階段…

〈ユキナ視点〉










「しっ…失礼します……アノ…

  経理課の………ぉ…疲れ…さまです…」







秘書課へのお遣いを頼まれ

重い足取りと気分の中ガラス扉をノックし

扉を上げると一斉にコッチに顔を向ける

女子社員達に気まずさを感じて

パッと顔を下げた…






秘書課は他部署と違い

女の園って感じで…






( ・・・苦手だ… )






部屋の中も独特の香りが漂っていて…

他の女子社員達とは違う

お高い香水の香りがしている






「アノ……美澄みすみさん…は…」






眼鏡の端をカチャッと触りながら

少し目線を下げて

会いに来た人物を探すと

「あっ…私です」とキィとキャスター付きの椅子から

立ち上がる音が聞こえ顔を向けると

コッチに駆け寄って来る

可愛い顔が見えた







ミスミ「私に何か?」







まだメイクの雰囲気に幼い感じがあるから

新入社員の子かなと思いながら

「あの…印が抜けてまして…」と

書類を渡すと「すみません」と言って

直ぐにポケットから印を取り出して押してくれた






ミスミ「わざわざ来て頂いてすみません」






「いっ…いえ…」







他のスタッフから

そんな事を言われる事は滅多になく…

やっぱり新入社員だなと思った…






本来…こんな風に提出された書類に

不備があった場合

内線をかけて印を押しに来てもらう様に

伝えるのが普通だけど…






そんな事を言う勇気もなく

私が処理する時は

直接貰いに行く事が多く…






「あー…すみません」と素っ気なく

印を押される事が大半だった…







「では…失礼しました…」







印も貰えたし

早足に部屋から出て行こうとすると

扉を開けた時に「あの人いくつに見える?」と

後ろからの会話が聞こえて来て

「30代ですか?」と美澄さんが答えた瞬間

「プッ失礼!」と一気に笑い声が大きくなった






自分の事を見られるのも…

噂されるのも嫌で…






直ぐに誰もいない階段通路へと走って行き

パタンッと閉まった扉にもたれ掛かりながら

ゆっくりと膝を崩してしゃがみ込んだ…






「・・・大丈夫…」






自分の見た目が

どうなのかなんて分かってるし

そう見える様にしているのは自分で…





目の事を言われたわけじゃない…

髪だってちゃんと結んでる…








「・・・大丈夫…ッ…ダイジョウブ…」







掌をギュッと握りしめて

胸を軽く叩きながら

トクントクントクン…と

早くなっている胸の音が収まるのを待っていると

ガチャンッと下の階の扉の開く音が聞こえ

「ぇ…」と固まった…





この通路を使っているのも

知っているのも…私だけではないし…






同じ会社の誰かが使うなんて当たり前だけど

階段を歩く足音はカツン、カツン…と

段々と近づいて来ていて

降りるのではなく昇って来ているんだと分かった…






座ったままじゃ可笑しいし

パッと立ち上がって

顔を下げたまま通り過ぎようと思っていたら…







トオル「あれ…白石さん?」







「・・・ぇッ!?」







聞こえて来た声は

最近…よく話かけてくれる人物で…

ハッキリ言って会いたくはなかった…







トオル「白石さんも秘書課に用があったんだね?」







通りすぎるどころか

立ち止まって話をする溝口さんに

「はい…」と返事をしながら

階段を降りて行こうとすると

「ちょっと待って!」と肩を掴まれた事に

驚いた私は階段を踏み外してしまい

グラッと視界が揺れたかと思えば…






「・・・ッ……イタ…」






体のアチコチに熱さを感じ

何が起きたのか分からないでいると

熱を感じていた部分から段々と

痛みも感じ出し…






階段の上の部分にいた筈の私は

階段の1番下へと移動していて

「白石さんッ」と階段を駆け降りて来る

溝口さんの姿が見えた






自分が階段から落ちた事が分かり

1番痛みの強い左肘に目を向けて

恐る恐る右手を伸ばして触れてみると

ズキッと激しい痛みが走り

思わず目をギュッと閉じると






「白石さん?」と私の左手に

触ろうとして来た溝口さんに

「ダメッ」と言う前に彼の手がまた私の左肘に触れて

「ツッ…」と目を閉じた…






トオル「・・・ヒビが入ったか折れたかな…」






溝口さんは「他に痛みは?」と言いながら

ポケットからスマホを取り出すと

何処かに発信しだして…






トオル「甲斐!?課長は側にいるか?」






営業課のデスクに電話をかけたのかと

驚いて見ていると

溝口さんは私が階段から落ちた事を話だし







トオル「病院に行くから

  俺の席からバックを持って来てほしいのと

  あと、経理課にも連絡頼めるか?」







「・・・じっ…自分で行きますし…」







病院には自分で行くし

そんなに騒がないでほしいと言おうとすると

パッと顔を私に向けた溝口さんの目は

小さく揺れていて…






「俺のせいで落ちたんだから…」と

申し訳なさそうに言われ…

「大丈夫…ですから…」と

見つめ合う事に恥ずかしさを感じて

顔を下げていると

ガチャンッと扉の開く音とほぼ同時に

駆け上がって来る足音が聞こえ…







( ・・・あ… )







走ってコッチに向かっている

足音の人物が誰か分かり

溝口さんから離れようと足を動かすけれど

臀部を打ち付けている様で

鈍い痛みが下半身に走り

距離をとれないでいた…







トオル「足も痛い?」







私の動きで

他も痛めている事が分かった溝口さんは

更に近づいて「足首?」と心配していて




「アノ…」と言いながら

上体だけでも後ろに下げていると

「溝口先輩」と青城君の声が聞こえ

やっぱりと思い顔を向けると…





肩を上下させて

息を上げている筈の青城君の顔は

冷たい目をしていて…







アスカ「電話入ってます」






トオル「電話?」






アスカ「先週契約したS社から…」







溝口さんは口元に手を当てて

どうしようと困っている表情を浮かべたから

「病院は大丈夫ですから」と言って

立ちあがろうとすると

ジンジンと…左側のお尻に痺れみたいなものを感じ

上手く立ち上がる事が出来ず…







壁にある手すりに手を伸ばすと

グイッと右腕が引かれ

左肘やお尻にまた痛みを感じながら

なんとか立ち上がり…






「ありがとう…」と腕を掴んでくれている

青城君に顔を向けると

私の左肘や足に目を向けたまま

「病院は俺が付き添います」と言った…












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