十九話 ささやかな勝負
蓮との雑談が一区切りついたところで扉が開き圭地と柳が出て来た。
「お、戻ってたのか!」
圭地は俺を視界に収めると嬉しそうに笑う。
「ああ。遅れて悪いな」
腰を上げ蓮に手を伸ばす。蓮はそれを握り二人揃って立ち上がる。
「ありがと」
微笑む笑顔に満足を覚えていると、
「凪はこの後暇か?」
圭地にそう聞かれる。聞かれたからには答えるのが筋と言うものだ。脳内を巡り何か予定らしい予定はあったかを探るが、悲しいことに該当する予定は見当たらない。
とは言え、それも当然のことで。俺には圭地たち以外に友達はいないし、せいぜい予定があるとすれば、漫画やラノベの新刊が出た時買いに行くくらいしかない。
俺は年中暇の退屈人間なのだ。
「いや、特にはないけど」
「蓮はどうだ?」
そう返すと圭地の視線が蓮へ移る。
「僕にもないよ。どこか遊びに行くの?」
「せっかく代表戦に勝ったから祝賀会的なのをやろうかと思ってな!なあ、柳!」
「ああ」
圭地の言葉に同意するように柳が頷く。
「今からやるのか?門限まであまり時間はないだろ」
「そこは心配ない!もし過ぎたら泊ってけ風呂は貸すぞ!」
まさかその発想はなかった。圭地らしいと言えばらしい提案に苦笑を浮かべていると、蓮が声を上げる。
「僕たちの部屋でやるの?!」
「そのつもりだ!何かマズかったか?」
「マズいも何もないよ?!僕,先に帰って部屋の掃除してるから!出来るだけゆっくり帰って来てね!」
釘を刺すように圭地を指差し蓮は足早に帰って行った。そういえばこの前行った時はそこら中に服が散乱してたっけ。
料理の腕に関しては思わず感嘆を漏らしてしまうレベルの圭地だが、事掃除に関してはその腕は全くらしく。その楽観的な思考も組み合わさっていつも服や靴下などが散乱しているそうだ。
圭地が料理担当なら蓮は掃除担当と言ったところだろう。
「俺は別に気にしないんだけど。なあ?」
「蓮には気になることなんだろ」
人によって気になる部分は違う。圭地が良くても蓮にはダメ。そんなの別に何らおかしいことではないと思う。一人暮らしで誰も家に呼ばないのならともかく、二人暮らしとなるとどちらかが友達を呼ぶ機会もあるだろう。そうなった時、最初の印象が汚い部屋では、どちらに対しても心象が悪い。
今回これに該当するのは紛れもなく、柳だろう。まあ、俺もそうだし柳もそうかもしれないが、多少部屋が汚れていようと、そこまで気にはならないというのも事実だ。
蓮が少し神経質なだけ。そう片付けるのは簡単だが、それもまた個性。他人の個性を無遠慮に否定するだけの権利はあいにく有していない。
それに俺の部屋も綺麗なのかと聞かれれば、微妙なところで。本棚に入り切らなくなった漫画やラノベやらがその辺の床や机、棚の上などに放置されている始末で。中には僅かに埃に着飾られている本もある。
いい加減そろそろ掃除をしないな。
「ふぅん、そんなもんか。まあ、いいや。じゃあ、買い物行こうぜ!せっかくやるんなら盛大にやりたいよな!」
三人横並びに歩きながら色々と話し合う。祝賀会の定番と言えば、○○パーティーということで。個々様々な案を出す。
無難にたこ焼きやカレー。お好み焼きやチャーハン。変わり種でパンケーキやかき氷。三人寄れば文殊の知恵という訳ではないが、とにかく魅力的な案が絶えず出て来て結局何をやろうかで何度も頭を悩ませる。
最終的には、無難に無難を重ねて選ぶだけで正解な鍋パーティーをやることに決まった。決まったのはいいのだが、一括りに鍋と言っても味は古今東西色々ある。豆乳やもつ。鶏ガラなど。聞いただけでもお腹が鳴りそうだが、幾度とない話し合い合を経て最終的にキムチ鍋に決まった。
今はそれに必要な材料を買いに敷地内に点在するコンビニの一つに来ている。コンビニと言っても俺がよく知るコンビニとはほど遠く。広さは通常のコンビニの三倍近くあり、品揃えに関してもそこらへんの下手なスーパーよりかは豊富だ。
だから、普通のコンビニでは売っていないものが平気で売っている。例えば、白菜とか。その他にも豆腐や豚肉、エノキなど。鍋に必要な材料の大体は売っている。
そこまで行ったらもうコンビニじゃなくてスーパーじゃんとか思うが、頑なにコンビニと言い張って止まらない。
ただ、さすがに漫画は売っていてもラノベなどは売っていないので、完璧に万能という訳でもない。
「お菓子よし!ジュースよし!会計行って来る!外で待っててくれ!」
カゴ一杯に詰め込み過ぎた感はあるけど、四人分の食材とお菓子とジュースならこんなものだろうか。
会計に二人は要らないので圭地に言われた通り柳と一緒にコンビニの外で待つ。蓮の時もそうだが、圭地抜きで柳と二人きりと言うのはあの朝以来だ。流れる沈黙が特に気まずいとかはないけど、何か話さないと不仲感が凄い。
そう思っていると、柳が口を開く。
「そういえば、怪我の具合はどうだ?」
聞かれて柳の方を見る。
「そういう柳こそどうなんだ?」
「質問に質問を返すな。……激しい動きをしなければ痛みなどはない」
そう言って軽く腕を回す。
「俺もそんな感じかな。と言っても痛みはまだ少しあるけど」
俺可哀想自慢ではないが、真実なのでそのまま話す。
「そうか。代表戦では随分と頑張ったそうだな。圭地から聞いた」
「頑張ったねぇ。まあ、そうなのかな。でも、俺だけの力じゃないから何とも言えないな」
「……」
「勝負は時の運って言うし、俺の頑張りも偶然の産物だよ。頑張ったで言えば柳もそうだろ?」
「何のことだ?」
分からないという風に首を傾げる柳に苦笑を浮かべる。
「よくあのプレッシャーの中、勝ったよ。柳が勝ってなかったなら多分、圭地も俺もフィールドに立ってなかった。勝ってくれてありがとうな」
「それこそ偶然だ。あまり褒めるな」
褒められ慣れていないのか柳は顔を逸らす。今はきっとどの感情にも属していない複雑極まりない表情をしていることだろう。
「……一つ聞いてもいいか?」
「ああ」
「木皿儀とは何を話したんだ?」
顔を逸らしたまま柳はそう聞いて来た。
「気になるのか?」
「多少な」
恐らく圭地から聞いたんだろう。木皿儀と話した内容をそのまま嘘偽りなく話すことは容易だが、大したことは話していないし、それを聞いて柳はどうするつもりなんだろうか。
「特に目立ったこと話してないよ。世間話、雑談多めだったな」
意味のない嘘を付くのはあまり好きじゃない。けど、木皿儀との会話は無暗やたらに話していい内容でもない気がした。
何よりも俺の過去に誰かを巻き込みたくない。
「雑談か」
「納得出来ないか?」
「凪がそう言うのならそうなんだろう。……俺のことは何か話してたか?」
何でそこで柳の名前が?と思ったが、念の為、記憶を思い返してみる。
「いや、特には話してなかったな」
会話の八割は俺に関してのことだったし。
「そうか」
「木皿儀のこと気になるのか?」
多少の興味に当てられつつ聞いてみる。
「少しな」
好きなのか?と思ったけど、今の柳からはそんな雰囲気を一切感じない。ということは、それ以外の感情で気になるということか。
「何かあったのか?」
「話してなかったのならいいんだ」
一方的に話を切り、柳は小さく息を吐く。気になる。気になって震える。とまではさすがに行かないが、消化不良感は否めない。
しつこく聞けば答えてくれそうだが、しつこい人は嫌われる。それに踏み込み過ぎるのも良くない。
俺も話していないしこれでお互い様ということで。
「悪い!待たせた!思ったよりもレジが混んでた!」
それからしばらくして両手にレジ袋を下げた圭地が出て来た。あれだけの量をレジ袋二つで済ませるなんて店員さんさすが、とか思っている間にも圭地の肩は徐々に下がって行っている。
「一つ持つ」
「ああ、悪い!」
おお、確かに重いな。これを両手に下げて出て来ただけでも圭地の凄さがよく分かる。
「じゃあ、帰るか!」
来た時と同様、三人横並びですっかり日の落ち切った夜道を寮に向かって歩いて行く。
「これだけ空けたしさすがに終わってるよな!」
その言葉はこの場にいない蓮に向けて発せられたものだ。
「どうだろうな。掃除は一度始めたらやめられなくなる時あるし、案外まだ終わってないかもな」
蓮がそこまで凝り性だったらの話だけど。
「じゃあ、勝負するか?俺は終わってるに賭けるから凪は終わってないに賭ける。どうだ?」
「勝者には何かあるのか?」
「ベッドで寝れる、でどうだ?」
泊まることが大前提の話だが、ベッドで寝れるというのは何とも魅力的な提案だ。
「いいぞ。その話乗った」
「そう来なくちゃな!負けねぇぞ!」
「望むところ」
とはいえ、この勝負は百パーセント運依存のゲームなので、いくらやる気があろうと勝負の行方は結局、蓮次第。
「そうと決まれば早く帰ろうぜ!」
こういうのを世間一般ではフェアじゃないとか言うんだろうな。大人げないというか。
「まあ、でも」
これこそ本当の勝負は時の運って奴だ。結果が楽しみだな。
「ただいま!」
結論から言うと俺の勝利でこの勝負は幕を閉じた。どうやら蓮は凝り性だったらしい。これで今夜はベッドでぐっすりだ。
「マジか……!」
勝ちを確信していたのか信じられないくらいに落ち込んでいる圭地の肩に手を置く。
「圭地」
「凪……」
「ベッドありがとな」
「くっそおぉぉぉっ!」
圭地の悲痛を含んだ叫びは部屋中にうるさいくらいに響いたそうな。
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