第42話 冬を越えて

「だから、私が転生なんてしたから、前世の記憶なんてあったから、お父さんとお母さんが死んじゃったかもしれないの……」


 気づくとラウルにすがりつき、泣きじゃくりながらそう告げていた。


 ラウルとリサちゃんと暮らすようになって、お父さんとお母さんのこともいい思い出に出来た気がしていたのに、それでもやはり胸の奥底には懺悔と共にどうしてもこびりついていたようだ。


 ただただ私の意味がわからないだろう話しを、一つ一つ聞き返しながら聞いてくれていたラウルは、自分にすがりついて泣く私の肩を掴んでそっと離し、顔を見つめると。


「いい、ノア。人は、いつか死ぬんだ。早いか遅いかはあるけど、でも、誰も思い出さないと、本当にその人は死んでしまう。ノアは、愛して育ててくれたお父さんとお母さんのことを覚えているんだろう?だったらそんな後悔で思い出を曇らせたらダメだ。もう一度死なせてしまわないように、思い出すことを苦痛になんかしちゃダメだ」

「……もう一度死なせる?」


 お父さんとお母さんのことを思い出すのが辛かったら、思い出すことも無くなってしまう?……いやだ、そんなの。だって、だって。


「そう。だから、楽しい思い出をたくさん話して。僕も……お父さんとお母さんの楽しい思い出を、リサにたくさん聞かせるから。ね?皆で家族の思い出を話そう?」

「ラウル……。うん。うん。ありがとう、ラウル。お父さんとお母さんの、楽しい思い出、たくさん、たくさんあるから。絶対忘れないように、聞いてね?」


 それから私の泣き声で起きてしまったリサちゃんとも抱き合い、眠るまで三人で家族の思い出を話しながら皆で泣いた。

 ラウルがお父さんとの思い出を話しながら静かに涙を流す姿に、私の方が何故だか泣けて来てわんわんまた泣いていた。


 私が一番年齢が上なのに、前世も含めて精神的には幼いのではないか、と反省ともに、本当にこのことで家族としての絆を結べたような気がしたのだった。




 翌日からは本格的に雪が毎日のように降るようになり、たまの晴れ間には皆で森へ行き、それ以外は家でそれぞれ手作業をして過ごした。


 アダでの布を織るのは本当に細かい作業で、長方形の木枠に張った縦糸に、交互に横糸を木で作った太目の針で通して行くのだ。通し終わると、硬めの糸を両手で掴み、下へと引っ張る。その繰り返しで織って行くのだ。


 思わず櫛で横糸を下に寄せればキレイに織れるんじゃない?って口を出すと、ラウルは目を丸くして櫛を作り出した。ただ幅が一メートルあるので、縦糸の間隔でナイフ一本で櫛を作るのは至難の業で、言ったことを申し訳なく思ってしまった。


 私は乾燥したムグの実をゴツゴツした岩で削り、カボスのような小さな酸っぱい果実の汁と合わせて少しのお湯で溶いてどうなるか観察したところ、お湯に溶けた分と溶け残った分とで分離した。なので思い切って盥に入れたお湯に注ぎ、そのお湯で髪を洗ってみた。


「わあ!お姉ちゃん、なんか髪、つやつや!ムグの実で洗っただけじゃ、そんなつやつやにならないのに、どうしたの?」

「ふふふ。なんか石鹸を作ろうとしたら、リンスインシャンプーになった、みたいな感じだったの」


 石鹸?リンスインシャンプー?と小首を傾げるリサちゃんの髪も洗うと、つやつやピカピカになった。石鹸だけで洗うとキシキシになる筈なのに、きちんとリンスをしたようにつるつるな髪質なので、まさにリンスインシャンプーで洗った仕上がりのようになったのだ。


 耳の毛並みもふかふかになったので、ウィトも洗おうと狙っていると、「キュウッ!」と一声鳴いて外へと逃げて行ってしまった。


 むう……。確かにいてでもウィトはもふもふだけど!でもこれで洗えばもっとふわふわになると思うのに!


 とりあえず身体を洗える石鹸についてはまだ研究するとして、その液を『シャンプー』と名付けることにした。リンスインシャンプーでは長すぎるからね!


 その後は皆の下着を縫ったり、傷薬用の薬草を乾燥させた物を粉にして水と混ぜたり煮込んだり、なんとか傷薬を自分で作れないか色々試してみた。

 調合用の道具、何かで見た記憶があった乳鉢とこする棒、それに薬草を粉砕する薬研はとりあえず形を説明して木でラウルに作って貰った。


 自分で作ろうとしたのだが、あまりのナイフを持つ手つきの危なさに私が木工作業をするのをラウルに禁止されてしまったのだ。


 アダを織ることも私の手つきは危うく、リサちゃんの手つきよりもかなり遅かった為、私は縫物と料理係となってしまった。無念だ。




 あと冬の間にやっていたことは、リサちゃんの魔法の訓練だ。


「リサ、そうじゃない。しっかりとコップに水が溜まるのをイメージしないと」

「えーーー、ちゃんとお水出ろ!って思ったもん!でも、ちっとも出て来ないんだよ」


 ぶーぶー言いつつも、テーブルの上のコップに手をかざし、うんうんとうなるリサちゃんの姿も可愛い。


「ねえ、お姉ちゃん。お姉ちゃんはどうやってお水出しているの?」

「初めはお母さんに、さっきラウルが言ってたように教わったよ。でも色々魔力を使うようになった今は、水が出るイメージをすると同時に身体の中から魔力をえいって出す感じかな」

「?身体の中から魔力?うーん、魔力ってどこにあるか、リサ、わかんない!」


 確かに、私も何度も結界を極限状態で使ったから自分の中の魔力を外に出す、という感覚が掴めたが、ではその魔力が身体のどこに?となると、血液のように循環している、とかそういう感覚的に感じることは今でも出来ていない。


「そうだね……。最初に成功させればなんとなく分かる、としか上手く説明できないな。ねえ、じゃあリサちゃんに合った魔法を探してみる?種火は火だから危ないけど、私かラウルが傍に居る時なら練習できるし、あとは風と土の使い方を教えるね」


 そうして一通りリサちゃんが試した結果、一番早く発動したのは土魔法だった。


「やった!お姉ちゃん、みてみて!ちょっとだけここ、柔らかくなったよ!なんとなく、ちょっとだけなら穴も掘れそう!」


 最近ではずっと積もった雪が溶けることはないから、仕方なく軒下のトイレの端の方で何度か試してみると、あっけなく土を柔らかくすることに成功していた。そして私が今だに頑張ってイメージしても成功していない、ちょっとした穴を掘ることにも続けて成功した。


「リサちゃんは土魔法に適正があるのかもしれないね。でも、土魔法に成功したのなら、水と種火も頑張ってみよう?」


 一度成功したのが良かったのか、春になる前に、リサちゃんはちょっとした生活魔法と手首程の穴を掘ることが出来るようになっていた。

 因みにラウルも生活魔法までなら問題なく使えるが、それ以上の魔法となると自分の身体に掛ける身体能力の向上以外はほぼ使えないらしく、ちょっとだけリサちゃんのことを羨ましがっていたのは、リサちゃんには内緒だ。


 まあこれで人によって得意な属性があるらしいことが分かったし。私も春になったら色々試してみよう!



 あと冬の間に、ラウルとリサちゃんに読み書き計算を教えることになった。

 集落で暮らしていたラウルはお金をほとんど見たこともなく、数を数えることは出来たが計算まではほぼ出来なかった。

 幸い言葉と文字はこの大陸ではほとんど共通だったので、土間で土の上に木の枝で書いて毎日少しずつ教えた。


 貨幣は国毎にもあるが、金貨、銀貨、銅貨は各国で共通の大きさ、重さで統一する取り決めがあるのでそちらもランディア帝国の手持ちの貨幣で教えることが出来た。



 こうして雪に閉ざされる間も、それぞれ出来ることを教え合い、助け合いながら長い冬を越えることが出来たのだった。








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これで3章は終わりです。

どうぞ宜しくお願いします<(_ _)>

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