三十八話 かつての仲間
「お前、よく風呂場で寝れるな」
呆れ半分、感心半分と言った声音に顔を上げれば、目の前の椅子には案の定、諸刃が座っていた。
「疲れてたんだよ」
そう返すと、諸刃は「はぁ……」と小さくため息を落とす。その似つかわしくない所作に驚きつつ、続く言葉を待つ。
「だとしてもだ。寝るならせめてベッドまでは頑張れよ。腰や肩に痛みを抱えたままゲームをする身にもなれ」
「それはお前の都合だろ。俺に言うな」
諸刃が自己中心的なのは知ってたが、夜のことに関してまで文句を言われるなんて。俺はそこまで昼と夜のことを考えられるほど、器用じゃないってのに。
「じゃあお前、朝起きた時、酷い筋肉痛でも文句の一つも言わずに学校に行くんだな?」
「極端にもほどがあるだろ」
どこか子供っぽい諸刃に浮かべる苦笑もなく、淡々とそう返す。
「似たようなもんだろ。それで?文句は言うのか?」
「多分、言うな」
朝起きたら身に覚えのない筋肉痛とか心霊や金縛りを疑うレベルだし。
「だろ?」
何がだろ?なんだ?
「それが嫌ならお前も風呂場で寝るなんて馬鹿なことはしないで、せめてソファで寝ろ」
「はいはい。てか、お前もしかして、この説教の為だけに俺をここに呼んだのか?」
「当たり前だろ」
何が当たり前、だよ。その程度の用事で呼ぶな。
「まあ、でもぶっちゃけこれは建前で本命は別にある」
「別って、そっちを先に言えよ」
「どっちを先に言うかなんて俺の自由だろ」
それを言われてしまうと返す言葉がない。何故ならその通りだから。
「で、本命ってなんだよ」
「ちょっと漫画とか読んでる時にふと思ったんだけどさ、お前って斬撃とか出したい派か?」
「……」
こいつは何を言ってるんだろう。最初はからかわれているだけかと思ったが、その表情は真剣そのもので、至極純粋な問いなのだと理解するのは簡単だった。
しかし、「斬撃とか出したい派」ってなんだよ。「出したくない派」もいるのかよ、と思った。
「何?お前出せんの?」
「いや、無理だけど?」
何こいつ。人に期待を与えるだけ与えて落とす、デスゲームかなんかの主催者ですか?何で聞いて来たんだよ。
「で、出したいのか?出したくないのか?どっちなんだ?」
最初の一節だけ切り取ったらやばい会話しているようにしか聞こえないな。
「んなこと聞かれても」
正直、斬撃を飛ばすとか言われて心揺らぎそうになったけど、ここは漫画の世界じゃない、現実だ。いくら諸刃や他の刀鍛冶が打った刀が特殊だからってさすがに斬撃を飛ばせる訳がないだろう。
飛ばせるなら飛ばしてみたい、とかは好奇心であるけど。
「まあ、俺は無理だけど、他の奴なら斬撃を飛ばせる刀を打ってるだろうな」
他の奴。そう聞いて、俺はとっさに口を開く。
「なあ」
「ん?」
「お前以外の刀鍛冶について教えてくれ」
これはずっと気になっていたことだった。他にもとはどの程度なのか。他の刀にも特殊な力があるのか。
色々聞きたいことはある。
「俺以外?ああ、お前もそういうのは気になるんだな」
「まあ」
知っておいて損はないはずだ。
「と言ってもな。俺は早々に出て行ったから、そう多くは知らないんだよな。せいぜい片手でもあまりあるくらいしか知らない」
「それでもいい。教えてくれ」
少なくても情報はあった方がいい。
「まあ、いいけどよ」
諸刃はどこか面倒くさそうに頭を掻きながら話し始めた。
「最初はそうだな。巡から行くか。式雨巡。男臭い刀鍛冶達の中で数少ない女で、鍛冶師としての腕も俺には劣るが、それなりに良かった。とにかく優しくて、誰かの為に傷つくことを良しとしてる、そんな奴だ。陰では「母親みたい」なんて言ってる奴もいたな」
「式雨巡……」
とりあえずは味方に聞こえるな。
「次は傘見可伊。こいつはとにかく融通が利かない奴だった。硬い性格って言えば分かりやすいか。自分のやり方信念を全然曲げない頑固者だ。でも、良い奴だ。刀鍛冶の中でも真面目な部類に入るだろうな」
「傘見可伊……」
敵か味方か図り兼ねるな。
「次は……」
諸刃はそこで言葉を切る。何とも不自然な間に表情を伺おうと顔を上げると、目に映ったのは、唇をグッと噛み、大きく眉を歪ませている諸刃だった。
「……」
いつもの諸刃からは想像できないほどに余裕のない表情に驚きが隠せない。
「諸刃……?」
「分かってる。今、言う」
余程嫌いな相手なのか声音は荒く、終始表情は険しいままだ。
「予め言っておくが、俺は奴を刀鍛冶だなんて認めていない。奴はただの人殺しだ」
「人殺し」その言葉が嫌なほど耳の奥に木霊する。
「そいつは何をしたんだ?」
「奴は師匠を殺した……」
諸刃は今一度強く唇を嚙む。
「動機は分からないし、目的も分からない。けど、奴は確かに自分の手で自分が打った刀で師匠を殺したんだ」
いつもとは違う諸刃の態度にかける言葉に迷う。調子が狂うとは、まさにこのことだ。
「そいつはどうなったんだ?」
「奴は逃げてその後の足取りは分からない。ただ、奴は腐っても刀鍛冶だ。俺や他の奴と同じで誰かに拾われるのをどこかで待っているかもな」
「そいつの刀を拾ったらどうなるんだ?」
怖いもの見たさの問いだった。
「式雨や傘見のは分かるが奴のだけは分からない。師匠なら或いは把握してたんだろうけど、殺された今となってはその詳細を知る者はいない。でも、確実に言えることがある。もし見つけても極力握るな。きっとその刀は人の扱える領域にはいない。なんせ奴は師匠を殺した。つまりそれだけの能力を秘めてる刀ってことだ。どうなるか分かったもんじゃない。軽はずみな気持ちで握った代償は高く付くだろうな」
「……」
聞いただけでもうっとなる話だ。そこにどんな大義名分があったとしても自分の師匠を殺すなんて相当に狂っている。
「忠告しておくがもし刀を見つけた、もしくは所有者に出会っても拾ったり戦ったりはするな。詳細が分からない以上、下手な正義感で戦っても互いに損だ。逃げるのもまた手段だと覚えておけ」
「分かってる」
言われなくても、だ。元より俺は好戦的な性格ではない。調教されていない野犬じゃあるまいし、そんな馬鹿みたいなことはしない。
「なら、いいけど」
「そいつの名前聞いてもいいか?」
今に至るまで奴、とした表されていない。それほどまでに口に出したくない名なのだろうか。
「……鳩宿だ。鳩宿軽焚。それが奴の名だ」
「鳩宿軽焚……」
覚えておこう。
「他の二人のことについてもっと教えてくれ。能力とか」
「知りたがりだなお前も」
どこか疲れた様子の諸刃は渋々と言った感じで口を開いた。
「巡の刀は命刀「式雨」刺した対象を自身の生命力つまり命と引き換えに回復させる刀だ。自分より他人な巡らしい刀と言えるな」
「自分の命を犠牲に他者を回復させる刀……」
「ああ。ちなみに力の限界は所有者の生命力に依存するから使い続けると死ぬ」
一人の人間が救える人数なんてたかが知れている。何故そこまで自分を犠牲にしてまで誰かの為に無理が出来るのだろう。
きっと彼女は強いのだろう。誰よりも。
「次は傘見か。遠刀「傘見」所有者の視力を一時的に向上させる刀だ。硬い性格とは裏腹に慎重で、周りを広い視野で見ていたい傘見らしい刀だな」
「視力の向上か……」
「ちなみに使い続けると、その内視力を失って失明する」
さっきから聞いていれば何かと犠牲が付き物だな。いや、大きな力には大きな代償が付き纏う、なんてよくある話か。
「そうそう、昔傘見に「そんな刀作ってどうすんだよ。覗きでもすんのか?」って聞いたら、「出来なくはないが、俺はお前ほど劣情に支配されてはいない。一緒にするな」って返されたっけ」
過去を懐かしむように遠い目をしながら諸刃は言う。
「ただ、遠くを見るだけじゃないってことか」
もしかしたら千里眼的なことも出来るのか?透視とか。もしそうなら、本当に使い方次第だな。
「知りたいことは聞けたか?」
「鉄刀についても聞きたい」
「……鉄刀、ね」
途端に歯切れが悪くなる諸刃。
「?」
「他の奴に比べたら大した能力はねぇよ。誰かの為に俺が動くと思うか?」
「思わないな……」
「それが答えだ。他に聞きたいことは?」
なんか無理矢理に話を閉じられた気がするけど、まあ良いか。」
「お前の師匠はどんな刀を打ったんだ?」
他の二人のことは分かった。しかし、師匠と呼ばれている人物のことは何一つとして分かっていない。
名前とかはいいから、せめてどんな刀を打ったかだけ知りたい。
「師匠?ああ。正直、よく分からないんだよな。そもそも師匠が刀を打ってるとこなんて見たことなかったな」
本当に師匠かそれ。
「名前とかは」
「そういや名前も知らないな。拾われた時からずっと師匠と呼べって言われてたし」
拾われた?
「お前捨て子だったのか?」
「別に俺だけじゃないぞ。巡も傘見も元は捨てられてたところを師匠に拾われてるからな。名前だって師匠が付けてくれたんだ。自分の本名なんて誰も知らない」
ちょっと疑問を口にしただけなのに、思いがけず重い話になったな。
「……もちろん、鳩宿もな」
どこか悲しそうに目を伏せながら、諸刃は呟くように言う。親代わりの師匠を殺したとはいえ、元は同じ境遇の仲間同士。
口や態度でいくら否定しても心の内、奥の奥ではまだ仲間だと思っているのだろう。
「そいつがもし目の前に現れたら、お前はどうするんだ?」
「分からない、が率直な感想だな。聞きたいことなんて山ほどあるし、ぶつけたい感情だって沢山ある。だからって、今、目の前に現れても混乱して俺は何もしないかもな。いや、何も出来ない、が正しいか」
「他の二人がどうするかは分からないけどな」小さく笑いながら諸刃はそう零す。
「そいつのこと憎んでるか?」
「今更の質問だな。当たり前だろ」
そう答える諸刃の表情は心なしか柔らかく、どこか楽しそうに見える。
「そっか。……会えるといいな」
「それはお前次第だ」
「そうだな」
鳩宿軽焚。気になる人物だ。
「ん、そろそろ朝か」
「お前はいつも何で分かるんだよ」
「何となくだ。そんなことより早く起きろ。せっかくの休日を無駄にする気か?」
何でこいつに急かされなくてはならないのだろう。
「今度からはちゃんとベッドで力尽きろよ」
「はいはい」
そんな会話を最後に俺の意識はスッと遠くなって行く。
「……なんか言えよ」
目を覚ますとそこは昨夜力尽きた風呂場ではなく、使い慣れたベッドの上だった。
「全く」
諸刃の不器用な優しさに苦笑しながらベッドから下り、洗面所へと向かう。
「今日は何しようかな」
二人もいいけど、偶には一人も悪くない。今日はとことんダラダラしよう。
「無駄にしない程度に、な」
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