第6話

「しかしそれではいつまでもお父さまの後継者が決まらないのでは?」


「わたしとしては兄上に本当に子供がいたのなら、その子に王位を譲りたいのだ。レイたちにはすまないが」


 父がどれほど今は亡き兄を慕っていたかは、レイティアも知っている。


 聡明な国王だったようで、父は兄と対立したくなくて、宮廷を去ったとまで言っていた。


 だから、その兄に子供がいたのなら、その子に王位を譲りたいと願うのは、ごく当たり前に思える。


 なによりも前王の嫡子なら王位を継ぐ権利がある。


 しかしそれはレイティアには歓迎できないことだった。


 レイティアは今まで将来、女王になるために頑張ってきた。


 妹を巻き込むまいと過保護に育ててきたのも、自分が女王になって妹には苦労をさせまいと思ってきたからだ。


 たしかにその重責から解放されるのは嬉しい。


 しかしそれが確定してしまうと、これまでの苦労はなんだったのかと、そう問いたい気分になるのも事実だった。


「そういえばお父さま」


「なんだ、レイ?」


「伯父様って素敵な方だったんですね」


「いきなりどうした?」


 苦笑する国王にレイティアは微笑む。


「いえ。レティを迎えに行ったときに、伯父様にそっくりな青年と出逢って。すごく素敵な方だったので、伯父様もとても素敵な方だったのでしょうねと思って」


「兄上にそっくり?」


「そういえばとても見事な腕輪を隠していらっしゃいました。あれほどの腕輪にはお目にかかったことがありません」


「……」


「なんだかご本人は知られたくないご様子でしたが」


「その人は……どこに? どんな青年だっ!?」


 突然、身を乗り出した父王に驚きつつレイティアは答えた。


「孤児院を兼ねた教会に身を寄せておいでですわ。どうも小さい頃に孤児院に預けられたとかで、ご本人もそれ以前のことは憶えていらっしゃらないようです。院長の神父様がそうおっしゃっていましたから。とても聡明な青年でした」


「歳は?」


「たしか……18だとか。わたしがつい『伯父様?』と呼んでしまったら、まだ18だからおじさんと呼ばれる歳じゃないとかおっしゃっていましたし」


「まさか……」


 信じがたいと呟く声に、レイティアは不思議そうに父王を見ていた。





 レティシアはあれ以来、孤児院の手伝いをして日々を過ごしていた。


 出逢ったときにアベルに問いかけた孤児院の生活を成り立てる方法については、すこししてから理解した。


 アベル本人が吟遊詩人として身を粉にして働いて、孤児院や教会の生活を成り立てているのだ。


 彼に言わせれば、それがこの歳になるまで育ててくれたシドニー神父への恩返しだという話だった。


 アベルの歌声は素晴らしく、ふと耳にしただけで聞き惚れる。


 そこまでの腕前を持っていなければ、とても現状維持できなかっただろう。


 普通に家庭を支えるのだって大変なのに、アベルが支えている家計は孤児院に教会だ。


 普通の稼ぎでなんとかなるわけがない。


 それをなんとかしてしまうのがアベルだと、フィーリアが自慢していた。


 フィーリアがシスター見習いなんてできるのも、アベルのおかげだと彼女はとても誇らしそうに言っていたものだ。


 シスターになるには専門の学校に通わないといけないのだ。


 つまりシスターになるにもお金がかかるということである。


 それを可能にしているのもアベル、という話になるのだ。


 彼がいなければこの孤児院も教会も、そしてフィーリアの将来も、すべて成り立たない。


 お金はたしかにないかもしれない。


 レティシアからみれば、彼らの食事風景や着ている服などは、とても質素だ。


 だが、そこにはお金では買えないものがある。


 アベルの人柄を知るほど、レティシアは彼のことが気になりだしていた。


「エルさんはどうして貴族がキライなんですか?」


 教会の掃除をしながら、ふとレティシアは気になっていたことを問いかけた。


 一緒に掃除をしていたエルがふと手を休める。


「どうして……ねえ。一言で言えば貴族がいても、なんの役にも立たないからよ」


「でも貴族がいないと、この国は成り立ちません。貴族たちが政を動かしているのだし」


「政で私腹を肥やすのも貴族だしね?」


 エルに皮肉を言われてレティシアは黙り込む。


 そういう貴族が多いのも事実だったので。


「前王だって貴族たちが暗殺したって専らの噂じゃない。あれほど国のために尽くしてくれた王様を」


「え? まさか」


 まるで知らされていない噂に、レティシアは耳を疑う。


 彼女は箱入り娘なので、こういう噂は耳に入らないからだ。


「あたしはまだ子供だったけど、噂でよく聞いたわ。貴族ではなく平民のことを考えてくださる王様を煙たがって、臣下たちが殺したって」


「嘘」


「貴族たちは平民のことなんて、なんとも思ってないの。平民に味方すれば王様だって殺すほどよ?」


 信じないとかぶりを振るレティシアに、エルが言い返そうとしたとき、教会の扉が開いて声が響いた。


「エル姉、裏庭の花、摘んでいい?」


「裏庭の花?」


 レティシアが呟くとエルは振り向いて笑った。


「またお墓参りに行くの、アベル?」


「ああ。月命日だしさ。好きな酒でも供えてやりたくて。花は必需品だろ?」


「摘んでいいけど丸坊主にはしないでよ? アベルはすぐにたくさん摘むから」


「わかってるって」


 そのまま出ていこうとするアベルの背中に、ここには居ずらかったレティシアは慌てて声を投げた。


「アベルさんっ」


「なに?」


 振り向いたアベルが問いかける。


「わたしも行っていいですか?」


 必死なその様子とこの場の妙な雰囲気に気づいて、アベルはまた揉めたなと察する。


 レティシアの素性には気づいていなくても、薄々貴族だと思っているエルは、彼女とは反りが合わない。


 そのせいでレティシアが居ずらくなることが多いのだ。


 またそれかと納得して声を出した。


「いいけど。ただの墓参りだから退屈だと思うよ」


「構いません。お墓参りは大切だから。わたしも伯父様や伯母様のお墓参りは欠かさずにやっているし」


「ふうん。だったらおいで。連れていくから」


「ありがとうございます」


 明るい笑顔で答えるレティシアがくるのを待って、アベルは出ていった。





 裏庭で花を摘んだアベルは、街の酒場ですこし高級な酒を買うと、街外れに向かって歩き出した。


 レティシアが案内されてきたのは小さな墓だった。


 墓地にあるのかと思っていたが、墓があったのは街外れの丘の上である。


 ポツンと建っている粗末な墓。


 刻まれた名はクレイ。


 どこかで聞いたような? と、レティシアは首を傾げる。


「クレイ将軍。アンタが好きな酒を持ってきたよ。飲んでくれよ」


 そう言ってアベルが酒をカップに注ぐと墓の前に置いた。


 クレイ将軍と言われ、レティシアはようやくどこで聞いたのか思い出した。


 数年前に亡くなった近衛隊の将軍だ。


 父の警護もやっていた腕の立つ将軍で、父も彼を信頼していた。


 どうしてアベルが?

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