Day1 日常

本邸は目前なのだが、左手に小屋と、それに沿って作られた柵の様な建造物が見える。


「あ、あれは何なんだ?」


「あれは養豚場です。仮名山様に許可を頂いて私が飼育しております。イベリコ豚で食用ですので、お客さまの食卓に並ぶ事もあります。とても美味しいので、楽しみにして頂ければ幸いです」


そんな私の質問に、仮名山ではなく使用人の三戸森が答える。


「三戸森くんがどうしてもというから投資したんだが、これが好評でね!飼育から繁殖まで一人で行ってくれているのにクオリティが高いのなんの」


そう話してるうちに本邸にたどり着いた仮名山が屋敷の扉を開けると、開けた空間が広がる。


正面に、教会でも見た女神の像が置かれているのと、左右に二階に繋がる階段が特徴的だ。

一階とニ階の左右には、いくつかの扉があり、一般的な一軒家とは、根本から構造が違っていた。



「うぉ。バイオ2の警察署のメインホールみたいな構造してんな」


七加瀬は相変わらず、意味の分からない独り言を呟く。


「ば、バイオ2?」


「ゾンビが出てくるゲームなんだが、面白いぞ。帰ったらやるか?」


「ほ、ホラーゲームは勘弁してくれ」


事務所に所属してから、七加瀬の趣味である漫画や小説、そしてゲームの文化にハマってしまってはいるが、ホラーゲームは小心者の私には厳しい。


一向は、一階の女神像の裏にある部屋に、仮名山に案内される。そこは教会で、仮名山が寛いでくれと言っていた居間であろう部屋であった。


広い空間に、天井には大きなシャンデリアが輝いており、それを囲む様に豪華な机を備えたソファが円を描く様に途切れ途切れで並ぶ。


他にもビリヤードやボードゲーム用のテーブルが備え付けられており、遊戯場も兼ね備えている様だ。


「さて。使用人の皆は食事の用意を!我々は準備が食事の用意ができるまで歓談しようではないか!」


仮名山がそう話すと、一緒に部屋に入っていた使用人達は一斉に部屋から出ていく。

おそらく夕飯の支度を始めるのであろう。


そんな彼らに対し、仮名山はすぐに居間にあるソファに腰掛ける。


「さぁさぁ!皆も船旅で疲れているだろう!是非、腰掛けてくれたまえ!」


その言葉で、迫間と七加瀬はすぐにソファに腰掛ける。神舵は相変わらず、ソファには座らずに迫間の隣に待機している。


私も、周りが座ったので合わせて適当なソファに座る。


それにしても、円形になる様にソファを並べるとは、コミュ障に優しくない配置だ。


対面のソファとの距離は大分とあるが、それでもどこに目線をやればいいか分からない。


そんな私の前には、今は迫間が座っている。


潔く迫間の乳だけ見てようと目を凝らしていると、その迫間が話し出した。


「そういえばさ!パンフレットに書いてたけど仮名山氏は、本当に禁足地に入った事ないのかい!」


「勿論だ。島の伝統に則って、末裔ではない私は島の開発の際も一歩も足を踏み入れてないとも。」


「え〜本当かなあ?中の祠とか、御神体とか、見たんじゃ無いの〜?」


「いやいや、祠も御神体も見てないよ。そんな罰当たりなことはしないさ!」


「ふ〜ん、なるほどねえ〜。でも私、気になるな〜」


「流石の迫間嬢でも、中に入れる事は出来ないよ。済まないね」


「まあ、仕方ないか」


「にしても仮名山さんは、何でこの島を買ったんだ?」


七加瀬は当然の疑問を口にする。


「元より、自分だけのスペースが欲しかったんだ!山奥にアトリエを立ててみたりもしたが、結局は外界との繋がりという煩わしさは消えなくてね。それでこの島を買ったんだ!この島は良いぞ!身近に神が住んでいるし、外界とつながる手段は少ないので、邪魔も少ない!」


「外界とつながる手段は少ないってのは?」


「この島はテレビもなければ電話も通じない。スマホを持っているなら見て欲しいが、電波が通っていないだろう?唯一の日本の本島との連絡手段といったら、私の部屋にある衛星電話のみだよ。」


「マジかよ・・・不便だな」


私は、自分のスマホを確認する。確かに仮名山の言っていた通り、電波のマークの横に小さくバツが付いている。


これが恐らく電波の通じていない状態ということなのだろう。


電波が通じない・・・?


し、しまった!これではスマホゲームの連続ログインボーナスが途切れてしまうじゃないか!なんてこった!!


スマホを膝に置きながら頭を抱える私。


そんな姿を、隣に座る七加瀬が見てニヤける。


「少し前までは、手紙は良いぞ、とか言ってたやつとは思えない変化だな」


「い、今でもその考えは変わっていないさ。て、手紙の方が相手に気持ちは伝わるし、面倒でよく分からない契約なんてモノも無いからな。け、けどもスマホはゲームが出来るんだぞ!しょ、正直な所、スマホの機能は八割がたは使えていないが、それでも便利ではあるし。な、何より、ゲームが、出来るんだ」


「一言の中にゲームって言葉が2回も出て来たんだが?どんだけハマってるんだよ。俺が言えた事では無いけども」


そう、事務所で働き始めた私は毛嫌いしていた携帯電話、つまりスマホを持ち始めたのだ。


使ってみれば、それはそれは良いもので、結局の所食わず嫌い、新しいものに挑戦するだけの勇気と心の余裕が無かっただけの事であった。


しかし、機械音痴な私が携帯電話ショップで携帯の説明や契約内容の理解に3時間も時間を要したのは、また別の話。


それにしてもスマホを持つ様になった事もそうだが、事務所に入ってから、私の人生は本当に変わった。


勿論モチベーションの問題も有る。しかしそれ以上に、七加瀬と有利の存在が大きい。


共にご飯を食べ、しょうもない話や真面目な話を交わし、趣味の共有を行う。


そんな事ができる人物達というのは人生を変えてくれるし、もしかしたらそういう存在を広義では、家族というのかもしれない。


だからこそ、久しぶりに来たという今回の仕事は、頑張りたい。

私の人生に、意味をくれた恩を返すために。



「おいおいおい!何見つめあってるんだよ!こりゃやっぱり要注意だ!光月にも報告しないと!」


またも考え込んでいた私に対して、迫間が勘違いを行う。


「幸子は、いろいろ会話中に物事を深く考えたりする時があるんだよ。これに関しては許してやってくれ。今もきっと何か考え事をしてたんだと思うぞ」


「むぅ・・・本当かなぁ。怪しいなぁ」


ここで、七加瀬と家族になった気分でいましたなんて言ったら私の首は間違いなく飛ぶであろう。


「どうやら迫間嬢は、そちらの七加瀬君の事が好きな様だ。ボディガードと言っていたかね?」


「ああ、そうだな。今回はボディガードの依頼は受けてはいるが、本職は探偵なんだ」


「た、探偵!?」


探偵と聞いた仮名山が、突然今までと違う素っ頓狂な声を上げる。

何かまずい事でも有るのだろうか?


「ああ、そうだが。そんなに驚かなくてもいいだろ」


「い、いやいや失敬。探偵なんてものがまだ職業として認知されていたとは思わなくて、つい驚いてしまったんだ」


そう言いつつも、仮名山は少し目が泳いでいる。


確かに、探偵なんて職業は七加瀬以外には見たこともないが、そんなに驚く事であろうか?


「彼が探偵という事は、隣の斑井君はその助手と言ったところかな?」


「そ、そうだな、そういう事になるな」


仮名山の純粋な疑問に、私はそう答えた。


七加瀬が探偵で、私がその助手というのが妥当な所であろう。勿論、本当の助手は有利ちゃんで、私は助手見習いといったレベルではあるが。


しかし、そんな私の言葉に七加瀬は眉間に皺を寄せて反論する。


「何言ってるんだ」


「え?ち、違うのか?」


「七加瀬特別事件相談事務所、心得その1。構成員は皆、探偵であれ。助手が百人居るより、探偵が百人居た方がどう考えても事件の解決スピードは早いだろ。それに助手だから事件が解けませんなんて、依頼人からしたら迷惑千万だ。誰もが事件の解決が出来る様にならないと駄目という事で、皆探偵であれ、だ」



相変わらず極端な事を七加瀬は言うが、確かに言っている事は分かった。


私も事務所の一員なら、一人で事件を解決できる様にならないといけないのであろう。


私にできるのであろうか?


それにしても・・・


「こ、心得なんて、初めて聞いたんだが・・・何個もあるのか?」


「十から百まであるぞ」


「す、数字が曖昧かつ、幅が広すぎるだろ!ぜ、絶対に今考えた事じゃないか!」


「実際そうだが、正しい事を言ったと思ってるぞ」


「ははは!楽しそうで何よりだ。」


仮名山が私達のやりとりについて高らかに笑ったその時、扉のノックと共に、三戸森が入ってくる。


「皆様、お食事の準備が出来ました。荷物はここに一度置いて、ダイニングルームへお越しください」


三戸森は恭しくお辞儀をし、その態勢のまま微動だにせず、私達が腰を上げ、部屋から退出するのをじっと待っている。


その姿に私は急いで椅子から立ち上がり部屋から出ようとするが、それを仮名山に止められる。


「そんなに急いで外に出なくとも良いよ。どっちみち、ダイニングの場所が分からないだろう?私が案内するよ」


そういい、私の肩に手を置いてくる仮名山。


その手は、私の肩の感触を確かめる様に数回イヤラしく蠢く。


「あ、ああ。そ、そうだな、すまない」


使用人が綺麗所ばかりなので、好き物だと思っていたが、まさか私でも良いとは。ストライクゾーンの広い奴だ、と思いつつも、流石に何も口には出さなかった。

我慢できた自分を褒めたい。


そのままセクハラオヤジを先頭に、皆はダイニングへ向かう。


階段を上がりニ階の一室に入ると、部屋の真ん中に、白いテーブルクロスが敷かれた大きな高級机と、机とセットであろう椅子が並ぶ、まさに私のイメージ通りの洋館のダイニングが広がっていた。


「席は決まってるのか?」


「いや、私の席は決まっているが、後は好きに座ってもらって構わないとも」


そう言って仮名山が座った席は上座、いうならお誕生日席であった。


そして仮名山が着席した後に、思い々いの席に座る残りのメンバー。

といっても、七加瀬と私、迫間と神舵が机の左右に分かれて隣同士で座っただけなのであるが。


私達が着席したのを見計らい、料理を持ってくる使用人達。


前菜から始まりデザートで締めくくる、コース料理の基本の通りに進む夕食。


とにかく美味かったが、料理の説明が横文字だらけで何が何か分からなかった。


「こんなに美味いコース料理は初めてだ。これだけで確かに来た意味があるかもしれん」


デザートを食い終わった七加瀬が、感想を述べる。


「確かに美味しいね!うちでプロデュースして、飲食店でも出したいくらいだよ!」


「はっはっは。迫間嬢、勘弁してくれたまえ。私の使用人を、そう簡単に手放すわけ無いではないか」


「それもそうだよね〜!で、部屋割りどうしよっか!まだ部屋とか決まってないよね!」


「もちろん。部屋なら何部屋も空き部屋があるから、一人づつでも、二人づつでも好きに泊まってくれて構わないよ!」


「んじゃあ、幸子ちゃんは私と二人部屋ね!神舵ちゃんと七加瀬くんは一人部屋で良いよね!」


うむ。普通に考えて、迫間は神舵と、私と七加瀬は一人部屋だ。


って、あれ?


迫間は今何と言った?


「迫間様、冗談はよして下さい」


「冗談じゃないよ!今日は私と幸子ちゃんで二人部屋だよ!」


「迫間様、私はボディーガードなのですよ?そして斑井幸子は初対面の筈です」


「だから何?ってか島に来る前にもそういう話はしたよね?」


「あれは・・・冗談とばかり・・・」


「言う事聞けないなら、要らないよ?」


「し、しかし・・・」


神舵と迫間の空気が悪くなる。


それも、空気の悪い内容が私に関係しているので、とても肩身が狭い。


「んじゃあ、蕗と幸子の部屋の隣の部屋に神舵が待機するので良いんじゃないか?流石に隣部屋なら何かあったらわかるだろ」



そんな私達に、七加瀬が助け舟を出す。


「それなら良いよ。神舵ちゃんも良いよね?」


「・・・わかりました。何かありましたらすぐにお呼びください」


渋々といった様子で神舵が頷く。


「わ、私の意見は?」


「え?駄目なの?」


「い、嫌って訳じゃないが・・・」


「なら、決まりだね!」


そういい手を叩く迫間。


「蕗・・・お前、分かってるのか?」


「勿論分かってるよ、七加瀬くん!心配無用だよ!」


「なら、良いんだが」


分かってるとは何のことなのだろうか?


もしかして、七加瀬より聞いていた、迫間が夜は寝ないという話か?

それについては、私は特に問題ないのだが。


「部屋割りは決まったかね?それでは、鍵を配らせて貰おう」


そうして控えていた使用人達が、仮名山より数個の鍵を受け取る。


その鍵を受け取ると、使用人達は迫間・七加瀬・神舵に鍵を渡す。


「この鍵は、扉を外からの開閉時も、中から開閉時も使います。紛失にはご注意下さい」


「な、中からの鍵の開閉?」


普通は、中からであれば部屋の扉はツマミを捻れば開けれる筈だ。


「はい。こちらの館の鍵は、中からも外からも開閉は鍵が必要になります。勿論開けっぱなしということも出来ますので、開閉が面倒ならば、貴重品だけ持ち歩いて頂ければ、そうしていただいても構いません」


そういう設計もあるのか。初めて知った。


「取り敢えず、居間にある荷物を取って部屋に置きに行くか」


七加瀬はそういい立ち上がる。


「そだねー。その後に本館にあると噂の美術館にでも行こうかな」




一向は、事前に決めていた部屋割り通りに荷物を部屋に置くと、その足でそのまま美術館に向かう。


ちなみに、鍵は言っていた通りに内外に鍵穴があり、開閉には必ず鍵が必要なことがわかった。


洋館の一部分を使って造られた美術館に入ると、目の前には緑と青で彩られたオドロオドロしい仮面と、緑のギリースーツの様な衣装がガラスケース内に飾られていた。


「これが綠神の面と衣装・・・」


先程、館への道中にて興味を示していた神舵が言葉を発する。


そのガラスケースには、南京錠が掛けられており、開閉はできない仕組みになっていた。

美術品には触れないで下さいという注意書きもあったので、当然の配慮であろうが、後ろに飾られている絵画が剥き出しな事を考えると、些か厳重過ぎるのではないかと感じた。


「この面と衣装は、世界に一セットしか無い。オカルターや歴史家に売れば相当な価値になるだろうから、丁重に扱ってくれたまえ」


成る程、世界に一つというのは確かに相当な価値を持つであろう。勿論レプリカも作成可能ではあるが、オリジナルである事は更なる付加価値に繋がる。


にしても、オドロオドロしい仮面だ。

あんまり見てると、今日の夢に出てくるかもしれない。


そう思い視線を外した私の視界に、神舵が目に入る。


一番の興味を示していた神舵なので、普段は見せない明るい表情をしているのだろうと思った。


しかし・・・違った。


あの表情は・・・怒り?いや、悲しみ?


彼女にとって、綠神の面と衣装は期待はずれだったのであろうか?


「さあ、まだまだ美術品はあるんだ。どうどん見て行こうではないか」


そういう仮名山の案内の元に私達は、美術館を巡る。


途中、仮名山のウンチクが長すぎて私が立ちながら寝てしまったり、躓いて像を倒しそうになったりなどのハプニングもあったが、全てを見終わった頃には、日も沈み、いい時間になってしまっていた。


使用人を除いた男女別で、大浴場にて風呂を済ました後に、各々の部屋に戻る。


勿論部屋の鍵は一つしかないので、私は迫間と常に行動している。

つまり、風呂も一緒だった。


胸って・・・水に浮くんだね。初めて知ったよ。

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