第34話 初雪

「よーーし、これで終わりね!ラウルとリサちゃんのお陰でたくさんとれたわ。ありがとう!」


 私もここにアロの木があるのは知ってはいたが、木登り出来ない私だけなら採れても十個くらいだった筈だ。

 


 ラウルとリサちゃん、本当に身が軽いよね。最初にひょいっと岩山に登ってしまった時には驚いて、大声で叫んでじゃったし。


 あれはラウルとリサちゃんの怪我も完治し、皆で洗濯をして干す、ってなった時、どこに干すのか、と聞かれて岩の上に、って応えたらラウルが軽々屋根に洗濯ものを持って登ったのだ。

 私が指さしたのは、すぐ横の腰までの岩だったんだけどね。


 そして驚いて大声で叫んでしまったせいで角ウサギに気づかれて襲われたが、私が慌てて結界を自分の周囲に張ったと同時に、今度はラウルがひょいっと屋根から飛び降り、そのままキック一発で仕留めてしまったのだ。


 あの時はポカーンとしちゃったよね……。私があれだけ怯えていた角ウサギが、私よりも背が低いラウルにあんなりあっさりと倒されちゃうんだもの。そのままパパッと解体もしちゃうし。リサちゃんも平気で肉と骨をばらしていたしね。


 あれで獣人は人族とは運動能力が違うのだ、としみじみ自覚したのだ。さすが弱肉強食の国!



 大量に採れたアロの実をタブレットに収納し、ネロかキャサの根を探そう、という話をしていた時。


「あっ、雪!」

「え、雪?……あ!」


 リサちゃんが空を見上げて声を上げた。

 その声に空を見上げると、いつの間にか厚い雲が空を覆い曇天となていた空から、ひらりと舞い降りる白い雪が顔に当たって儚く消えた。


「今日は寒いと思っていたら、初雪、か……。もう冬だね」

「ここは山に近いから初雪は早いけど、本格的な寒さと雪はまだ先だよ。僕らがいた集落は、あの山の向こう側の麓の森にあったから、丁度同じような感じだと思うよ」

「うん。お兄ちゃんとリサ、冬の為にネロを掘りに森の浅い方に行ったら掴まっちゃったの」


 恐らく集落に住む人たち全員で冬の食料を集めていて、罠にかかったリサちゃんとラウルが見捨てられた、ということなのだろう。もうあの時の傷は二人とも治ってはいるが、心には傷を抱えているのだろう。


「そうだ!キャサの根は、初雪が降る頃から雪が本格的に降るまで軒下に干しておくと、冬中食べられるから。ネロとキャサの根があれば、冬も狩りをすれば大体食べるだけなら間に合うんだ」


 私がどう返事しようかと迷っているのを察して、ラウルが話題を食べ物にしてくれた。その気遣いがお兄ちゃん属性を感じさせてちょっとだけ微笑ましい。


「そっか。じゃあ、リサちゃん、どれが食べられるヤツか、お姉ちゃんに教えてくれる?たくさん採って、美味しいスープにしようね」

「わあーーっ!リサ、お姉ちゃんにたくさん教えてあげる!えっと、あっ、あれっ!あれも食べられる葉っぱだよ。苦くないから、あれは好き!」

「じゃあ、今日の夕食はあの葉っぱとニョッキと角ウサギのお肉を入れてスープにしようか」

「おいしそう!じゃあリサ、たくさん毟るね!!」


 ニョッキはこの世界の食べ物ではなく、あのイタリアンなニョッキだ。私は自炊はそれなりにしていたが、手作りにこだわらず冷凍食品も多用していた手抜き料理が多かったが、テレビで簡単に作れる、というのを見て作ったことがあるのだ。


 三人になり、でもお腹いっぱい食べさせたい、けどパンは小麦粉の在庫的に無理、となった時に思い出して作ってみたら、もちもちした食感が楽しかったらしく、リサちゃんのお気に入りになっていた。


 基本森で集落に別れて暮らすリンゼ国では小麦粉は高価だそうで、ラウルに恐縮されたがそこは国の違いで家族になったんだからと押し切ったのだ。


 でも少しずつ聞いた感じだと、ラウルとリサちゃんの身を寄せた集落でもこうして森に入って食料などを採ってほぼ自給自足していたらしい。

 私みたいに町育ちで、無謀にも森に入った訳ではなく、森暮らしのベテランでこうして教わることばかりだ。


 リサちゃんに教えてもらいながら野草のはっぱをちぎり、見つけるとネロとキャサの根を掘ったりしつつ、未だに初雪がちらちらと舞う空を見上げながら、とうとう冬が来るのだと思うと、しみじみとした想いがこみ上げて来る。


 春、一人で森に入った時からずっと、冬が来る前に拠点を見つけて、冬の食料を確保することが第一の目標だった。

 それがウィトという家族が加わり、家を二人で造り、そうして更にまた二人、家族が加わった。

 あんなにも冬の寒さに怯えていたのに、今は少しくらい寒くても四人で身を寄せ合って過ごせば温かいと思える。そんな自分の心境の変化がとても不思議だったのだ。


「グルウォッ!ウォンッ、ウォンッ!」


 今までのことに思いを馳せてつい感傷にふけり過ぎていたようだった。気づいた時には目の前にはウィトが居て、そしてウィトの前脚の下にはネズミの魔物が潰されていた。


「え?……もしかして、私、襲われそうだったの?ご、ごめん、ウィト。ありがとう。ちょっとぼーっとしちゃって気を緩めてしまってたよ」


 ラウルとリサちゃんと一緒に暮らすようになって、外に出る時も結界を張ることはほぼ無くなった。ウィトは私の結界を通り抜けることが出来るが、私に害意はなくてもラウルとリサちゃんは通りぬけることはできなかったからだ。


 だから外にいる時は、もっと気配に気を配って危険があればすぐに結界を自分に張らなきゃダメだというのに、常に誰かと一緒に行動するようになってから、森の中を一人で彷徨っていた時の緊迫感が薄れ、すっかり無防備になっていたようだ。


 ラウルとリサちゃんが森の食べ物に詳しいから二人がいれば食料の心配も無くなって、通販スキルで変換しないと手に入らない物も今は傷薬くらいしかない。薪だって今年は乾燥の都合で変換で出すが、来年はラウルが木を伐って準備すると張り切っていたから必要なくなる。


 ……大人まで生き残るってことだけを目標にして来たから、それが叶いそう、となった時、私はどういう風に生きていきたいのかということを、考えたことなかったんだよね。だから家族が増えてうれしいし、毎日生活も楽しいのにどこか空虚さも感じているのかもしれないな。……転生とか、通販スキルのこととか、お父さんとお母さんの死とか、そいうことを全て置いておいて、ノアとしてどう生きたいかを、これからの目標を考えてみよう。


 これから冬になり、雪で閉ざされれば考える時間もたくさんあるだろう。

 そう決意した時、そっと胸元にふわりと柔らかな感触と温もりを感じ、「キューーーーン」という甘えた可愛い声に、考え込んでいたからウィトが心配してくれたのだとわかり、愛しさにウィトの顔を両手で挟み、真っすぐに視線を合わせた。


「心配してくれてありがとう、ウィト。私はもう大丈夫だよ。さっきも助けてくれてありがとうね。いっつも私のことを見守ってくれて、感謝しているよ」


 そう告げ、チュッと鼻先にキスをすると、うりうりと頬に当てた両手で揉み、そのまま抱き着いてもふもふと撫でまわした。


 ……ウィトも大きくなったよね。私も身長が伸びたのに、もう屈まないでウィトにそのまま抱き着けるようになったし。


 そう、もう、両親の死を嘆いた時の自分のままではいられないのだ。日々体が成長するように、心も成長しなくては。


 ねえ、お父さん、お母さん。私は新しい家族も出来て、元気に暮らしているよ。どうか心配しないで見守っていてね。







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最初の冬はテンポがゆっくりですが、春からはテンポを上げる予定ですので、のんびりとノアとラウルとリサの成長にお付き合いいただけると嬉しいです。

どうぞ宜しくお願いします<(_ _)>

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