オレオレ詐欺

権田 浩

オレオレ詐欺

 カチャリ、ピッ――


「はい、小林です」


「もしもし? オレだけど」


「どちら様?」


「オレだよ、オレ。声忘れちゃった?」


「……もしかして、たかし?」


「うん、そう、たかし」


「ほんとうに、たかしなの?」


「そうだよ、たかしだよ」


「……電話してくれてありがとうね、たかし。変な訊き方かもしれないけど、元気にやっているの?」


「うん、元気は元気なんだけどさ――」


「よかった。母さんずっと心配で……ねぇ、お父さん! たかしから電話! 元気だって!」


「お、お父さんいるの?」


「当たり前でしょ。それより、さちこさんも一緒なの?」


「あ、ああ……さちこ、ね。もちろん一緒だよ。今はちょっと……」


「お父さーん、やっぱりさちこさんも一緒だって! よかった……よかったね、たかし。せめて二人一緒ならって、お父さんも言ってたのよ……お父さんにかわる?」


「あ、いや、二人一緒、て……」


「あの日、お母さんも夜明け前に起きてたのよ。テレビで吹雪になってるって言ってたけど、あんたたちも知ってると思ったから……でも、言えばよかったって。知ってるよ、うるせぇな、って言われても言えばよかったって。そうしたらあの事故は防げたかもしれないって、ずっと、ずっと後悔してたのよ……」


「……」


「あの世でもスキーできるの?」


「……」


「たかし?」


「……できるよ。こっちでもスキーできるよ。さちこと一緒に毎日滑って、笑って、幸せに過ごしてるよ」


「あんたたち結婚してからも毎年行ってたもんねぇ……」


「あ、あのさ、母さん。今日電話したのは、その……」


「うん」


「……その、あの事故のことで母さんに責任はないから。自分を責めるのは止めなよ、って伝えたくて」


「ああ……ありがとう、たかし……」


「じゃあ、もう時間だから切るよ……またいつかね、母さん」


「またね、たかし。またねぇ……」


――ピッ、カチャリ。


 私が居間に顔を出したのは、ちょうど受話器が置かれた時だった。


「……で、誰から電話だったんだ?」


「さあ? オレオレ詐欺じゃないかしら。警察に通報しておくわね」


 妻はそっと涙をぬぐった。線香の細い煙糸が、息子夫婦の遺影の前で揺らめいていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

オレオレ詐欺 権田 浩 @gonta-hiroshi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ