さらば、盗人探偵

遠藤世作

さらば、盗人探偵

 私は盗人探偵。サイズの合わないチェックの帽子とトレンチコート、吸いもしないパイプを片手に持って、今日から近所の商店街をパトロール。


 すると向こうの八百屋から、怒鳴り声が聞こえてきた。事件あるところに探偵あり。私がいかねば誰が行く!


 「どうかしましたか!」


 見ると、八百屋のオヤジとその隣にある魚屋のオヤジが喧嘩をしているではないか!周りには魚屋の奥さんらしき人物と、犬の散歩中だった青年が止めに入っているのだが、一向に喧嘩が収まる気配はない。


 「お前がウチのトマトを盗んだんだろう!」


 「なにをう!やる気か!」


 「まあまあ、お二人とも落ち着いて!」


 「んん!?」


 「誰だいアンタ?」


 私の格好が目についたのだろう。2人の動きがピタッと止まった。


 「どうも、私は盗人探偵。何か事件ですか?よろしければ私に任せてみませんか」


 「おお!探偵さんか!こりゃ丁度いい。この人に白黒つけてもらおうじゃねえか!」


 「いいとも!それで俺の疑いが晴れるんだからな!」

 

 というわけで、私はこの事件の解決に乗り出した。まずは事件の概要を聞かなければ。


 「では早速。どんな事件が起こったんですか?」


 「どうもこうもねえよ!俺がさっきうたた寝してる間に、店先に並べて置いてたトマトが一個無くなっちまったんだよ!」


 八百屋が鼻息を荒くして、事件のあらましを説明しだした。


 「なるほど、トマトが盗難されたと…」


 「そう!俺はよう、もし何か盗まれてもすぐ分かるように、いつも店の野菜を横一直線に並べとくのよ!そうすりゃ盗られてもすぐ分かるからな。けど目が覚めたら、店先のトマトの左から3個目が無くなってるじゃねえか!綺麗に直線にした他のトマトも、並びが歪んでやがる!全く人が苦労して並べたってのに、どうしてこんな酷いことをするかねえ?」


 「ははぁ、それは腹が立ちますな」


 「だろ?そう思うだろ?だから俺ぁ、すぐさま道に出てって周りを見渡したよ。寝てたっても5分くらいだから、近くに犯人がいるんじゃないかって考えてよ」


 「ふむ、するとどうなりましたか?」


 「生憎人通りがほとんど無かったんだが、1人だけ歩いてる奴がいた。それがほれ、そこにいる犬っころつれた兄ちゃんだよ。で、俺はコイツに聞いたんだ。『おい、兄ちゃん!トマトを知らねえか!?』ってな」


 「なるほど。そこのお兄さん、この話に間違いはありませんか?」


 「ええ、間違いありませんよ。この犬──タロウの散歩中にいきなり声をかけられたので驚きのあまり声も出せなかったんですが、そしたら八百屋さんは『トマトを盗んだヤツがいるんだ。まさかオメェが犯人か?』って言ったんです。僕は首を振って『いいえ違います』と答えました。『犬の散歩で来ていてほとんど手ぶらの状態ですから、隠すにしてもポケットしかありません。しかしそのポケットもこの通り膨らんでいませんので、僕がトマトを盗んでいないとはお分かりになるはずです』と伝えると、どうやら納得なされたようで『なら、怪しいやつを見なかったか』と聞かれました。なので、僕は見た通りに『あなたが寝てすぐに、魚屋さんが店先に来てましたよ』と伝えたんです。そしたら…」


 ここまで話すと、今度は魚屋が後を続けた。


 「そしたらこの八百屋のバカヤロウがうちに来て、『魚屋!俺が寝てる間に店に来てたらしいな。アンタがトマトを盗んだのか!?』って言うんだよ。オイラ、トマトは好きだけど盗みはしねえよ。店先に行ったのも、ただ挨拶しに行っただけだし。『寝顔は見たが、売り物にゃ一切触ってねえよ。オイラが盗むわけねえだろう』って言ったんだが、そん時運が悪く…」


 「そうなのよ、運悪くアタシがサラダ作ってて、主人に『トマトサラダ出来たわよー!』って言っちゃったのよ。そしたら八百屋さん、『おい、それってウチのトマトだろ!』って怒っちゃって。主人と二人、そのまま喧嘩に…言っておくけど、もちろんこれは盗んだものじゃなくて、昨日スーパーで買ったものよ。ほら、レシートもあるわ」


 奥さんから差し出されたレシートには、昨日の日付と購入したトマトの文字、そしてその代金がきっちり印字されていた。


 「ケッ!そんなのわからねえじゃねえか!昨日トマト全部食っちまって、今日は無いからって盗んだかもしれねえ」


 「ふむ。大体分かりました。──少し、細かい質問をしてもよろしいでしょうか?」


 「おう、なんだい?」


 「トマトの台はずっとあの低さで?」


 「ああ。上から値段が見えるように、膝下くらいの高さにしてるのよ。ま、テーブルの予備がないもんで、アレはちと低すぎるんだがな。他の野菜棚はあそこまで低くはねえ」


 「分かりました。続いて、お兄さん」


 「はい、なんでしょう」


 「魚屋さん以外で、見かけた人はいませんでしたか?」


 「いいえ、他には誰も」


 「ありがとうございます。最後に魚屋さん」


 「なんでえ?」


 「店先に来た時、商品や台に触れることはありましたか?」


 「いいや、指一本触れてねえよ」


 「なるほどなるほど…」


 私は目を閉じて頭の中を整理する。盗みに関する事件なら得意分野だ。アレがこうなって、コレがああなって。なるほど、だから、ということは──。


 「…犯人が、分かりました」


 「なんだって!?」


 容疑者達が口々に驚いた。


 「まあ、それを言う前に私の推理を聞いてください」

 

 そう言って私は、トマトが並べられたテーブルの前に立つ。


 「──このトマトの崩れた並び。変じゃありませんか?」


 「…?何がだい?犯人が崩していったんだろう?」


 …うーむ、八百屋さんだけでなく、どうやら他の皆も疑問にも思っていないようだ。首を振ってため息をつき、盗みの常識を説明をする。


 「いいですか?盗みをする人間というのは慎重になるはずなのです。例えば美術館から物を盗もうとしたら、盗人は偽物を用意してすり替えます。何故だかわかりますか?そこに何もなくなったら不自然に目立つからです。目立つと騒ぎになり、物を盗んだことがバレて、捕まる可能性が上がります。それは犯人にとって、一番避けたいことのはずです。けれど今回は何故か、痕跡を残すかのように並びが崩されている」


 「なるほど!…でも、もしかしたら犯人は焦ってて、手が当たるとかでたまたま並びを崩したのかも知れないぜ?」


 「たしかにそういったこともあるでしょう。しかしそれなら、他の手の届きやすい商品を盗むはずです。トマトの隣のじゃがいもやきゅうりの方がテーブルが高く、盗みやすいですもの。けれど犯人は膝下と低く、屈まないと手が届かないテーブルにあるトマトの、それまた左から3番目という取りにくい位置のものを盗んでいるのですから、これは選んで狙った可能性しかありえません」


 「ははあ…」


 「さて、となるとトマトを盗んだ人物は『他の野菜に目をくれず、よほどトマトが欲しかった』らしいと見えます」


 「ってことはやっぱり魚屋か!」


 「お、オイラじゃねえよ!トマトのために盗みを働くほど、オイラは落ちぶれちゃいねえやい!」


 「魚屋さんの言うとおりです。奥さんが持っていたレシートは昨日の物でした。もし『昨日のうちにトマトを食べてしまっていた』としても、魚屋さんが昨日の今日で『喉元から手が出るほどトマトが欲しい!』と考えるとは思えません」


 「ほら!言ったじゃねえか!」


 「うむむ…となると一体誰が?」


 「『』となると、ちょっと語弊があるかもしれません。──ねえ、お兄さん?」


 私が重要参考人を名指しをすると、八百屋達は一斉に彼の方を向いた。


 「まさか、オメエがやったのか!」


 「許さねえ!オイラが疑われたのに!」


 「アタシだって!」


 可哀想に大人3人に責め立てられて、青年は青ざめ固まり、今にも泣きそうだ。


 「皆さん!落ち着いてください!誰も彼が犯人だとは言ってませんよ!」


 「はあ!?だって探偵さん…」


 「思い出してください。私は『誰が』という言葉は適切でないと言ったはずです。犯人は──いや犯は、そちらのタロウくんです」


 「!?」


 予想外の名前だったのだろう。八百屋、魚屋、奥さんは、みんな同じように、ポカンと口を開けて止まった。


 「そもそも私がお兄さんとタロウに疑いを持ったのは、なぜ魚屋さんが店先に来ていたと知っていたかです。だって八百屋さんが呼びかけた時、散歩をして通り過ぎるところだったのなら、少なくとも5分以上も前から店先にいないと知り得ない情報──八百屋さんが寝たすぐ後に魚屋さんが来たと、どうして知ることができたのでしょう?」


 「…そ、そりゃ分かったけどよ。だがそれでどうして犬が犯…犯犬になるんだ?」


 「それはお兄さんが言った通り、彼がトマトを盗むには隠せる場所も無ければ、トマトを盗む理由もないからです。……けれどタロウなら、テーブルが低かったせいで届く範囲のトマトを食べてしまったこと、それを取るために他の並びを崩してしまったこと、犬は順番など気にしないので左から3個目という絶妙な位置の物を選んだこと、全ての説明がつきます」


 ──推理の披露が終わったその時、タロウが口からトマトのヘタを吐き出した。コレは自白と見ていいだろう。


 「…ごめんなさい!今日、タロウに餌をあげる前に散歩に連れてきたら、目についたトマトを食べてしまって…」


 「だったらすぐそう言ってくれりゃあよかったのに!」


 「だって、今は手ぶらで財布も持ってないし弁償もできない。それでも言おうと思ったんですが、つい誤魔化して名前を出してしまった魚屋さんと八百屋さんとが喧嘩を始めて、それを見たら、もう言いだす勇気がなくなって…」


 「だからってよお!」


 「そうだそうだ、言ってやれ!」


 「やめなさい!!!」


 今にも説教しようとする2人を、魚屋の奥さんが止めた。


 「そもそも、2人にも非があるじゃないの!八百屋さんがテーブルの高さを高くしたり、居眠りしなければこうはならなかったし、アンタもアンタで八百屋さんと喧嘩するから、彼は言えなくなったんじゃない!!」


 「うっ…」


 「それは…」


 どうやら、力関係は魚屋の奥さんが1番強いらしい。2人は何だか母親に怒られた幼子のようにシュンとして、大人しくなってしまった。


 「…わかったよ。別に盗みってわけじゃねえなら、俺もそんな怒る気はねえんだ。だけど出来ればよ、すぐに伝えてほしかったぜ兄ちゃん」


 「はい…すみません…!」


 青年は涙を流し謝っている。その姿は偽りには見えない。彼は心から反省しているのだ。これ以上咎める必要も無いだろう。


 「では、これにて事件解決です。私はこれで…」


 「あっ探偵さん!どこかへ行ってしまう前に、せめてどうかお名前だけでも!」


 「私の名ですか?…そうですね、私は人呼んで盗人探偵──」


 ──名乗りの途中でサイレンの音がし、パトカーが近くに止まった。…まずい、警察だ…!


 「あら?誰が警察を呼んだの?そんな大ごとにするつもりないのに」


 「いんや、俺は呼んでねえよ?」


 「オイラもだ」

 

 「じゃあ、一体誰が?」


 私は走って逃げようとしたが、素早くパトカーから降りた警官に追いつかれ、間もなく御用となってしまった。


 「貴様だな!近くの探偵事務所から衣服を盗んだ窃盗犯は!防犯カメラに顔がくっきりと映っていたぞ!」


 「くそっ、離せちくしょう!推理もぴたりと当てて、事件も丸く収まって…やっと憧れの探偵になれたと思ったのに!」


 「ええっ!?この人泥棒なんですか!?」


 八百屋達が目を丸くする。くそう、ここから盗人探偵として一旗あげる予定だったのに!

 

 ──ぐぐぐ…無念!あぁ、さらば盗人探偵…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

さらば、盗人探偵 遠藤世作 @yuttari-nottari-mattari

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ