4章 森の家 ~春から秋

第43話 雪解け

 だんだんと吹雪く日が少なくなり、ひどい時には腰くらいまで積もっていた雪もどんどんと溶けて緑が雪の下から覗くようになり、たまに暖かな陽ざしが差し込むようになってきた。


「随分雪が溶けたね。このままいけば、十日もしないで全部溶けるかな?」

「うん。多分ね。そうなると一気に若葉が芽吹くし、この時期だけの貴重な薬草なんかも出るから、忙しくなるよ」

「そっか。春の野草とかも多そうだものね。やっと新鮮な野菜が食べられるね!」


 ほとんど家で過ごした約二か月近くの間、たまにウィトやラウルが獲って来る魔物や動物の肉で食料的には問題なく過ごすことが出来た。


 ただやはり小麦粉はもうほとんど無くなってしまったし、たくさん採っておいたネロも在庫は残りわずかだ。干しておいた果物ももう食べつくしたし、あとはキャサの根が少しだけ残っているくらいだから、新鮮な野草がとても恋しかった。


 肉だけはたくさんあるんだけどね……。冬の間はどうせ焚火を焚くから骨をコトコト煮込んでスープの出汁をとって出していたら、ラウルがいたく気に入っていたしね。吹雪いていない日は見回りだって言って、兎やネズミ系の獲物をいっつも獲って帰って来てたし。


 乾燥したハーブや野草などの在庫はまだあるから、それを一緒に煮込んでコンソメもどきを大鍋で作ってみたのだ。


 その大鍋をラウルに狙われるから、蓋ごと縄でしばってスープが零れないように収納にしまってみたら、ずっと黒文字だった変換リストのスープ(塩)がグレイ表示に変わってあっけにとられたけどね!確かに一度もスープは零れるかもと収納したことなかったけど、手間暇かけたコンソメもどきでただの薄い塩スープって!材料が塩と野草とハーブだけだったし、絶対そんなの変換しないから!


 それからは思わず作った料理を一度収納してから食べる、という習慣がついてしまったが、新たに出た変換リストは焼肉(塩・薄切り)、焼肉(塩・厚切り)だけってどういうことなのか、あの神がもし目の前に出てきたらガクガク揺さぶって問い詰める自信がある。


 そんなこんなで一応冬の間にも、色々実験した傷薬もどきなどを収納でどう表示されるかなど、通販スキルについては検証をしてみたが、相変わらず法則性があるようでよく分からない、微妙に使える感じの結果だった。


「ねえ、ラウル。春にすぐに食べられる芋とかってここら辺にあるかな?ネロももう少ないんだよね」

「ああ、ネロは越冬するから見つければ一番大きな種イモは食べられないけど、子芋なら食べられるよ。あと小ぶりだけどロンナっていう芋も雪解けして若葉が芽吹く頃には採れるから、なんとかなるよ」

「良かった!お肉だけってのは避けたかったから!」


 ラウルとリサちゃんはほぼお肉でも耐えられそうだが、私には肉オンリーは無理だ。


「あと、山からの雪解け水が流れて来る頃に少し小川の上流に皆で行こう。泉があれば、ランカがあると思うから」

「ランカって?」


 ラウルの説明によれば、ランカはなんと塩を含有する水草らしい。リンゼ王国では塩は山で岩塩を探すか、水場でランカを探すかだそう。

 なんでもランカを干すと葉っぱに塩が浮き出て来るからそれを集めてもいいし、ランカも食べられるからそのまま干して砕いて料理に使っても大丈夫なんだって。


 塩は大袋を二つ持ってきたからまだ残っているけど、採れるなら集めておけば心配がなくなるね!


 

 どんどん雪の下から芽吹く緑をラウルに教わりつつ毎日少しずつ摘んでいると、たまに思い出したように雪は降るが積もることもなく、暖かい日が増えて雪も日に日に溶けて行った。

 フキノトウやわらびに似た野草もあり、苦みも春の味だと思ってスープにして食べている。


 油が欲しいんだけど、まだオリーブのような木の実を見つけてないんだよね……。今年は何か油が搾れるような物を探すのを目標にしよう!テムの町でも油なんてなかったから贅沢だろうけど、揚げ物、食べたいよねぇ。


「あった!ノア、これを見て。このスプールの新芽、これは食べられるよ。こう、新芽の部分だけもぎ取るんだ。湯がいて塩だけでも美味しいんだ」


 ラウルが背の低い、若木のスプールという木の新芽を折って見せてくれたのを見ると、柔らかそうな大き目の双葉と、その中にまだ芽吹いたばかりの小さな葉があり、タラの芽とこしあぶらを足して二で割ったような見た目だった。


「あとこれ!このイーガの芽は、春の病気の万能薬なんだ。熱が出たり咳が出たりしても、この新芽を刻んで潰して水で飲めば、二日も寝てれば治っちゃうから」

「それは凄いね!……ねえ、このイーガの芽は、新鮮な新芽じゃないと効果がないの?乾燥した物ではダメ?」


 イーガの芽は、一見薔薇の蕾のように見える小さな新芽だった。その小さな新芽を三つ摘んで飲めば、どんな高熱でも下がるのだそう。

 私用に家にあった熱さましを収納に入れてあったが、実は変換リストに熱さましはまだ出てないのだ。恐らく変換材料となる薬草をまだ採ったことがないのだろう。


 でも、こうして薬じゃなくても効果がある薬草はたくさんあるんだもの。なら、ラウルに教えて貰った薬草から、熱さましや咳止めとかの簡単な症状の薬なら、調合することが出来るようになったらいいと思うんだよね。


 そう、傷薬だけでなく、そういう薬も自分の手で調合できるようになりたいと思ったのだ。理由としては、これから自分が大人になった時に何をするか、だ。


 私ももうすぐ九歳になり、来年には十歳になる。十歳になればランディア帝国でも見習いになれる年となるので、街を一人で歩いてもなんとか言い訳が立つ年だ。

 でも、現状としては私がテムの町へ戻ったり、ザッカスの街で働くのは現実的ではないと理解している。


 叔父はもしかしたらそろそろテムの町から追い出されているかもしれないけどね……。あの人、どう考えても小物の悪党だし。お父さんの弟だなんて信じられないよね。でも今更戻って私の店だから雑貨屋をやります、は現実的に考えると無理だ。テムの町はうちの店がザッカスの街の買い出しをほとんど引き受けていたのだから、今頃叔父ではなくても他の人が雑貨屋をやっているだろうしね。


 そして今の私はウィトと離れるつもりは当然ない。ラウルとリサちゃんは大人になれば自分で生きる場所を選ぶだろうけれど、私にウィトと離れるつもりがない限りランディア帝国に戻る選択肢はない。だからリンゼ王国か他の国に行くか、となると、現実的にその国のある程度の事情を知らないでウィトを連れて女一人で旅して住処を探すのは無理がある。


 でも……。どんなに居心地がよくたって、一生をこの家で過ごすのは今の歳からすると現実的でもない。さすがに世捨て人としてずっと世間と関わらずに生きて行こうとは思ってはいないのだ。


 なら、リンゼ王国で人族が生きていけるか分からないけど、ラウルとリサちゃんに最初だけ助けて貰えれば最低でも交流は持つことが出来る。その時、私がリンゼ王国にない薬を作れたら、街かどこかの集落で暮らすことも可能かもしれない。それに……。


 ラウルが、もしリンゼ王国の集落へ戻るのなら、その時はその集落ではせめて傷薬を認めて欲しい。だって、怪我をしてもその場で治療せずに重症ならそのまま見捨てる、だなんて……。傷薬を知っていて、獣人の回復力を知っている私としては絶対に認めたくないし、ラウルにラウルのお父さんと同じ道を歩ませたくなんてないもの。


 ラウルとしては、今までのことで集落の人達と遺恨があるだろうから、戻ろうと思えるかどうかはまた別なのだが。


「……ノア、聞いてた?イーガの芽は、摘み取ったばかりが一番効果が高いけど、いつでもある訳ではないから乾燥させた物でも効果はない訳じゃない、ってさっきから言っているんだけど」

「あっ、ご、ごめん、ラウル。ちょっと考え事してた!そっか、乾燥した物でも効果があるなら、熱さましの薬の材料に出来るかもしれないね!ね、ラウル。他の薬草についてもどんどん教えてね!」

「……ハア。もう、だったらちゃんと周囲の警戒を忘れずについて来てね」

「うん!」


 もう、とあきれる表情の最近ちょっとだけ目線が上になったラウルの視線をなんとか笑って誤魔化し、イーガの芽に手を伸ばしたのだった。








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4章は章題の通り話のテンポが上がります。

新たなもふもふも追加予定ですので、お付き合いいただけると嬉しいです。

どうぞよろしくお願いします<(_ _)>

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