しいドミノ』の倒し方」は読者の目に触れる事はなかったと思う。本当に、ありがとう。


 読者はこれから『正しいドミノ』の倒し方」の迷路に迷う筈だ。


 ファンとしても、これほど嬉しい事はない。

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