第3話






 時刻は深夜。


 孤児院の一室に院長兼神父のシドニーとシスター・エル。


 そしてシスター見習いのフィーリア。


 最後にアベルが集まって頭を悩ませていた。


「どうするの、アベル?」


 シスター・エルは不機嫌だ。


 明らかに自分たちとは住んでる世界の違う少女をアベルが連れてきたのだ。


 おまけにすぐ来ると思っていた迎えは来なかった。


 少女レティは今健やかに眠っていたりする。


 一応あの後エルにも紹介して、シドニーの許可ももぎとり、レティはここへの滞在を許された。


 しかしそれはだれもがすぐに迎えがくると踏んでのことだった。


 全く迎えがこないと言うのは想定外だ。


 彼女の身なりこそ、そこそこ上等だが一般の平民と言っても通用するていどだ。


 だが、立ち居振舞いというのだろうか。


 みせる態度や振る舞いが、どうみても平民のそれではない。


 明らかに貴族層、違っても裕福層のものだった。


 アベルたちと同レベルではないのは明らかだ。


 そんな少女を匿っていたら、最悪、誘拐ととられるかもしれない。


 シスター・エルはそれを危惧しているのである。


 保護しているだけなのに誘拐したと思われるのではないか、と。


「取り敢えず本人が身元については話したがらないんだ。今はどうすることも……」


 シドニー神父が言いかけたとき、人一倍耳のいいフィーリアが立ち上がった。


「だれか来たみたい。この靴音……マリンお姉ちゃんかな?」


「「マリンが?」」


 アベルとエルの声が重なる。


 やがてすぐに控えめなノックの音がした。


「シドニー様はいらっしゃいますか」


 そんな挨拶を投げながら入ってきたのは、女だてらに騎士をやっているマリンだった。


 この近所が実家でアベルたちとも兄妹同然に育ってきた少女である。


 凛々しい立ち姿にエルが嬉しそうに出迎えた。


「久しぶりね、マリン。こっちに戻ってきたのは何年ぶり?」


「お久しぶり、エル姉。早速で悪いけど……レティがこなかった?」


「レティって……マリン、知り合いなのか?」


 アベルが驚いた声を出すと、マリンがその漆黒の瞳を光らせた。


「アベル。またアンタなの?」


「いや。また俺かと言われても……」


「迷子を見つけたらすぐに騎士団に報告すること。何度言わせたら気が済むのよ? ここに連れ込むなってっ!!」


「迷子って……レティはどう見ても15は過ぎてるだろ? 16くらいじゃないのか?」


 呆れ顔になるアベルにマリンは強気で言い切った。


「家に帰れなくなってるなら迷子でしょうがっ!!」


「そりゃあそうかもしれないけど、飯を食わせるくらいいいじゃないか。本人だって見知らぬ俺の前で腹を鳴らすほど減ってたんだし」


「ああ。お労しい」


 頭を抱え込むマリンに、どうやら彼女が迎えらしいと悟って、シドニー神父が割り込んだ。


「それでマリンは彼女を迎えにきたのかい?」


「迎えと言いますか……」


「違うのかい?」


「いえ。迎えには違いないのですが、レティが素直に戻られないのではないかと危惧していて」


 マリンはシドニーを尊敬しているので、あからさまに態度が違う。


 我が身と比べれば多少は不満も出るが、アベルは納得して呟いた。


「まあなあ。彼女は身元に関することは、一切話さなかったし。明らかに家出って感じだったからな。マリンが迎えに来たところで素直に帰らないだろうけど」


「アンタねえ」


 マリンが呆れている。


 どうやら説得しろと言いたいらしい。


 確かにアベルは子供の世話は慣れているし、職業柄。女性の相手も慣れている。


 普通なら説得くらい容易いのだが、なんとなく気が進まなかった。


 それは多分彼女が見知らぬ世界を一生懸命、知ろうと努力していたからだろう。


 レティは知らないこと、わからないことを、わからないままでは終わらせなかった。


 わからなくても理解できなくても、必死になって理解しようと、自分でも同じことをしようと努力していた。


 でなければとっくに騎士団に報告している。


 家出なのははっきりしていたし、罪に問われる可能性も熟知していた。


 だから、普通なら届け出ているのだ。


 レティが世間を知ろうと、あんなに必死でなければ。

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