第24話 「陽葵と恋人繋ぎ」

「ふー、今日はもうやめよう」


 パタッとテキストを閉じる。

 朝から勉強して、今日はもう午後の3時を回っていた。


「頑張ったね、春斗くん」


 陽葵ひまりも俺につられて勉強していた手を止める。


「果たして明日もこれが続くのでしょうか――!」


 テレビの司会風の実況で省吾くんがちゃかしてくる。

 省吾くんと雅文さんの近くには漫画の山が築きあがっていた。


「今のがムカついたので絶対やります!!」

「ほーー」


 むきーー! なんて小憎たらしい!


「……明日、春斗が勉強してたら賭けは俺の勝ちだからな」

「おめでとうございます! 雅文さんの勝ち確です!!」


 雅文さんが省吾くんにそう声をかけたので、俺もパチパチとわざとらしく拍手をする。

 省吾くんなんて罰ゲームでもなんでもやればいいんだ!


「じゃあ俺が負けたら、春斗に便所掃除でもさせるか」

「どういうことですか!? 俺に良いこと何もないじゃないですか!」

「なんだよ、お前ここに来てから良いことばかりだろ」


 ちょいちょいっと陽葵のほうを省吾くんが指をさす。


「あんまり、春斗くんのこといじめないでください」


 陽葵オカンが省吾くんにピシャリとストッパーをかけた。




※※※




「三人ってホントに仲いいよねー」


 夕暮れの赤い空のなか、陽葵とシェアハウスの近くを散歩に出かけていた。

 今日はずっと体を動かしてなかったので、体がなんだか重い。


「……そう見える?」

「そうとしか見えないよー、ちょっと羨ましいな」

「ただ、いじられてるだけな気もするけどなぁ……」


 農道をあてもなく陽葵と話ながらぶらぶら歩く。


「まぁ、男同士だからっていうのもあるかもなぁ」

「そうなの?」

「同性ってなんか遠慮なくなるじゃん」

「ふーん、じゃあ佳乃さんは?」


 突然、お姉さまの名前を出される。

 こいつ、やっぱり今日のこと根に持ってやがるな……。


「……綺麗な人だから緊張する」

「ふーん」


 陽葵がすねたように口をとがらせる。

 手を後ろに組み、わざとらしく大股で歩いて先に行ってしまう。


「私には綺麗って言ってくれたときないのに」


 くるっとこちらに振り向いて、陽葵がそんなことを言ってくる。


「あぁ! もう!」


 少し距離が開いてしまった陽葵の近くに駆け寄り、陽葵の手を握る。

 めんどくさいからはっきり言ってやる!


「俺の彼女は陽葵だろ!」


 俺が少し大きな声でそう言うと、陽葵が少し照れたような顔をした。

 陽葵が俺の手をにぎにぎと恋人繋ぎに変える。


「えへへへ」

「お前はいらんこと考えすぎ!」

「だって、だってさ」


 陽葵が繋いだ手をぶんぶんと大きく振る。

 だってさの続きは教えてくれそうになかった。


「こんな風に手を繋ぐの初めてだね」

「昔はよく手繋いでたじゃん、よく陽葵が迷子になるからさ」

「それと今では意味が違いますぅ―」

「それは知ってるけどさ」


 赤い夕暮れがどんどんうす暗くなってきた。


「私も変わらないといけないっていうのは分かってるんだ」


 急に陽葵が話題を変えて、そんな話をしてくる。


「私も、もっと春斗くんのこと信じて待ってあげなきゃなって。佳乃さんにもそう言われたときあるし」

「陽葵は心配性だからなぁ……」

「だって、心配になっちゃうんだもん! 佳乃さん胸大きいし、春斗くん大きいの好きそうだし」

「……それは否定できません!」

「ほらー!」


 陽葵が、手を繋いでいない空いた方の手で自分の胸をぺたっと触る。

 陽葵が、ちらっとこちらを隣から上目遣いで見てきた。

 その仕草がやたら可愛かった。


「こんなんでごめんね?」

「陽葵のだからいいんだし」


 非常にありきたりな言葉を述べてしまった気がする。

 というか、陽葵って意外とと思うんだけどなぁ。


「ほら、もう帰るぞ」

「もうちょっと二人でいたいー」

「ハラペコどもが待ってるぞ」

「むー」


 不満そうに陽葵がうなる。


「はい、じゃあチュー」


 陽葵が背伸びをして顔を近づけてくる。

 そっと、俺の唇を陽葵の唇に重ねた。


「びっくり! すぐにチューした!!」

「俺だって成長してるからな!!」

「お~」


 陽葵は繋いだままの俺の手を痛いくらいにぎゅっと握り締りしめていた。

 




※※※




カポーン



 夕食を終え、シェアハウスご自慢の広めのお風呂に入っていた。


 今日は、久しぶりに勉強したので疲れたが、その疲れが何だか心地良かった。 

 これから、毎日少しずつでもやっていかなければ……。


 何か行動しないと気持ちがもやもやしてきてしまうので、精神の健康のためにも何か行動を起こすというのは良いことなのかもしれない。


「仕事どうしよっかなぁ」


 陽葵の夏休みが終わったら、すぐにでも就活をする予定だ。

 すぐ行動するためにも、どの職種で就活するかは今のうちに考えとかなければならない。


 ――だが、正直やりたい仕事なんてものはなかった。やりたくない仕事ならいっぱいあるけど……。


 好きだからと、プロボクサーの道に行った雅文さんが少し羨ましかった。


「それもそれで大変なのかなぁ」


 あんまり雅文さんは自分の話をしたがらない、それは省吾くんも同様だった。


「佳乃さんは女社長で、雅文さんはプロボクサーで……」


 自分の道を見つけて、そこに全力で走っていくのってかっこいいなぁと思う。

 俺もそういう道を早く見つけたかった。

 陽葵と添い遂げられるような人間になるためにも、早くそういう目標が欲しかった。


 ……あれ? そういえば、よく考えたらまだ素性が不明な人がいた。


「……省吾くんって何してる人なんだろ」


 省吾くんのことだし、どうせ聞いたら簡単に教えてくれるだろう。

 ――明日にでも早速聞いてみよう。


 そんなことを考えながら、しばらくお風呂でぼーっとしていた。

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