第25話 「陽葵って匂いフェチ?」

8月2日



 窓から明るい日差しが降り注ぐ。

 朝のからっとした空気が今日も気持ちよかった。


 よーし、今日も目覚めばっちり!


 早く起きてしまったから、早速朝の勉強をすることにしよう!

 ざまぁみろ省吾くん! 賭けは雅文さんの勝ちだ!


 がばっ! と勢いよく布団から出ようとする。


 ――が、横で俺にしがみついてる人物がいて起きることができなかった。


 いつもは俺よりも早く起きてる陽葵ひまりだったが、今日は珍しく俺よりも起きるのが遅かった。


 陽葵は俺と同じ布団内にいて、ぴったりと俺にくっついていて起きる気配がなかった。

 あまりにも気持ち良さそうに寝ているのでこのまま寝かせておいてあげたかったが、昨日省吾くんにあんな大口を叩いてしまった手前、なるべく早めに起きて勉強したかった。


「陽葵、ごめんな」


 陽葵の手をどけて起きようとする。


 ……しかし、陽葵の手が俺の服をがっつり掴んでいて離れることができない。

 無理矢理、陽葵の指をはがそうと試みるが指がすぐに掴んでいた元の形に戻ってしまう!


「ひ、陽葵! 俺先に起きるから!」


 ゆさゆさと陽葵の肩を揺するが起きる気配がない。

 ま、まずい! このままではなし崩し的に寝坊したことになってしまう。


「……春斗くんいい匂いするぅ」


 陽葵が寝言でそんなことを言って、俺の胸の中に顔をうずめてくる。


「ひ、陽葵!」


 陽葵がどんどん身体を密着させるものだから、陽葵の柔らかい部分が俺に当たってしまう。

 ふにふにと柔らかくて気持ちいい……じゃなくて! 

 朝からこれはまずいって!


「ごめん! 陽葵ちょっと起きて!」

「……」


 俺の胸の中で、陽葵が顔をすりすりしている。

 陽葵のその仕草が猫みたいで可愛いと言えば可愛いのだけど、俺の可愛くない部分も爆発しそうになってしまう。


「陽葵! 陽葵ってば!」


 陽葵のほっぺたをぺちぺちと叩く。


「んぅ……どしたの春斗くん?」


 ようやく陽葵が起きた!

 まだまだ眠そうな顔をしていて、起こしてしまったのが少し可哀想だった。


「起こしてごめん! とりあえず少し離れて!」

「……なんで?」


 陽葵がそう言うと、俺の背中に手を回して、あえてさらにぎゅーっとくっついてくる。

 パジャマの隙間から見える白い胸元と鎖骨が何かエロい!


「ひ、陽葵、そろそろ起きないと」

「もうちょっとだけー」


 助けておっかさん!!

 本物のオカンの顔を思い浮かべて、昂る気持ちを落ち着かせる。



 ――ちゅっ。


「えへへへ、おはようのチュー」


 陽葵がいきなり俺にキスをしていた。

 何かが、俺の中ではじけ飛びそうだった。




※※※




 そんな朝の布団での戦争を終え、いつも通り陽葵はキッチンで朝食を作っていた。

 本当につらい戦いだった……。

 よく我慢した俺。偉いぞ俺。


「私、春斗くんの匂いって好きだなぁ、何か優しくて懐かしい匂いがするだもん」


 そんな俺の気持ちを知らずにか、陽葵がキッチンからそんなことを言ってくる。

 ……陽葵にあるひとつの疑惑が持ち上がる。


「もしかして、陽葵って匂いフェチ?」

「えっ? えっ? や、やだなぁ! そんなんじゃないよ!」

「怪しい……」

「は、春斗くんの匂いだけだし!」


 陽葵が目に見えて動揺している。

 これはほぼ黒と見て間違いないのではないのだろうか……。


「は、春斗くん、今日の味噌汁は豆腐だよ!」


 陽葵が話題を誤魔化すように、今日の味噌汁の話をする。

 本日は、ようやくナメコ選手に変わりトウフ選手が登板するとのことだった。


 念願のなめこ以外の味噌汁だったが、朝からあんなことがあったからか気分は何だか悶々としてしまっていた。


「それにしても今日も朝から偉いね、春斗くん」


 テーブルに広げたテキストを見て、陽葵が感心した様子をみせる。


「さすがに三日坊主になるわけには行かないしな」


 とりあえず、さっきのことは忘れて今日も頑張って勉強することにしよう……。


 恋人のをフェティシズムを把握しておきたいと思うのはおかしくないよね……?

 そんなことを思った朝でもあった。




※※※




「げぇ! 春斗の野郎、今日も勉強してやがる!」

「げぇってなんですか!? 昨日言ったとおりですよ!」


 省吾くんと雅文さんが起きてきた。

 そういえば、この二人っていつも朝同時に起きてくるような気がする。


 ……。


 ……。


 こちらにもある疑惑が持ち上がる。


「……そういえば、お二人っていつも朝一階に降りてくるのって同時ですよね」

「はぁ? それがどうしたんだよ?」


 俺がそう言うと、省吾くんが訝し気に答える。


「いえ…もしかして二人ってそういう仲なのかなと」


「ぶっっっっ殺すぞお前!!!!」

「今すぐ死ね春斗!!!」



 省吾くんと雅文さんが怒声をあげた。

 あの物静かな雅文さんも珍しく大きな声で怒っていた。


「だって知らない人から見たら、何か怪しくないですか……?」

「たまたまだ! たまたま! 大体朝飯を食う時間に起きてくるんだから時間被るだろうが!」

「……そんなに隠さなくても大丈夫です! 人の嗜好なんて色々ありますので!」

「決めたわ、二度とお前と口きかねーわ」


 省吾くんにそんなことを言われてしまった。


「やだなぁ、冗談ですよ?」

「……」


 しまった、調子に乗り過ぎた! 本当に無視されてしまった!


 助けを求めて、キッチンに目をやると陽葵は何故か顔を真っ赤にしてうつむいてしまっていた。

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