三話 帰り道

「凪帰ろうぜ!」


帰り支度を済ませた俺の元へ意気揚々と圭地がやって来た。


「ああ」


特に断る理由もないので頷く。


「あ、そうだ。もう一人呼んでもいいか?」


「別にいいけど」


「まじ?サンキューな!おーい、蓮!一緒に帰ろうぜ!」


 教室後方の席。そこが彼の定位置だった。


「え、いいの?」


「もちろんだろ!なあ、凪!」


「ああ」


「そっか。ありがとう」


彼、鳥栖目連は恥ずかしそうにはにかみながら頬を掻く。 ほんの一瞬だけ、男子ということを忘れてしまったが、すぐさま首を横に振り、現実と向き合う。

念の為、鳥栖目蓮は男であると自己暗示をかけておく。


「篠町凪くんだよね?初めまして、でいいのかな?ついさっき名前呼ばれたばかりだけど、一応ね。鳥栖目蓮です。よろしくね」


「篠町凪。よろしくな」


スっと差し出された手を握ると、ますます男子であることを疑問に思ってしまう。

雪のように白い肌、女子のように細い腕。ギュッと強く握ったら折れてしまいそうな繊細さを強く感じてしょうがない。


「自己紹介も済んだところで!早く帰ろうぜ!」


「ああ」


「うん」


三人横並びで廊下を歩き、寮までの帰路に着く。


「この後、俺たちの部屋でゲームやる予定なんだけど凪も来るか?」


「圭地たちがいいなら行く」


「オッケー決まりだな。確かコントローラーあったよな?」


「うん。確か予備のがあったよ」


 圭地の問いに鳥栖目は静かに頷く。


「圭地と鳥栖目は同じ部屋なのか?」


「おう!一年の時からずっとな!」


「そっか」


 笑顔で答える圭地。少しだけ羨ましいと思ってしまった。


「そういえば凪の同居人はどんな奴なんだ?もしかしてあのクラスの中の誰かか?」


「いや、あの中にはいない。何なら同居人なんていないんだ。ずっと一人暮らし状態だな」


「「え……」」


 耳を疑ったという表現はまさにこういう場面で活躍するのだろう。二人して歩みを止めまるで信じられないものを見るかのように目を見開いている。

 そんなおかしなこと言ったつもりはなかったけど。


「冗談だろ……?」


「冗談なら良かったんだけどな」


 苦笑を返すと次は鳥栖目が口を開く。


「篠町くん何かやったの?」


「何もやってないと思う、けどな」


 そう聞かれると正直、自信満々には返せない。俺が自覚していないだけで、部屋を出て行く理由は無数に転がっていたと思うから。

 けど、一つだけおかしいところを上げるとするならば、同居人が何も言わずに出て行ったことくらいだろうか。

 もし仮に寝言やいびきなどに悩んでいたのなら文句の一つも言うはずだ。なのに同居人は文句の一つも言わずに出て行った。

 敢えて言わなかったのではなく、言う暇がなかった、もしくは言うのを躊躇していたように思う。

 これら全て入学して僅か一ヶ月以内の出来事だ。


「まあ、正確に言うなら同居人はいたんだ。けど、どういう訳か出て行っちゃってな」


一年が経った今でも明確は理由は得られていない。思い当たる節がないのだから答えに辿り着かないのは至極真っ当な結果だと思う。

 せめて一言欲しかった。


「でも、変だな」


「そうだね」


 二人して首を傾げる。本当に仲が良いな。まるで兄弟みたいだ。


「何が変なんだ?」


「生徒手帳にも書いてあるけど。寮での暮らしって二人暮らしが原則なんだ。もし同居人が出て行っても学園側がすぐに新しい人を住まわせるはずなのに。……もしかして篠町くんって学園側からいじめにあってるの?」


 迷探偵もびっくりの推理力だな。


「まさかそんな訳ない、はずだ……」


 一瞬、その通りだったらどうしようという考えが過ってしまった。


「てか、今更だけどよ。何で二人暮らしが原則で決められてんだろうな?別に一人一部屋でもいいと思うけどな」


「それだと部屋数が足りないからじゃないかな?いくら広いって言っても限度はあるしね」


 と、ここで鳥栖目が何かを思い出したように「あ」と声を上げる。


「そういえば、そのことも生徒手帳に書いてあった気がする」


「だとしたら凄いな。何でも書いてあるんじゃないか?」


「えっと、確か。ああ、あったあった」


 圭地と一緒に鳥栖目の手元を覗き込む。そこにはこう書いてあった。


『何故、二人暮らしが原則で決められているのか?』


A、互いに見張ることによって問題行動等を未然に防ぎ、学園全体(生徒も含む)の品性を損なわせないため


「要は学園の価値を下げないためか。まあ、そんなところだよな」


 つまらなさそうに圭地は地面を蹴る。


「俺は良いのかよ……」


 互いに見張るも何もない奴が一人、ここにいるんだが?


「篠町くんは例外なんじゃないかな?」


「どこをどう見て例外だと判断したんだよ……」


「ほら、篠町くんって問題行動起こさなそうだし、ね?」


 必死になってくれるのはありがたいが、時にはその優しさがナイフよりも鋭くなることを忘れないで欲しい。


「まあ、いいじゃねぇか!一人暮らし悪くないと思うぜ!自分の時間は最大限取れるし、同居人の顔色を窺わなくていいし。最高だろ?」


 物は言いようだな。


「そうだよ。一人暮らしなんて憧れちゃうな」


「うーん、どうなんだろうな。全部、一人でしなくちゃいけないし、俺からしたら圭地たちの方が最高だと思うけど」


 仕事を分割できるなんてこれ以上に効率的なことはないと思う。


「どうだろうね。それは人によるかもしれないね」


 一人暮らしには一人暮らしの。二人暮らしには二人暮らしの苦労があるってことかな。

 どっちがいい楽しいとか、どっちがつまらないとかはないと思うけど。でも、俺は叶うことなら二人暮らししてみたい。


「そんなことより遊ぶ時間減るから早く帰ろうぜ!」


 いつの間に背後に回っていたのか鳥栖目と一緒に肩を取られる。


「そうだね」


「せっかくゲームするんだしお菓子とか必要だろ?途中のコンビニで買おう」


「おう!」


「うん。……あ、そうだ」


 三歩前を歩いていた鳥栖目が振り返りにこりと笑う。その所作だけで恋に落ちそうになるが、こいつは男だと何度も言い聞かせる。


「苗字呼びずらいと思うから気軽に蓮って呼んで。僕も凪って呼んでいいかな?」


「ああ。よろしくな蓮」


「うん、よろしくね凪」


 本日二度目。


「さ、行こうか」


「そうだな」

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