7 鮎川業は焦る。

 老人何て言うのは太刀が悪い。


 老人。


 社会の荷物じゃないか。


 迷惑な存在だ。


 その老人たちは何を望んでいるのだろうか。


 子孫に期待しているのだろうか、果たして何を期待しているのだろうか。


 期待するのだったら、貯めてある金でも寄越すくらいの事はしろよ、老人はもう、先が短いし、伸びしろも無いに等しいのだから。


 そのくせして、働いて稼いできた御金だけは貯めてあるのだから。


 その御金を、若いのに投資するのは、寧ろ老人の、望みではないのか。老人に大した存在価値はないのだから。


 家族より仕事が大事だ。


 と彼は言った。


 祖母は泣いていた。


 曾孫の事が見たかったのだろう。


 一族が彼で終わるのが、口惜しいのだろう。


 彼女が何を言おうと、僕が結婚することも、ましてや子づくりをする事もない。


 僕は、女遊びも、男遊びもしない。仕事しかしない。


 家族を残す事や、子孫を残す事よりも、仕事の方が大事だ。


 僕にとって、家族や幸せは、鎖にしかならない。


 鮎川 業は、そう考えて居た。


 此れ迄、様々な人間に我儘を衝き通して来たが、彼は其れに飽き足らず、誰とも交際せずに、研究開発に勤しんでいた。彼は大きな仕事を大成させる方が重要で、家族の時間は無意味で無価値、成果を残すにはストイックさと勤勉が重要として、其れはもう徹底していた。


 祖父の鮎川 和夫も、祖母の鮎川 道子も、母の鮎川 良子も、父の鮎川 点も、妹の鮎川 真も、大変彼の、自分勝手には、呆れて物も言えなかった。


 「道楽じゃないか。」

 と、鮎川 和夫は業のしている事をそう評価した。


 他の鮎川家の者も、道楽だ。道楽に過ぎないと言って、彼の仕事をその程度のものと、言いくるめた。


 道楽。


 其れは、道楽。


 道楽なのか。


 此れは、一体。


 業はわからなかった。


 此れが道楽なのか、どうかは。


 しかし、働かず、遊んでいるようなものだから、そういわれても無理はないかと思った。


 道楽。


 真剣にしていても、結果が出ていない以上はその範疇なのであろう。


 娯楽だとか。


 何とかと、非難されても、もう何も感じない。


 私は只御金が要るから、こうして仕事をしているのだ。


 この仕事を悪くは思っていない。


 真剣にしている。


 もうそれは真剣に、有名になる日を、待っている。


 正解が、何かは分からないが、僕は、こうすることでしか、御金が稼げない。


 金が溜まれば更に大きな事が出来るようになる。


 事業を拡大出来る。


 大企業にする気はないが、小さくて自由な、想像力溢れる、世界的にゆうっめいな、ものを作るんだ。


 僕は、どう思われたかって、そっちの方が大切だ。恋人よりも、家族よりも、名誉や財産、力を求める。弱者は厭だ。


 僕は、偉くなりたい。


 だから、彼は勉強を死ぬほど頑張ったし、御金を稼ぎにも出かけた。決してそれが彼の夢ではなかったが、彼にとって有名である事と、御金と、権力は手に入れなくてはならない重要な事であった。世界一を目指していた。


 「力の無い奴が何をしても、意味はない。」


 彼は知っていた。この世界の重鎮しか、真に世界を変えることなど出来ないと、権力と威厳、財産が無いと、周りは言う事を聞いてはくれない事を知っていた。


 「僕は、金が無い。」


 此れでは駄目なのだ。


 此の儘では、終わってしまう。


 如何にか成りあがってやる。


 鮎川 業は、結婚何てしない、幸せ何て求めない。


 家族何て要らない。只、力と、金を求めて、企業した。


 女からすれば、子供たちに囲まれて死ぬのが幸せかも知れないが、男は違う。


 子供何て作れないし、家族は養わなければならない。


 育児何てしても、もうそれは空しく、どうも、此の儘でいいとは思われない、仕事があり、終わらず、子供は大きくなり、かっこ悪いと言われる。


 子供は分かるのだ。


 親のレベルが分かるようになるのだ。


 強くないといけないのだ。


 尊敬できる存在でないといけない。


 幸せなんてものは、力のあるものだけで十分だ。


 僕はまだまだ足りない。力も財力も。


 もっと偉くならないと駄目だ。止まっていては駄目だ。


 もっと有名に、知名度を上げて、権力を付けて、御金で人を黙らせられて、人気で、人を動かして、世界の重要人物に成らないと駄目なんだ。


 そうだ。こんな事ではいけない。


 こんな事をしている場合では無い。


 妹にも同級生にも、後輩にも先輩にもわからないだろう。


 僕は焦っているのだ。こんな事ではいけない。


 鮎川 業はこんなものではない。


 人生長い何て迷信だ。直ぐに終わる。


 若い時は特に大事なんだ。それ以降は死んだも同然じゃないか。


 人生なんてすぐに終わる。


 明日に終わる事だってあり得るんだ、必死に成れよ。


 もっと、求めていいんだ。条件を求めていい。


 高望みだっていい。其れは悪い事じゃない、理想を追い求めない人間に未来もクソも無いんだ。


 諦めるなよ。


 僕の友人。


 僕の知る友達。


 結婚しちまって、もうそこまでか・・・。


 どうして諦めちまうんだよ。


 僕は、諦めない。


 「御金を、稼ぐ。」


 将来彼女が何になるか。


 何て僕が心配した処で、どうにもならないだろう。


 彼女の望む未来も、将来も、何にもならないのだ。


 夢や希望があるとすれば彼女の其れは何なのだろう。


 決めるのは彼女だから、僕は、彼女に何の助言も与えられないけれど、後悔しないように、選べよとしかいえない。


 其れも、死ぬほど後悔している人間が言うものだから説得力の欠片もない。


 彼女が活躍しようがしまいが、僕にとっての彼女の立ち位置が其処にあて、その関係が崩れることは無いのだから。


 彼女は僕の妹であって、鮎川 真であって、きっと其れは未来永劫死ぬ迄、いや、死んでからも兄妹なのだから。僕達が、兄妹で無くなる事は無いのだから。


 仲良しであろうと、そうでなかろうと、そうなのである。


 「僕にとって、友達っていうのは、どういうものだったのか、もう全く分からないんだ。」


  鮎川 業はそう言って俯いた。

 

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