第3話 十年の時を経て

 十年後、静香は日本アカデミー賞で主演女優賞を受賞し、押しも押されもせぬ日本を代表する女優となった。

 

「えー、それでは只今から、主演女優賞を受賞された渡辺静香さんにインタビューを行いたいと思います。渡辺さん、今の率直な気持ちを聞かせてください」


「まさか、私が選ばれるなんて、思ってもみませんでした。この栄えある賞を受賞できたのは、支えてくださったスタッフのみなさんのおかげだと思っています。本当にありがとうございました」


「これまでも何回か候補にあがっていましたが、その時と比べ、今回は受賞できる自信はありましたか?」


「いえ。先程も言いましたが、本当に受賞できるとは思っていませんでした。私は脚本の中の役を、監督に指導されながら忠実にこなしただけなので、私より作品や監督が素晴らしかったのだと思います」


「さすが好感度ナンバーワン女優と言われているだけあって、発言がとても謙虚ですね。では、受賞された喜びを、真っ先に誰に知らせたいですか?」


「そうですね。今までの私のキャラだと両親と言いたいところですけど、実は違います。私が真っ先に知らせたいのは、サッカー選手の須藤竜也さんです」


 静香の意外な発言に、会場は騒然となった。


「サッカー選手の須藤さんというと、現在イタリアのチームで活躍している方でしょうか?」


「はい」


「あのう、須藤選手とは、どのような関係なのですか?」


「私と彼は高校一年の時に付き合ってたんです。私が映画のオーディションに受かって上京することになって、一旦離れ離れになったのですが、その時にお互い有名になって十年後に再会しようって約束したんです。それで半年前に会って、また付き合うようになったんです」


「おおっと! 今まで清楚系で人気が高かった渡辺静香さんに、恋人がいることが発覚しました! しかも、そのお相手は、現在イタリアのサッカーチームで活躍している、須藤竜也選手です!」


 静香はクリーンなイメージを守るため、これまで浮いた噂はまったくなかった。


「今まで、まったくそのような発言をされなかったのに、なぜこのタイミングで言う気になったのですか?」


「私ももう26歳ですし、そろそろいいかなと思って」


「このことは、事務所は知ってるのですか?」


「いえ。今、初めて言いました」


「ということは、まだ誰も知らないことを、この大舞台で発表された訳ですね。このことで、男性ファンが減るかもしれませんが、それについては、どのように考えていますか?」


「私はアイドルではなく、女優です。女優という職業は、様々なことを経験する必要があると思っています。無論、恋愛もその中の一つです」


「なるほど。最後は恋愛発覚による記者会見みたいになりましたが、以上でインタビューは終了します」


 結局これが元で、この栄えあるアカデミー賞の授賞式は、最後まで落ち着かない雰囲気のまま、終了を遂げた。



 


 二ヶ月後、シーズンが終わり、イタリアから一時帰国してきた竜也は、真っ先に静香に会いに、彼女のマンションを訪れた。


「静香のせいで、俺の女性ファンが減っちゃったじゃないか。どうしてくれるんだよ」


 言葉とは裏腹に、竜也は久し振りに会った静香に、はちきれんばかりの笑顔を見せた。


「いいじゃない。私だって、男性ファンが減ったんだから、おあいこでしょ?」


「おあいこって、なんだよ。まあ、それはいいとして、事務所の方は大丈夫だったのか?」


「まあ、結構怒られたけど、私が『十年間は恋愛しないという事務所の言いつけを守ってきたんだから、これからは私のやりたいようにさせてください』って言ったら、渋々だけど認めてくれたわ」


「ふーん。ということは、世間の目を気にせず、堂々とデートできる訳だな。じゃあ日本にいられる2ヶ月間は、思い切りデートを楽しむとするか」


「今、映画の撮影中だから、そんなに頻繁には会えないけど、それが終わったら長期休暇を取って、今度は私がイタリアに行くわ」


「長期休暇なんて取れるのか?」


「アカデミー賞を取ったんだから、そのくらいのわがままは聞いてもらうわよ」


 そう言うと、静香はペロリと舌を出した。


「よし! じゃあ、静香がイタリアに来たら、本場のパスタを堪能させてやるよ」


「張り切るのはいいけど、作るのはあくまでもコックさんなんだからね」


「それと、一つ言っとくけど、美味しい時に『ボーノ』って言いながら人差し指で頬をグリグリするのは、子供の仕草だからしない方がいいよ」


「言われなくても、そんなことしません」


「あと、ピサの斜塔って、思ってるより傾いているから、一見の価値はあるよ」


「それは、ちょっと見てみたいかも」


「静香も知ってると思うけど、イタリアってナンパする奴が多いから、極力一人で出歩かないように。もし、ナンパされた場合は、俺の名前を出せばいいよ。イタリアで俺の名前を知らない奴はいないからな」


「わかった。その時は『私は須藤竜也の彼女です』って、ハッキリ言うわ」


「ああ。イタリア語でどう言えばいいか、今度教えてあげるよ」


 竜也がそう言うと、静香は飛び切りの笑顔を見せた。



   了

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偽装カップル 丸子稔 @kyuukomu

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