巫女舞い ⛩️

上月くるを

巫女舞い ⛩️




 ぐずついていた天候もようやく落ち着いた晩春の夕方。

 とある神社の境内から、ひそひそ話が聞こえて来ます。


「ああ、いやだわ、この季節。ちゃちゃっと過ぎ去ってくれないかしら」

「ほんといやになるわよね、わたしたち。心ない陰口をたたかれて……」


 少し丈の高い幹に、真っ白でひらひらの花を咲かせているのは山法師。

 低めの枝に、細長い豆みたいな紅色をびっしり付けているのは花蘇芳はなずおう


 山法師の場合、花に見える(というより花にしか見えない)のはがくですし、花蘇芳は葉っぱに先んじて花が咲くので、牡丹や芍薬から爪はじきされており……。( ;∀;)



      🌺



 山法師も花蘇芳も自分たちの嘆きに夢中で、それよりずっと高い上のほうで、樹齢何百年にもなる老杉ろうさんたちが雲や風を相手に話していることに気づきませんでした。


「何年かぶりにお宮の提灯に灯りがついて、春祭りらしくなってよかったですね~」

「おかげさまで。ここ何年もコロナコロナで、お祭りどころじゃなかったですから」


「でも、参道に露店も見えないし、お神楽や巫女舞いもないんでございましょう?」

「まあねえ、そう一度にはねえ。まだまだ三密厳禁、マスク着用の社会ですからね」


「ですよねえ。そうでなくても近ごろは人手が不足しがちとうかがっておりますよ」

「ええ、氏子の役員や巫女舞いの踊り手になり手がなくて困っているみたいですよ」



      🐊



 そのとき、川の方角から「シュルシュルシュルシュル」妙な音が聞こえました。

 山法師も花蘇芳も、牡丹や芍薬も、老杉たちも、いっせいにそちらを見やると、



 ――ドッカーン!!



 大音響と共に打ち上げ花火があがりました。

 すっかり暮れた空に大きな花、花、花……。


 例年ならその前に横笛の名手が登場し、威勢よく太鼓が打ち鳴らされるのですが、コロナ自粛がつづく今年はなんの前触れもなく、ただひっそりと花火が鳴るばかり。



      🎇



 お宮から少し離れた民家で、とつぜんの爆音に驚いている初老の女性がいました。

 うわっ、なんなの、急に? あ、もしかして今夜はお宮の宵祭りだったかしら?


 思わず部屋の一隅を見たのは、かつてピアノが置いてあった場所だからで……。

 三半規管が繊細で爆音が苦手だった愛犬が、椅子の下に逃げこんでいたからで。


 女性はふたりの娘たちと末っ子の息子(犬)と暮らしていたころを懐かしみます。

 不満顔の(笑)犬に留守番を頼んで出かけた宵祭りのアセチレンガスの匂い……。


 江戸時代からの農家が多い地域に外から入って来た新参者の娘は、同じ宮代を払う氏子なのに、巫女舞いに入れてもらえなかった……そんな思い出もあったりします。


 でも、最近は小学女子を人目につかせたくないという保護者や、そもそもなぜ女子だけで男子はいけないのか、時代錯誤も甚だしいといった意見もあるらしくて……。


 時代はどんどん変わり、思ってもみなかったコロナパンデミックで個人の生き方や価値観の変容はさらに加速し、巫女舞いの仲間外れなど化石めいた話になりました。


 感染慣れした今年の春祭りは、慎重なところ、おっかなびっくり行うところ、いろいろのようですが、同じ獅子内の全員が感染したという報を聞けば、やっぱりねえ。



      📚



 舐めるように可愛がった娘たちが巣立ったり、末っ子の犬も旅立ったりしてひとり暮らしになった女性は、季語のいう遠花火とおはなびには近すぎる花火を黙って聞いています。


 きれいなこともそうでないことも、たっぷりと経験させてもらい、想定外の出来事が起きても、ま、人生そういうこともあるかもねと受け留められる歳になりました。


 ただ、ロシアの力によるウクライナ侵攻という前時代的な野蛮行為だけは例外で、自分を含め懲りない人間の暗愚を思えば、哲学の復活を本気で願ったりしています。


 


 


 


 

 



 



 




 


 

 

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巫女舞い ⛩️ 上月くるを @kurutan

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