千夜一夜〜アラビアンナイトみたいなハーレム作り?〜

第1話


 今日も穏やかに夕陽が沈んでいく。


 何事もなく日は過ぎて人々が家路につく頃、青年はじっと中空を眺めていた。


 今日は久し振りの貴族の邸宅でのパーティーにお呼ばれしていたのだ。


 彼。


 アベルはそういう儲けられる機会は、なるべく逃さないようにしている。


 ただでさえ裕福とは縁のない生活なのだ。


 儲け時を誤ってはならない。


 なのに。


 口から深々とため息が漏れる。


「エル姉に今日の仕事場が、貴族のパーティーだって知られたのが失敗だったな」


 噴水の傍に腰かけたまま、だれにともなく愚痴る。


 彼の姉代わりでもあるシスター・エルは大の貴族嫌いだ。


 貴族と名のつくものなら、なんでもキライで、寄付金なども絶対に受け取らない。


 相手が好意や善意で申し出ていても、だ。


 おかげで生活はいつも火の車。


 アベルが小さい頃に遊びで覚えた吟遊詩人の腕前がなかったら、果たして今頃生きていたかどうか怪しい。


 とっても怪しい。


 なにしろ教会は孤児院も兼ねているのに、エル姉は寄付金を受け取らないのだ。


 貴族が名をあげるためとはいえ、善意を前面に申し出ていても。


 そのためにアベルが小さい頃などは食べる物にも困る始末。


 アベルが何気なく始めた吟遊詩人が大当たりしなかったら、きっと自分も子供たちも飢え死にしていた。


 しかし吟遊詩人を名乗るからには、儲けるために貴族や裕福層は避けては通れない。


 彼らこそ吟遊詩人に大金を投じてくれる相手だからだ。


 選り好みしていたら、得られるお金も得られない。


 しかしエル姉にはその論理も通じない。


 とにかく「いやっ!!」の一点張りで通してしまうので、アベルはなるべく自分の仕事先は知られないようにしている。


 普段からとても気をつけていたのだ。


 なのに今日に限って知られてしまった。


「忌々しい」


 呟いてポケットからカードを取り出す。


 今日のパーティーの招待状だ。


 これがないと入れないとかで、パーティーで演奏するだけのアベルにも送られてきた。


 それですべてがバレてしまった。


 エル姉は恐ろしい勢いで怒り狂い、アベルを部屋に閉じ込めた。


 パーティーに出られない時間帯になるまで。


 おかげで解放された今、こうしてすることもなく、夕陽を眺めている状態だ。


 貴族はここ最近の怪盗騒ぎのせいで、開場時間を過ぎると、招待状を持っていても会場には入れてくれない。


 その時間はとっくに過ぎていて、つまり招待状があって、パーティーには欠かせない吟遊詩人でも会場には入れないのだ。


「これでまたひとつ信頼を失ったなあ。もし悪い噂でも広がったら、俺、どうするんだ?」


 さすがに心配だ。


 今では孤児院を支えている生活費も教会の維持費も、捻り出しているのはアベルだというのに。


 悪い噂が広がって仕事がなくなったら、とたんに生活は成り立たなくなってしまう。


「とりあえず……こんなところでボーッとしていても仕方ががないから帰るか。フィーリアも心配しているだろうし」


 エル姉に閉じ込められた後で、さすがに怒って孤児院を飛び出してきたので、妹代わりのシスター見習いフィーリアが、とても心配そうに見送っていた。


 それはわかっていたのだが、あのときはだれのせいで苦労していると思っているのかと思うと、どうしても我慢できなかったのだ。


 立ち上がったとき、だれかにドンッとぶつかられた。


 完全に不意をつかれたので上体が揺れる。


「あっ」


 高い声が悲鳴のような声を出すのを聞きながら、アベルの身体はそのまま噴水の中に落ちていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る