第13話 結界スキルと生活魔法

 ハッと目が覚めた時、一瞬自分がどこにいるか分からなかった。


「っ!!あっ、け、結界!!」


 ぼんやりと夕陽に彩られた草原を見つめ、すぐに結界に当たる衝撃に気がついた。

 慌てて結界を張ってから今の自分の状況を確認すると、三重に張った筈の結界は一番外側の結界は消え、二枚目の結界がちょうど今、虫の魔物の特攻を受けて消えたところだった。


 ……思いっきり魔力を注いだから、結構時間が持ったんだ。すっかり眠っちゃってたから、生きてて良かった。


 それも恐らくほとんど魔力切れでもうすぐ消える、というところに衝撃で消えただけで、一番内側の魔力を一番込めた結界はもう少しはもちそうだった。


 まあそれも、角ウサギに特攻されれば一発で消えたかも、って感じだし。いやぁ、森だったらこんなに寝ちゃったら無理だっただろうな。でも、草原はいつ人に見られるか分からないから、ずっと草原で過ごすってわけにもいかないよね。ましてやここはテムの町に近すぎるし……。


 かと言って、今のままで安全に森の中で暮らすのは、夢のまた夢だ。女一人で街で安全に暮らせそうな成人、十六歳になるまであと八年、最低でも見習いになる十歳までの二年、どこで暮らそうか、となるのだ。


 一番の望みは、生き残る事。当然安全に暮らしたいが、町を出た時点で無理なことは分かっている。そして安全な生活よりも叔父に見つからないこと、奴隷商人に売られないことの方が上なのだ。


「……とりあえず今日はもうここで夜明かししよう。今日くらい、スープを作って温かい物を食べてもいいよね?」


 森で料理なんてしたら匂いで魔物を寄せ付けてしまうのでは、と、森に入ってから気づいたのだ。結界があるから弱い魔物なら耐えられることを考慮に入れても、これから先はこの場所のように人里に近い草原でしか食材があっても温かい物が食べられないかもしれない。


「あっ、洗濯もの!とりあえず取り込まなきゃ!」


 ふっと下着を草の上に広げて干していたのを思い出し、慌てて這い出て周囲を見回してみると、キレイな状態で乾いていた下着は一枚だけで、後は足跡がついていたり、風で飛ばされた上に泥で汚れてしまっていたりだった。


「ああー……。でも、森では洗濯なんて頻繁に出来ないだろうし、こうなったら紐パンを縫うしかないかな……」


 とぼとぼと下着を集めて回り、汚れてしまった下着は別にして袋に入れてタブレットへしまった。

 この世界の下着は、所謂かぼちゃパンツだ。ウエストの部分で紐で縛ってずり落ちないようになっている。でも無駄に布の面積が多いから、乾くのに時間がかかるのだ。

 その点紐パンなら布面積は最低限ですむし、生活魔法で出した水で洗って一、二時間で乾くだろう。


 因みにこの世界の一般的な子供の服装は、女の子は上はかぶり物のブラウスにチュニック、その下にズボンかスカートをはく。チュニックはベルトのように細めの布をウエストに巻いて、長さを膝丈になるように調節している。大き目の物を成長に合わせて長さを調節するので、何年も着れるのだ。


 元々私は店番や品出しの手伝いもしていたので、持っている服もスカートよりもズボンが多かったので森の中でスカートという羽目にならなくて済んでいる。


「先に朝市で買った痛みそうな野菜を使っちゃわないとね。葉物野菜に芋を入れればお腹に溜まるかな。今晩と明日の朝の分を作っておこう」


 パンは試しに変換した物が半分残っているから、今日はそれをスープに入れて食べることにする。


 とりあえず焚火をする為にすぐ目の前の草を抜き、そして根っこは小さなスコップで掘り返して一メートル四方程の土をむき出しのスペースを作った。


 この世界にもスコップがあって良かった……。後はこれも倉庫から持って来ておいた煉瓦を組めばお鍋を置けるかな?


 タブレットから手早く野菜や鍋、そして薪と焚きつけ用の藁と煉瓦を取り出すと、まず薪を組み藁を上に乗せると魔力を指先に集めて種火を灯して火をつけた。

 しっかりと火が薪に燃え移ったことを確認してから煉瓦を周囲に組んで行き、上に鉄の鍋を乗せてグラグラしないことを確認した。


「じゃあ次は水を鍋に入れて……」


 生活魔法で水を出す時は、コップの上に手をかざしたり両手でお椀を作ってその中に溜まるイメージをする。それはお母さんから教わっていたことで、今までもそうやって飲み水を出していた。


 コップ一杯の水、っていっても、コップなんて大きい物も小さい物もあるんだし、やっぱり込める魔力次第で出す量を多く出来ると思うんだよね。生活魔法の検証も兼ねてやってみようかな。


「……鍋の半分くらいの水をイメージして。おお、やっぱり!」


 スッと身体の中から魔力が出て行く感覚があり、しっかりとイメージした分の水が鍋に溜まっていた。

 さっき使った種火の時は、指先に集めるイメージをしたがほとんど魔力が出た感覚はなかった。コップ一杯の水を出す時も、魔力が身体の中から抜けていく感覚はない。


 攻撃に使える規模の魔法を使えるかまでは分からないが、魔法を使う時のイメージと込める魔力量で生活魔法でもかなり幅は広そうだ。


「んーー……。もしかして、私の魔力量は多いのかな?結界と通販スキルを使うには魔力が必要だし、他の人よりは元々多めだったのかも」


 だからと言って、やはり神に感謝を捧げる気分には全くならないが。


「後は、緊迫した場面で何度も結界を張ったからもあるあろうし、それと使えば使うだけ魔力も増える、とか。ステータス画面なんてないから確認できないけど、レベルはなくても熟練度とか、限界まで使うと少し増える、なら現実でもも考えられるかな。……私はまだ八歳だし、可能性としては高いかな?」


 昨日、結界を重ねられることに気づいた時に少しだけ考えたが、改めて自分の中の魔力を感じながら魔法を使うと、あながち小説などで読んだ魔力や魔法の使い方も現実に参考に出来るのではないか、と思う。


 そうであるならば、いずれは結界を一晩中何重も張れる日が来るかもしれない。あれ?でも、なら通販スキルは……。


「もしかして通販スキルも使えば使うだけ、あのリストのグレイの文字の物も変換出来るようになる、ってことかな?」


 まだ試しに一つずつしか変換していないが、使うごとに熟練度が上がる、と考えればあの変換リストのグレイの文字も何度か使っている内に黒文字に変化する可能性が高いのかもしれない。


「うーん……。まあ、検証するにも時間がかかるし、とりあえずスープを作ろう!」



 盥に水を出して野菜を洗い、家の台所から持って来たまな板で野菜を切って沸いた鍋へと入れて行く。


「料理チートなんて、安全な街に住んでなんでも食材を使える環境とか、食材を求めて自由に旅を出来る実力がないと無理だよねぇ……。とりあえず今日は塩でいいかな」


 家で食べていた料理は、基本的にスープとパン、それに偶に焼いた肉、という物だ。卵も乳も街で畜産を少ししていたのでテムの町でも売ってはいたが、鮮度の問題があるから貴重品で、私の家では滅多に食べられなかった。

 味付けは塩が基本で、他はほんの少しの香辛料やハーブの粉末などを使って塩味の風味を変えていた。当然胡椒もない。


 紙も羊皮紙しかなく、庶民は木の板に文字を書いているので本はあってもとても高価なので、家にも一冊も無かった。唯一あったのは、薬草の買い取りの為に羊皮紙一枚に描かれた薬草買取一覧表で、絵も描いてあって見やすいので当然持ち出して来ていた。


 最初はそれを見ながら薬草を採ろうかと思ったのだが、そんな余裕などある筈もなく、とりあえず手当たり次第収納していたら、チャージポイントの収納物一覧で名前が出ることが発覚したのだ。


 名前だけの鑑定機能としても使えるのは便利だったけど、名前だけ分かっても毒があるとか効能とかは全く分からないんだよね。ああでも……。変換一覧と材料と合わせて見て行けば、少しは効能なんかも推測出来るようになるかな?まあ、そこまで使いこなすにはまだまだ先だろうけど。


 今の状況では魔力の使い道の優先順位は圧倒的に結界なので、検証とはいっても今までのように色々な物を収納するのと、当座の使う物だけを変換することになるだろう。


 それでも、収納が出来ているから今の状況があるんだけどね。収納が無かったら、さすがに町を一人で出る決心が出来たか分からないし。……でもいくら高性能でもやっぱりチート能力で無双、なんて夢のまた夢だし。なんでそんな能力の為に……。


 つい気を揺るめると、お父さんとお母さんの顔が思い出されて涙ぐみそうになってしまう。その湿っぽい気分を、大きく首を振って深呼吸をして振り払う。



 その夜。初めて自分一人で作った温かいスープは、味としてはとても美味しいとは言えなかったが、その温かさに気が張っていた心が少しだけゆるみ、穏やかに夜を過ごすことが出来たのだった。







ーーーーーー

本日はあと1話、夕方に更新します。どうぞよろしくお願いします<(_ _)>

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