三十九話 何でいるんだよ……
日課になっている筋トレを終え、サッとシャワーで汗を流す。最初の頃はシャワーの使い方が全くと言っていいほど分からず、毎回我慢しながら冷水で汗を流していたけど、最近やっとお湯の出し方が分かって我慢をする必要がなくなった。
夏場ならともかく、今は四月。早めに使い方を知れてよかった。分からないままだったらいつ風邪を引いても可笑しくなかったから。
「……よし」
地味に長い髪を数分かけてドライヤーで乾かし、それが終わるとソファに座り小さく深呼吸する。
「来い」
筋トレによる体作りが板について来た一方で、未だコツすら掴めていないものがある。それは言わずもがな意識拒否だ。
合図と共に手のひらの上に刀を顕現させ、握る。
「はい~、百十三回目~」
スッと意識が遠くなって行き、目を開けるよりも早くそんな煽るような声音が耳を衝く。
「またか……」
目を開けると、そこは今は見慣れた狭間の世界の椅子の上。頬杖を衝きながら楽しそうに笑う諸刃を視界の端に映しながら、何回目かのため息を落とす。
意識拒否の練習を始めてからため息を落とすことも板について来た。
「お前、才能ないんじゃねぇの?」
一切笑いを隠そうともせず、若干震えながら諸刃は言う。
「意識拒否に才能とか関係ないだろ」
「ああ、違う違う。俺が言ってんのはコツを掴む才能のことだ」
今まで生きてきた中で一回も聞いたことのない言葉に首を傾げる。
「コツを掴む才能……?」
「ああ。分かりやすく言うなら、ゲームとかで対戦相手の癖を見抜く的な、そんな感じだ。いたずらに技を振って攻撃が当たるのを祈るより相手を観察して隙を衝いた方が勝ちやすいだろ?こういうのはなんて言うだったかな……ああ、洞察力って言った方が分かりやすかったか?」
「ん」
洞察力、か……。なるほど。
「随分と的確な助言だな。てっきり覚悟が足りないとか言い出すのかと思ったけど」
「覚悟だけで強くなれるほど現実は甘くない。そういうのは漫画の中だけで済ませておけ」
そういう部分の区別はしっかりと出来てるんだな。
「でも、まあ。覚悟が足りないってのもあながち間違いじゃないかもな」
諸刃は嘲笑するように短く笑う。
「守るものがある奴は強い。これは何も漫画だけの話じゃない。家族や友人、彼氏や彼女、部下や上司。守る奴が多いほど守りたいと言う思いが強い奴ほど、頑張れるし、努力を努力と思わない。現実は時に漫画の世界の中のようなことを強要して来る。……けど、一番は才能だ。覚悟なんて二の次でも間に合う。今のお前に足りないのは自分を知ってよく観察することだ。さっさと自分の才能に気付けよ」
そんな助言を最後に俺の意識はスッと遠ざかっていく。
「才能に気付けか……」
いつの間に横になっていたのか体を起こし、左手を何度か握る。才能なんて選ばれた人にしか備わっていないもののはずだ。
平凡以下の俺に才能なんてあるのだろうか。仮にもし仮にだが、諸刃の言っている才能と俺が思っている才能に差異があったら?
言葉の意味は人によって違う場合がある。県や地方によってもだ。だから、諸刃の言った才能と言うのが、俺が思っているよりもずっと簡単で軽いものだったらなら、俺は俺自身に少し期待をしてもいいのだろうか。
無才な俺にもささやかながら才能があるんじゃないかって。
「……頑張るか」
グッと拳を握り手のひらを上に向ける。今まではただがむしゃらに、ひたすら無鉄砲にやっていたけど、次からは目的を持ちながらやろう。
もちろん、何も考えずに頑張り努力するのもいいだろう。しかし、そのやり方じゃいずれ限界が来る。
いつか越えられない壁にぶち当たる。その壁の前でただくすぶって時間を無駄にするぐらいなら、後に繋がるようにしよう。
物事は考え方次第で自分にとって不利にも有利にもなる。
「……ははっ」
まさかそのことを諸刃に気付かされる日が来るなんてな。
「来い」
夕方に至るまで、俺は刀を握り続けた。
「……あ、ない」
そろそろ夕食の時間ということもあり、何か作ろうと冷蔵庫を開けるが、見事に空。何もない。せいぜいあって調味料の瓶が数本程度。
食にこれ言ったこだわりはなく、腹に入ればいいとすら思っている俺でも、さすがに調味用を直で飲むのは勘弁したいところだ。
「買いに行くか」
冷蔵庫を閉め、よっこらせっと腰を上げる。
「もっとあったと思ったんだけどな……」
短く頭を掻きながら財布片手に部屋を出てコンビニに向かう。
「いらっしゃいませー」
どこかやる気のない無気力気味の声音を右から左に聞き流しながら、食料品コーナーへ行く。夕方、ということも起因しているのか店内はそれなりに私服姿の生徒で溢れており、おちおち見ることも出来ない。
仕方ないので飲料コーナーで人波が晴れるまで時間を潰すことにする。
「……ん」
そう言えば飲み物もなかったな、と言うことを思い出し、適当に安い二リットルペットボトル(水)に手を伸ばす。そうすると意識外、視界の端から同タイミングで手が伸びた。
それを認識した瞬間、手が重なる。避ける暇なんてなかった。ひんやりと冷たく細い感触。慌てて手を引っ込め反射的に「あ……悪い」と零す。
そうすると「こちらこそ……」と言う声が小さく聞こえた。
「……霧野か」
少しの静寂の後、顔を上げ声のした方を見る。そこには頬を真っ赤にし俯いている霧野がいた。
「……どうも」
霧野が人見知りと言うのは重々承知なのだが、それを抜いても少々態度が素っ気ないように感じる。
これでもクラスメイトなんだけどな……。前ので少し距離が縮まったと思っていたのは俺だけだったようだ。
「……これでいいか?」
無言に耐えられなくなり、ペットボトルを霧野に渡す。
「あ……そうです……」
同じものに手を伸ばしていたので、間違いようはないだろう。
「……じゃあ」
ペットボトルを受け取って尚、その場から動く気配を見せない霧野を不審に思いながらもかける言葉に迷う。
そのうち再び耐えられなくなった俺は逃げるように食料品コーナーへ行こうと、
「ま、待って……!」
して止められた。キュッと裾を掴む力は弱く、振り解くことは容易だろう。しかし、俺はそこまで腐っていない。
足を止め霧野を見る。俯いているのは変わらないが、掴んでいる手からは絶対に逃がさない、と言う強い意思が感じられる。
「……買い物が終わったらでいいか?」
「……!」
驚いたように顔を上げた霧野は、目を伏せながら短く頷いた。
「ありがと」
会計を終え、店の外で霧野を待つ。四月とは言え、夜はまだまだ寒い。早く暖かくならないかな、と思いつつも夏の凶悪な暑さは勘弁してほしいと苦笑する。
何事も程よくが一番だ。
「あ……お、遅れましたっ……」
五分ほどが経った頃、慌てた様子で霧野がコンビニから出て来た。
「そんなに待ってないからいいよ」
「本当にすみません……」
しょぼーんと言う擬音が似合いそう、と不謹慎に思ってしまった。
「それで俺に何か用?」
気になっていたことを聞く。
「あ……その……」
そうすると霧野は言いづらそうに口ごもり、視線を斜め下に落とす。
「?」
わざわざ俺を止めたってことは、それなりの用事があると思ったけど、違うのか?
「……す、すみませんっ」
「??」
霧野の言葉を待っていると、急に頭を下げ身に覚えのない謝罪をされた。これにはさすがの俺も?だ。
「あー……え?」
そりゃこんな間抜けな声も出るよ。俺、霧野に何かされたっけ?記憶を探るがそれらしいものは一切見当たらない。
「実は……」
そう言って霧野は語り始めた。俺を止めたその訳を。
「……なるほど。つまりホラー映画を見たから一人で帰るのが怖いと。そういうことか?」
「はい……」
力なく霧野は頷く。
「事情は分かったけど、行きは大丈夫だったのか?」
それはもっともな疑問だと思う。帰りも一人と言うことは行きも一人だったということで、一緒に来た人がいるならまだしも辺りを見渡すが、それらしい人物は影すら見えない。
「行きは同室の人がいたんですけど、いつの間にか帰ってて……。それで偶々凪さんを見つけて……」
「それで声をかけたと」
霧野の同居人は随分と自由な性格らしい。
「はい……。いやなら、その……無理にとは言いません……」
そんな泣きそうな顔をされて「じゃあ、無理」と言えるほど、俺は良い性格をしていない。
「まあ、帰る方向同じだしな」
「え……」
「早く帰ろう。体冷やして風邪引くのはごめんだ」
「ありがとうございますっ……」
ニコッと不器用な笑みを浮かべた霧野は俺の隣に並ぶ。
「……遠くない?」
一メートルくらい開いてるんだけど。
「これ以上は……無理ですっ……」
何が無理なのだろうか。もしかして俺、臭い?
「その距離で大丈夫なのか?」
「正直、大丈夫じゃないです……」
何を遠慮して強がっているのだろうか。
「な、凪さん……!?」
スッと自然な動作で霧野との距離を詰める。その距離僅か数十センチと言ったところだろうか。
霧野は目に見えて狼狽してるが、安心出来る距離ってこれくらいだろ?一メートルはさすがに開き過ぎだ。
「分かれ道まで、な」
「は、はい……」
湯気が出ていると言う表現は、何とも霧野に似合うな。
「……」
隣から不定期的に視線を感じながら歩いて行く。
「じゃあ、ここまでな」
「ありがとうございましたっ……!」
大袈裟なくらいに頭を下げる霧野に苦笑しながら、「いいよ」と返す。
「今度は同居人逃がすなよ」
「は、はい……!」
再び「ありがとうございましたっ……!」と頭を下げる霧野の背中を見送りながら、男子寮へと歩いて行く。
「夕食は何にしようかな」
簡単に出来て洗い物が少ない奴がいいな。
「……ん?」
エレベーターに乗り部屋のある階で降りる。そうして長い廊下を進んで行き、角を曲がった先、あの時と同じように部屋の前には人影があった。
ライトに照らされた綺麗な黒髪。整った顔立ちは図らずとも人目を集めるのは十分過ぎるほどに眩しい。
夜も深いと言うのにラフな格好。すらりと伸びた白い四肢は、思わず写真に収めたくなるほどに劣情的だ。
「くしゅん……遅かったわね……」
何とも可愛らしいくしゃみをした木皿儀はスッと目を細め俺を見た。睨んでいる、と言う表現も出来なくはないが、それに至るにはあまりにも目に覇気がなさすぎる。
「何でいるんだよ……」
「説明は後。いいから入れて。……くしゅん」
門限も近いこの時間。まさかな出来事に頭が痛くなってきたのは、俺の気のせいではないはずだ。
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