いざ屋敷へ

桟橋からとうとう島に上陸した一行。


ブルーシートの美術品が載った代車を、唯一の男の使用人である三戸森が運び、舗装された道の先頭を行く。


それにしても、彫像が多い。島の至る所に建てられている彫像は、もはや乱立しているという言葉が正しい。


RPGのラストダンジョンより彫像が多そうだ。

いや、彫像がないラストダンジョンも有るだろうが。


そんな事を考えていると、気づけば教会にたどり着いていた。


それは立派な教会であった。

その教会を一言で言うなら、煌びやかという表現が正しいであろう。


「へえ!こりゃ立派なゴシック建築だね!かのケルン大聖堂を思い浮かべるよ!」


「そうだろう!そのケルン大聖堂を参考にして作ったんだ!サイズ感としては、どうしても本物より小型化してしまってはいるが、これはこれで良いもんだろう!」


建築方法について語った仮名山が、教会の扉に手をかける。


その荘厳で大きな扉を開くと、なかは外見と同じく煌びやかな内装と、更に一層目を引く、色ガラスによるステンドグラスが輝いていた。


左右に列を成して並ぶ長椅子と、正面にある女神像は、最近になって海外ドラマで見た教会の映像そのものである。


左右の椅子の間に敷かれた赤い絨毯の上を大きな代車が行き、女神像の足元にブルーシートの美術品がたどり着く、そして三戸森がそのブルーシートを剥がす。


その美術品はブルーシートに包まれていた通りのかたち、つまりは真四角の石像であった。


大きな樹木とそれにまとわりつく蛇、そして大きなリンゴが彫られた石像は、女神像と同じ質感と色合いで、まるで初めからセットで作られたかの様に見えるほどだ。


「素晴らしい!注文通りだ!女神像の足元が寂しかったから、何か前に台座の様な物を置きたかったんだよ!そして描かれているのは、アダムとイブの逸話から作られたものかな?どちらにしろ素晴らしい!」


仮名山が興奮気味に話す。


そのまま代車から下され、女神の足元にセッティングされた台座に、仮名山が思い々いの小物を並べていく。


「にしても凄い教会だな」


七加瀬が教会を見渡しながら呟く。


「この教会も仮名山氏が設計した物らしいね。デザインが素晴らしいって、一般客や好事家にも好評らしいよ」


そんな七加瀬の言葉に、同じく教会を見渡す迫間が答える。


こんな美しい造形を考えれるとは、仮名山はどうやら見た目通りのただのオッサンではない様だ。



「よしっ!完璧だ!」


台座に燭台や小物を並べ終えた仮名山が満足げな表情を浮かべる。


「こんなに素晴らしい物を送ってくれた迫間嬢に感謝だ!何度も迫間嬢とは美術品の贈り合いをしていたが、これほどの物を貰うのは初めてじゃないかね?しかし、これ程の物を頂いては、次にこちらから贈る品も考えなくてはならないな!」


「急がなくてもいいさ。じっくりと作ってくれれば良いよ。いつもの大作が出来るのを楽しみにしてる」


「任せてくれ!この彫刻を見てから、私の創作意欲がどんどん湧いてくるんだ、楽しみにしていてくれたまえ!」


どうやら、仮名山と迫間はこれまでに何度も美術品の交換をして来ているらしい。


金持ちの娯楽、ここに極まれり。


しかし、二人ともテンションが高い。


彼らの話し声を文章に起こすと、後ろにビックリマークがついているのであろう。声もデカいし。


それでも迫間に関していえば、七加瀬と話してる時よりかは、少しテンション控えめではあるが。


「さて!それではこれから本邸に案内させていただいて、直ぐに夕食の準備に取り掛かる。出来上がるまで、ゲスト達は本邸の居間で寛いでいてくれたまえ。」


そう言い教会を出て、今度は先頭を歩いてゆく仮名山。


それに使用人が続き、その後に私たちが続く。


少し歩くと先頭を歩く仮名山が何か思い出したかの様に話し始める。


「左手側に見える森林が、美術品以外の我が島の名物である、禁足地だ。綠神の森と言ってね。あの森に入れるのは綠神を象った面と衣装を見に纏った、神職の一族のみとの話だ。最も神職の一族も今では絶え、面と衣装のみ、我が館に残ってしまったわけだが」


「面と衣装は残ってるって、どこかに祀ってあるのですか?」


そう問うたのは、意外にも神舵であった。


「おや。興味があるのかい?」


仮名山は足を止め、いかにも説明したそうに神舵に前のめりに近づく。


「ええ。家が信心深いもので。そういう神や仏に近しい話は興味があります」


だから、名前に神って漢字が入ってるのだろうか?

いや、我ながら安直過ぎる。


「だから、名前に神って漢字が入ってるんだな」


そういえば、思った事をすぐに口に出す安直な奴が一人いたわ。


もちろん七加瀬の事である。


「単細胞生物みたいな思考だな。恥を知れミジンコ」


罵詈雑言。


「ミジンコは多細胞生物だ!ミジンコに謝れ!」


「んじゃあ、お前はミジンコ以下だな。ゾウリムシがお似合いだ」


「俺を人間と呼んでくれる日が、いつか来るのであろうか」


七加瀬は少ししょんぼりしている。


その強い暴言に、先程まで神舵に近づいていた仮名山も一歩引く。


「ほ、本邸に小さな美術館があってね。そこで飾っているんだ。また後で見て回るといいとも!」


そういい、仮名山が歩みを再開すると、また元の様に本邸へと歩を進める一行。


「それにしても、禁足地ねぇ」


私の横で七加瀬が小さな声で呟く。


「な、何だ七加瀬。き、気になるのか?」


「いや。まさか昔に見た禁足地紹介動画の場所に本当に来てしまうとはなと思ってな」


「き、禁足地紹介動画なんて物があるのか?」


「動画サイトで投稿されてたんだ。まあ、見たのは何年も前だが、謎に包まれた森林の中の作りは、末裔のみぞ知るってな感じでな。・・・あの時の映像ではまだまだ緑生い茂る島って感じだったんだがな。ここまで開発されちゃ、見る影もないな」


「な、成る程。と、時は残酷って事だな」


「・・・ああ、そうだな。過去には戻れないし、時は過ぎてしまうもんだ。どれだけ変化したくなくても、変わらないものなんて、この世には無いんだろうな」


そう呟く七加瀬は過去の自分を思い出しているのであろうか?


私と似ていると言っていた暗い過去。


今の明るい七加瀬は、果たして変わりたくてそうなったのだろうか?

それとも、時という残酷な変化によって強制的に歪んでしまった結果なのか。


彼にとってそれが良い変化なのかは、私には分からないが、私もいつかは過去の暗い記憶を笑い話に出来る日が来るのであろうか?


罪を・・・忘れられる日が来るのであろうか。



「ちょっとちょっとー!二人して、なに辛気臭い顔してんのさー!バカンスを楽しもうぜー!」


そんな私達に、前を歩いていた迫間が声をかける。


迫間の明るさは、まるで悩みなどないかの様だ。


「お前が能天気すぎるんだよ。総取締役なんだから、もうちょっと悩んでる姿とかあるだろ普通」


「悩みと苦悩は、親のお腹の中に置いてきちゃったんだよね!」


「そ、それは親も大変だろうな」


軽く洒落を言う私。しかしその言葉に、七加瀬と迫間の空気が一瞬、止まる。


「私の両親は二人とも死んだよ。あんな奴ら、死んで当然だと思うけどね」


そういう迫間は今まで見たことのない、瞳孔の開いた感情のない表情を浮かべる。


どうやら、地雷を踏んでしまった様だ。


たまにしか話さないのに、ピンポイントで地雷を踏んでしまうとは。優秀な地雷除去班か、私は。

穴があったら入りたい。


「さあ、この丘を超えると本邸だ!」


そんな私に助け舟が入る。それは仮名山の声だ。


私達が歩いている目の前に、軽い丘がある。


それを少し登り超えると、正面に巨大な屋敷が見えてくる。


かなり大きい。先ほどの教会も、仮名山達はケルン大聖堂より小さいなどと言っていたが、それでも、そこらの一軒家よりも大きかった。


こちらはその教会よりも圧倒的に大きく、階数自体は少ないであろうが、土地面積がとても広い構造になっており、この本邸を使用人だけで掃除するのはとても大変だろうなと、素人ながらに思った。


「どうだ!迫間嬢の本邸には劣るかも知れないが、大したもんだろう?」


「確かに大したもんだな。丘で敢えて手前まで館が見えない構造にしているのが中々に憎らしいが」


その言葉に七加瀬が少し呆れた顔をしながら反応する。



「仮名山氏は芸術品に関してもそうだけど、こういうトリッキーな仕様好きだよねー」


「はっはっは。私の想像力が旺盛で済まないね!それにそういう作品が好きなのは、トリックに気づいた相手の驚く顔を見るのが堪らないからなんだ!」


そう話しつつも本邸は目の前だ。


・・・良かった。どうやら私の発言は水に流れた様だ。


それにしても迫間の顔は怖かった。普段明るい人物が怒ると、マイナスへの振れ幅が大き過ぎて、より恐ろしく感じてしまう。

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