特別編 佐野くんの考えていたこと

 ※本編第8話くらいの時間軸。佐野くん視点となっています。








 俺には、人には言えない裏の顔がある。なんて言ったら中二病っぽく聞こえるかもしれないけど、実際端から見れば似たようなものかもしれない。


 学校では、一応スクールカースト上位のグループにいるつもりだけど、家では暇さえあればマンガやラノベにのめり込んでいる。所謂、隠れオタクってやつだ。


 こんなこと、学校のみんなには絶対に言えない。いや、ただのオタクならまだいいかもしれないけど、俺が好むジャンルは、胸キュン恋愛もの。主に、女性向けって言われているものだ。

 元々、小さい頃母さんが持っていた少女マンガを読んだのがきっかけでハマっていったけど、小学生の頃友達にそれを言ったら、男のくせにそんなのが好きなのかと笑われた。それはもう、盛大に笑われた。

 その経験から、この趣味は誰にも言えなくなった。


 それから、自分でもこんな話を作ってみたいと思い、小説を書くようになった。

 そして運の良いことに、本当に本当に運の良いことに、まさかの書籍化を果たした。


 それでも、この趣味が秘密なのは変わらない。

 学校の友達も、まさか俺がそんなことしてるなんて、夢にも思わないだろう。


 だけど最近、特にこの秘密を絶対守り通さなければならない相手ができた。

 その人は、北条久美さん。同じ学校のクラスメイトにして、母さんの再婚相手、哲夫さんの娘。つまり、俺にとっては義理の妹になる。


 その、義理の妹ってのが大問題なんだ……


 俺が書いて、書籍化した小説のタイトルは、『お義兄ちゃんと、一つ屋根の下』。タイトルを聞けばだいたいわかるだろうけど、義理の兄妹の恋愛ものだ。

 これを、北条さんに知られたらどうなるか。


 親の再婚で義理の兄になった奴が、義理の兄妹の恋愛ものを書いてるんだ。そんなの、ドン引きされるかもしれない。もしかすると、こんなのとは一緒に暮らせないって言われて、家庭崩壊になるかもしれない。

 ただのクラスメイトにバレるよりも、遥かにまずい。


 というわけで、唯一事情を知ってる母さんにも、絶対秘密にするよう頼んだ。

 母さんは、「久美ちゃんも、マンガやラノベが好きって聞いたから、話が合うんじゃない?」なんて呑気なことを言ってたけど、新婚早々離婚の危機になったらどうするんだよ。


 というわけで、俺が小説を書いていること、ひいてはオタク趣味全般は、何が何でも隠すつもりでいた。

 まさか、あんなことになるなんて思わなかった……















 夏休みが明け、新学期が始まった日の夜。俺は北条さんと一緒に夕飯をとっていた。


 いや、果たしてこれは、一緒に夕飯をとるなんて言っていいのだろうか。同じ空間にはいるけど、会話どころか、目が合うことすらほとんどない。


 それぞれの親が再婚し、みんなでこの家で暮らしはじめて以来、彼女とはずっとこんな感じだ。


 そうなってしまった原因は、俺にある。


 そう思っていると、不意に北条さんが言う。


「…………味つけ、どうかな? 口に合わなかったら言ってね」


 えっと、何て答えよう?


 食事の準備、片付けは、それぞれ当番制で、今日は北条さんが準備担当だ。口に合わないなんてことは全然ないんだけど、せっかく訪れた会話のチャンス。できればここから話を広げたい。だけど、何を言えば広げられるかなんてわからない。


 結局、出てきたのは、何の当たり障りのない言葉だった。


「大丈夫、ちゃんと美味しいよ」

「そう。よかった……」


 それからは、また沈黙が続く。話を広げたいとは思ったけれど、見事に失敗だ。


 こんな時、コミュ症気味な自分が嫌になる。

 そんな自分を何とかしないとって思って、学校では割と人と話すようになったけれど、根本的な部分はそう簡単には変わらない。


 それでも、少し前までは、北条さんとの仲もここまでギクシャクはしていなかった。

 それがこうなったのは、この家で暮らし始めた初日、あの出来事が起きてからだ。


 引っ越しの際、ひっくり返った北条さんの荷物。そして、その中から出てきた本たち。


『お義兄ちゃんと、一つ屋根の下』


 そのタイトルを見た時、思わず声をあげそうになった。

 だってそれは、俺が書いた小説じゃないか!


 まさか、北条さんが読者だったなんて。しかも、特典ほしさに何冊も買ってくれている。作者として、こんなに嬉しいことはない。


 ありがとうと、俺が作者だよと、声を大にして言いたかった。


 だけど、言えなかった。何があっても秘密にしようという決意が、ドン引きされたらどうしようという恐怖が、真実を告げる邪魔をした。


 それだけならまだしも、それ以来、上手く北条さんと話せなくなってしまった。

 絶対秘密にしなきゃいけない緊張感と、俺が作者だって言いたい欲求とが混ざりあって、彼女の前だとどうにも正常ではいられない。


 その結果が、このまともに会話すらできない状況だ。これじゃ、小説のことをがバレなくても、家族としてやっていけないよ。


 いっそ、勇気を出して、全部本当のことを言ってしまおうか?

 作品のファンなら、真実を知っても、引かれることなんてないかもしれない。


 食事を終え、俺が後片付けをする中、北条さんが自分の部屋に戻ろうとする。その背中に向かって、声をかけた。


「あのさ……」

「な、なに?」


 言え。言うんだ。


 俺が『お義兄ちゃんと、一つ屋根の下』の作者だよ。読んでくれてありがとう。


 そう、言おうとする──言おうとする──言おうとする────


「えっと……風呂、先に入る?」


 言えなかった。


「私は後でいいから。洗い物終わったら、先に入りなよ」


 北条さんはそれだけ言うと、今度こそ部屋に戻っていく。

 その後ろ姿を見送った後、俺は一人、頭を抱えてしゃがみこむ。


「ああ、またダメだった……」


 実は、真実を告げようとしたのは、これが初めてじゃない。

 北条さんが、『お義兄ちゃんと、一つ屋根の下』の読者であると知ってから今まで、言おうとしたことは何度かあった。

 だけど、結果は全てこんなだ。変に力を込めてつまらないことを聞くものだから、その度に北条さんは不思議そうな顔をする。


 つくづく、自分の意気地の無さが嫌になる。


 だけど、俺がこれだけ言うのを躊躇うのは、彼女が義理の妹という絶妙すぎる立場にいるからだけじやない。


 洗い物を終えた俺は、風呂に入る前にスマホを操作しカクヨムのページを開く。


 見るのは、『お義兄ちゃんと、一つ屋根の下』のコメント欄。

 第一話から遡って眺めていくけど、ほとんどの話にクミクミという人からのコメントがあった。


「これって、北条さんだよな」


 元々、これまでやり取りから、クミクミさんが俺と同い年なのはなんとなくわかっていたし、それ以外の特徴も、北条さんと一致している。

 さらに、北条さんの名前は久美。それを捩ってクミクミにしたって考えれば、辻褄が合う。


 クミクミさんは、連載当初の全然人気がなかった頃から、ずっと応援してくれた人だった。毎回コメントをもらう度に嬉しくなって、書くための力をくれた。

 クミクミさんがいなければ、書籍化どころか、今も連載を続けていたかもわからない。


 ただ、そのクミクミさんは、作者である俺のことを女だと思っている。

 俺が、リリィっていう女みたいなペンネームで、男であるという情報をある程度伏せているせいだ。


 こんな、いかにも女性向けな話を男が書いているってなったら、イメージが崩れるんじゃないかと思ってそうしたけど、俺が作者だってバラせばどうなるだろう。

 もしかしたら、ガッカリさせるかもしれない。

 考えすぎかもしれないけど、昔友達に少女マンガが好きだと話した時、男のくせにと笑われたのを思うと、どうしても怖くなる。


 もしかすると、家族である北条久美さんだけでなく、ずっと『お義兄ちゃんと、一つ屋根の下』を応援してくれていた、クミクミさんとの関係まで壊れてしまうかもしれない。

 そう考えると、言わないで正解だったのかも。


「よし。やっぱり秘密にし続けることにしよう」


 風呂に入って、お湯に浸かりながら散々考えた結果、結局はその結論に達した。

 なんだかこの数日、ずっと同じことをグルグルと巡っていってる気がする。


 とはいえ、いくら秘密にするとはいっても、北条さんとのギクシャクした関係は何とかしないと。せめて、彼女の前で挙動不審になるのくらいは避けたい。


 そう思いながら、風呂からあがって、体を拭き、ズボンを履く。

 その時だった。不意に、脱衣場の扉が開いたのは。


「────えっ?」

「────へっ?」


 ──半裸の俺の目の前に、北条さんが姿を現した。


 ──半裸の俺の目の前に、北条さんが姿を現した!!!


「うわぁぁっ!」


 なんで!?

 脱衣場の扉には、ちゃんと使用中のプレートをかけたはず。北条さん、見落としてたの?

 いや、この際原因はどうでもいい。下にズボンは履いてるものの、上半身裸のまま女の子の前にいるのが問題だ。


「ご、ごめんなさーい!」


 慌てて出ていく北条さん。だけど、慌てたのは俺も同じだ。

 急いでシャツを着ると、髪も乾かさないまま外に出る。


「ごめん! 長湯しすぎた」

「わ、私がプレート見なかったのが悪いから。もう少し、ゆっくりしててもいいよ。髪だってまだ乾いてないじゃない」

「これくらい、すぐに乾くから! それじゃ!」


 やっぱり、北条さんがプレートを見落としたのが原因らしい。俺に落ち度がなかったのはよかったけど、だからって、それじゃOKなんてことにはならない。

 こんなの、気まずすぎるじゃないか!


 部屋に戻った後も、心臓はバクバク鳴りっぱなしだ。


「風呂場でバッタリなんて、小説の中でもやってないのに。なんでリアルで体験するんだよーっ!」


 こんなので、北条さんとのギクシャクした関係を何とかするなんてできるんだろうか。

 リアルの義兄妹は、小説の中より何倍も難しいのかもしれない。


 特別編 完

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オタクな私が学校の王子様と義兄妹になったけど、新生活初日にやらかしました! 無月兄 @tukuyomimutuki

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