二話 それぞれの理由

「静かに。ホームルームを始める」


 ほどなくして担任であろう男性教師が入って来た。


「去年同様に本来ならばこの後、体育館にて集会があるが貴様らがその場に立ち会うことはない」


「「「っ!」」」


 唐突のことに教室内は僅かにざわつく。


「当然だろう。まずお前」


「は、はい」


 廊下側一番前の女子生徒を指差しながら担任は生徒名簿に目を落とす。


「霧野詩歩。座学の単位が足りず実技を受ける資格を得られずここへ」


「はい……」


「次、箱招柳」


「はい」


「実技の成績が振るわずここへ」


「そうですね」


「次、銀岬」


「はい!」


「っ出席日数が足りず同じくここへ」


「そうです!」


「……次、布峰文」


「……」


「……自ら希望してここへ」


「……」


「次、篠町凪」


「あ、はい」


「試験当日に遅刻しここへ」


「そう……ですね」


「はぁ……」


「酷くない?」


「次、砂砂良圭地」


「おう」


「度重なる暴力事件により座学実技共に受ける資格を剥奪されここへ」


「そうだな!」


「次、黒ケ響」


「うす」


「同じく遅刻しここへ」


「……はい」


「次、鳥栖目蓮」


「はい」


「体調がそぐわず実技を棄権しここへ」


「はい」


「次、間紺」


「はーい」


「出席、単位共に足りていたが何故か実技を受けずにここへ」


「面倒くさがりなもんで〜。ははっ」


「次……」


 その時、ガラッと扉が開き、一人の女子生徒が入って来た。


「木皿儀灯香」


「……」


「度重なる抗議、その他迷惑行為によりここへ」


 言い終わると教師はパタンと生徒名簿を閉じる。


「聞いて分かったと思うがお前らはどうしようもないほどに救いようのない問題児たちだ。そんな奴らを静粛な場に連れて行けると思うか?」


 しーんと静まり返った教室。担任の声が耳の奥にこびり付く。


「答えは否。無理だ。少なくとも俺は貴様らをそんな場に連れて行きたくはない」


「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」


「何だ?」


 その中で真っ先に声を上げたのは圭地だった。


「それじゃあまるで俺たちはここの生徒じゃないみたいな扱いじゃねぇか!」


「何だ、今更気付いたのか。ここではっきり言っておく。ここに配属された時点で貴様らに生徒としての価値はない。これは学園側の意向だ。それが嫌なら問題児なりに努力して他を圧倒し、成り上がることだ。とはいえ、それが可能なのは現状数人ほどしかいないと思うが」


 教室内をぐるりと見渡したかと思えばクスッと嫌な笑みを浮かべる。


「これにてホームルームは終わりだ。本格的な授業は明日から行われる。くれぐれも遅刻や問題行動、忘れ物をしないように」


 それだけ言うと担任は教室を出て行く。


「「「……」」」


 つい数十分ほど前の喧騒が嘘のようだ。担任に言われるまで現状自分が置かれている立場の悲惨さを自覚出来ていなかった。

 生徒としての価値がないということは、この学園に限り俺たちに人権なんてなくて、他のみんなと平等に扱われることもなくて、腫物のように指を刺され、笑い者にされ、そして努力する意味を与えられないということだ。


「いつまでそうして下を向いている訳?イライラするからそういうのやめてくれる?」


 彼女の声に全員が顔を上げる。


「確定したことに対して絶望して留まるなんて時間の無駄だと思わないの?さっき言われたでしょう?現状が嫌なら他を圧倒しろって。落ち込む暇があるなら強くなる努力をしなさいよ。まあ、もっとも私には関係のないことだけどね」


 余計な最後を除いて彼女は至極真っ当なことを言っている。確かにその通りだ。現状が嫌なら抗って成り上がるしかない。

 ないものを手に入れるなんて無理なのだから。


「……そ、そうだな!確かにそうだよ!お前、いいこと言うな!」


 さすが圭地と言うべきか。


「私には木皿儀灯香って名前があるの。気安くお前なんて呼ばないで」


「そうか悪かったな。木皿儀!」


「分かればいいのよ」


「そうと決まれば次の実技試験で評価をもらってみんなでここを出よう!な?」


「……何か策はあるのか?」


「え」


 ここで一人が声を上げる。箱招柳だったか。


「やる気は結構。ただ、何の策もなしに闇雲に剣を振っているだけでは評価はもらえないだろ」


「そりゃそうだけど……。と、とにかくその辺はおいおい考えて行こうぜ!」


「はぁ……。お前がここに来た理由が分かった気がするよ」


「なんだと?!」


 圭地と箱招のやりとりのお陰で教室内に活気が戻る。


「とりあえず、明日から策を講じて行こう」


「おう!」


 価値がない問題児たちの物語。それはこの先、いつまで続くのだろうか。もしかしたら一回目の試験で終わるかもしれないし、この先、一年続くかもしれない。

 けれど、多分、どっちの結末を迎えても俺はきっと後悔なんて感じないだろう。


 だって、自分で選んだ結末なのだから。

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