第7話 お掃除ロボットはSF

「ハァーア……」


 ワクチン接種から帰ってきた竜一りゅういちには30年前に使っていた部屋が改めて与えられた。だが彼はその自室の殺風景さに、大きなため息をついた。

 30年前まで使っていた部屋をそのまま使えるようになったのは良いが、当時の持ち物は全て処分されていた。

 もちろん、少ないツテをたどって手に入れたSF本も全滅だ。空っぽの本棚を見てまた大きなため息をついた。


「ハァーア。せっかくのコレクションが……」


 誰も悪くない。30年経って急に死んだ本人が現れるなんてSFの世界にしかない、つまりはフィクションのお話だ。そんなこと起きるわけが無い。

 だから持ち物を処分するのは当たり前……それは頭では分かる。だが心や魂といった場所が残念がる。

 彼は布団にもぐってムリヤリ寝ることにした。




「うー……」


 コロナワクチンを接種した翌日の朝。竜一は寝込んでいた……副反応で風邪によく似た症状が出て、

 37度5分程度の熱とだるさ、それに身体は熱が出て熱いのに背筋だけは寒いという不気味な感覚が彼を襲っていた。


「兄貴、大丈夫か? 氷枕持ってきたぞ。こいつを使え」

「あ、ああ。ありがとう」


 こういう時、誰かと一緒に暮らしてるっていうのは、とても有難いことだ。これが1人暮らしの最中だったら熱が出ても誰も世話してくれない。

 普段の健康男児で病気らしい病気は大してかからなかった竜一としては想像もつかないほどの「有難さ」だった。


「のどが渇いた……スポーツドリンクとか無いかなぁ?」


 彼は飲み物を飲むために2階の部屋からリビングに降りてきた。

 誰もいなかったがTVがつけっぱなしだった……「誰もいなかった」のは確かなのだが、正確に言えば竜一が今まで「見たこともない何か」が部屋の中をさまよっていた。ディスク状で平べったい何かが床をうろうろと動き回っていた。


「……何だこれ?」


 竜一がそれに気づいて触ろうとするとトイレから戻ってきた咲夜さくやが彼に気付いて声をかける。


「あら竜一君、気になるの? それはお掃除ロボットよ。スイッチを押しさえすればあとは勝手に掃除をしてくれるの」

「!? な、何ぃ!? お、お掃除ロボットだと!? そんなものまで実用化されているのか!? ……想像していたのとはずいぶんと違うけど」


 お掃除ロボットと聞いて竜一が想像したものとはかなり違うが、もう実用化されて量産されている事に大きく驚いた。


「初期型が発売されてからは軽く20年は超えているからそれほど珍しいものでもないんだけどね」

「!? に、20年以上!? 俺より年上じゃねーか! スゲェや! もう掃除ロボットが出てそんなに経つのか! さすが令和だなー!」

「そんなに驚くものかなぁ? 掃除をする前に邪魔になる物をどける必要があるし、正確に掃除できるわけじゃなくてムラもあるからそこまで便利ってわけじゃあないんだけど」

「でももう自分で掃除する必要が無いんだろ!? そんなのスゲェじゃねえか!」


 咲夜にとっては大して珍しくもないものに竜一は大興奮で、ワクチンによる熱や身体のだるさが一気に吹っ飛ぶほどだ。




「兄貴、また何かあったのか?」


 また竜一が騒ぎを起こしたのか、と弟の竜二りゅうじがリモートワークによる仕事を終えて下に降りてきた。


「竜二、令和はスゲェよ! ついにお掃除ロボットが1家1台当たり前のように置いてある時代になっているとはなぁ!」


「そういう事か。まぁ兄貴からしたらSF作家でも想像できないようなことが実現しているから仕方ないか」


 竜二はまたいつもの事か、と慣れたもので軽く流していた。

 しばらくの間、竜一はリビングをうろうろしているお掃除ロボットを食い入るように見つめていたところ、弟からの突っ込みが入る。


「ところで兄貴、お前お掃除ロボットを見るために降りてきたのか?」


「!! あ、そうだった。のどが渇いたんでスポーツドリンクを飲むんだったっけ。お掃除ロボットの衝撃がすごすぎてすっかり忘れちまったよ」


「ハハハ、兄貴らしいな。ワクチンの副反応がすっかり飛んでるところが特に兄貴っぽいよ」


 ここ数日の「竜二にとっては当たり前」の日常に竜一が驚くのは見慣れたもの。特に気にしない様子で話をしていた。

 一方の竜一は弟のセリフを聞くまで何で1階に降りてきたのかがすっかり吹き飛んでしまっていたのを思い出し、スポーツドリンクを飲むために冷蔵庫のあるキッチンへと向かった。




【次回予告】

 転入生として無事に学校に潜り込んだ竜一。おい竜也たつやとの学校生活が始まるが、

 そこでSFにしか出てこないアイテムがさらに進化した、いわば「次世代機のさらにもう1世代上の品」が幅広く売られていると知らされる。

 

 第8話 「携帯電話すらもう古い」

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