名刺裏の番号…

〈ユキナ視点〉










課「効き手じゃない事が救いだったな?」







「はい…あの…歩く事は出来るので…

  出来る範囲の仕事は…」







課「いつも通り…と言うわけにもいかないが

   来週からは出社して高島達について

   簡単な補佐業務を行なってもらう」










課長の来週から出社という言葉に

一瞬戸惑った…





まだ週明けの今日…

あと4日間は続く出勤がある筈なのに

なぜ来週からなのかと不思議に思っていると

「有休がたっぷりとあるだろうが」と言われ







課「まずは片腕の生活にも慣れなきゃいけないだろうし

  1週間ゆっくりと過ごしてから出社したらいい」








課長にお礼と迷惑をかける事を謝ってから電話を切り

何もする事のない部屋を見渡してタメ息を吐いて

ただぼーっとしていたら

いつの間にかベッドにもたれかかって寝ていたようで

目を開けた視界は暗くなっていた






( ・・・なん…じ? )






立ちあがろうとして

上手く動かせない左腕に違和感を感じながら

目線を落とすと白いギブスが見えて

(そうだった…)と思い出し…






右手をベッドに乗せて

ゆっくりと立ち上がって部屋の電気をつけると

直ぐにピンポンと部屋の呼び鈴が鳴り

「えっ?」と小さく身構えた…







まるで今起きたのが分かったかの様に

タイミングよく鳴る呼び鈴に

不安を感じて動かないでいると

「開けてよ」と青城君の声が

なんとなくホッとして玄関へと駆け寄り

ガチャンッと鍵をあけて扉を開くと…







アスカ「・・・・腕は?」







私の左腕を見て眉をピクリとさせた後

そう問いかけてきて

軽い骨折だと説明すると

一歩足を踏み入れて来て

「上がるよ」と部屋に入ってきた…







青城君があの階段で怒っていた事を思い出し

今部屋の中に二人っきりでいる事に

少しだけ怖くなった…







「あの…お昼……行けなくて…」







アスカ「・・・・・・・」







テーブルの上にある

福谷さんから貰ったビニール袋の中を覗くと

直ぐに私の方へと歩いて来て

何も言わずに右ポケットへと手を伸ばして来た…






「・・・ぁ…」






ポケットから溝口さんが入れた

名刺を取り出すと

「はい」と私の方へと差し出し

「連絡…入れなきゃね」と

ジッと目を見ながら言ってきて…






「・・・・うっ…うん…」






と返事をしてテーブルの上にあるスマホを手に取ると

青城君からの不在着信が数件入っていて

「ごっ…ごめんなさい…寝てて…」と伝えると

そんな事はどうでもいいとでも言うかの様に

私の手からスマホと名刺を取り…






アスカ「はい…発信中だよ」






「・・・・ありが…とう…」







勝手にスマホを操作して

私の耳にスマホを当てている…





彼のいる目の前で溝口さんに

電話をしろと言っているのが分かり…





ドクン…ドクン…と

胸の苦しさを感じながら

コール音を聞いていて

少し変な感じだった…






誰かに電話をかけるなんて苦手で…

高島さんや福谷さんのいる経理課でも

誰かに内線をかけるのは嫌だった…






( ・・・・・・ )







アスカ「・・・・・・」






だけど…

今のこの苦しさは…

電話をかけてるからじゃなくて…





青城君の真っ直ぐと私を見ている目が怖くて…

その苦しさの方でいっぱいで…






トオル「もしもし?」






ブツッと通話に切り替わった向こうからは

溝口さんの声が聞こえ

と目の前の青城君の目が細くなったのが分かり

声を振るわせながら「白石です」と言うと







トオル「やっぱり白石さんか!笑

   福谷から聞いたよ…

   本当に申し訳ない事をしたね…」







「いっ…いえ…大丈夫ですので…」








会話は青城君にも聞こえていて…

早く終わらせようと思い

「気にしないでください」と伝えると

「ギブスなんだよね?食事は大丈夫?」と

心配な声を発していて…






トオル「何かいるものとかあるかな?」






「えっ…」






トオル「買って持って行くよ」







目の前から小さな舌打ちが聞こえ

怖くて顔を見れないでいると

スッと顎を上げられ…






アスカ「・・・・・・」






冷たい目でコッチを見ている青城君の視線に

耐えられなくなり…







「あの…本当に大丈夫です…

 おっ…お世話してくれる人はいるので…」







そう言って右手を伸ばして

青城君のスーツの裾を軽く掴むと

青城君は顔を下に向けてから

もう一度私へと目を向け

「いい子だよ」と小さな声で囁き

クスリと小さな笑みを浮かべていた…






その笑顔にまたどこか…

ホッとしている自分がいて…

昔、テレビか何かで見た事件を思い出した…






ずっと…

自分を閉じ込めていた犯人に

被害者は…少しずつ…少しずつ…

恋をしていったという

あの…不思議な事件を…













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