二十一話 始めましてもしくは久しぶり

 過去に彼とは一度だけ話したことがあった。

 彼は自分のことを『諸刃塔因』と名乗り、綺麗な金色の瞳を細めた。この時はあまり時間がなく、長く深くは話せなかったが、その短い会話の中でも得られた情報は少なからずあった。

 まず、彼は刀鍛冶ということ。そして彼以外にも複数人刀鍛冶がいるということ。刀鍛冶はそれぞれ死ぬ直前に最高傑作の刀を作り出していたということ。

 その刀たちにはそれぞれ持ち主に良くも悪くも作用するということ。今思い返すと、そこそこの情報を得ていた気もしない訳ではないが、これ以上は得られなかった。

 あの日以来、彼とは話していないが、だからといっていなくなったという訳ではなく。今もずっと俺の中にいる。正確に言うなら俺の刀の中に。


「ここは」


 なんてベタなセリフを吐きながら辺りを見渡す。そこは真っ暗な空間だった。水平線一つ拝むことの出来ないくらい永久に続いている闇。風も気温もなく、ただただ暗く、ただただ虚しい世界が広がっている。

 果たしてこれは夢なのだろうか。むしろ夢であって欲しいとすら思ってしまった。しかし、足裏に感じる感触が「夢じゃないぞ」と俺を嘲笑っている気がした。

 もちろん、自意識過剰も甚だしいが、少なからず夢ではないことを理解するのは容易だった。

 自分の意志で自由に体は動くし悠長に思考も出来る。何よりも夢の中と言うのに妙に眠い。あくびを一つ落とし歩く。

 ここがどこであれ、行動をしないことには始まらない。もしここが一度入ったら二度と出れない的な空間だったら凄く不味いが、現状それを確かめる手はやはり『行動』の二文字にかかっている。

 しばらく歩いていると、前方に妙に照らされた場所があることに気付く。駆け足で向かうと、そこには二つの木製の椅子が向かい合うように置いてあった。

 明らか様「座って下さい」と言われているようだったので眠気に任せるまま椅子に腰掛ける。座り心地は最高と言ってもいいかもしれない。

 柔らかいクッションとほどよい高さの肘置き。寝るには申し分ない環境だ。


「……」


 頬杖を突き目を閉じると眠気は一気に加速した。ここがどこだか分からない現状、無暗に寝るのはダメだと思いつつも体からは力が抜けて行き、もう目を開ける力すら満足に出ない。

 辛うじて薄目を開けると、ぼやけた視界の真ん中、対面の椅子に誰か座っているのが見えた。


「こうして面と向かうのは久しぶりだな。凪」


「……!」


 どこか懐かしく、妙に聞き覚えのある声音に眠気は一気に吹っ飛び、俺は目を開け乱雑に視界を擦り椅子に座っている人物を注視する。

 灰色がかった黒髪に宝石のように綺麗な金色の瞳。頬杖を突きながらあの日と同じように彼――諸刃塔因はそこに座っていた。


「諸刃」


「覚えてたのか。そう俺はさん付けや敬語は嫌いだ。気色悪くて虫唾が走る。もし覚えてなかったらお前、今頃首飛んでたぞ」


 諸刃は軽く笑いながら、どこから取り出したのか刀の刃先を自身の首元に突き付けた。彼は冗談のつもりなのだろうが、聞いている側としては全く冗談に聞こえず、笑うに笑えない

 そんなことよりも久しぶりの再会だ。聞きたいことは山ほどある。


「おい」


「あー、分かってる分かってる。ここはどこだ?だろ」


 他にも聞きたいことはあるが、今はおおむねそれで間違いない。頷きを返すと諸刃は静かに口を開く。


「ここは狭間の世界だ」


「狭間の世界?」


 何言ってんだ、と思いつつ口には出さない。


「俺とお前の間の世界って言った方が分かりやすいか。例えば、お前はここまで自分の意志で歩いて来ただろ?」


「まあ」


「それはこの世界に俺とお前の意思が混在してるからこそ出来たことだ」


 眠い時に難しい話は勘弁してほしい。


「ああ、そう」


「はぁ~、ちょっと立て」


 小さくため息をつく諸刃の言葉に従い椅子を立つ。同時に諸刃も椅子から立った。


「こっち来い」


「ああ」


 言われるがまま歩いて行く。そうすると、


「……ああ、そういうこと」


「やっと理解したか」


 ちょうど真ん中に差しかかった時、見えない壁にぶつかった。まるで俺と諸刃を出会わせない為に仕切っているかのようだ。


「この壁がある限り、この世界でのお前の自由は何があろうと保証される。良かったな」


 良かった、ねぇ。つまりこの壁が何かしらの理由でなくなったら、この世界での俺の自由は保障されないってことか。

 更に深く読めば、いつかその日が来るということのようにも聞こえるが、今はそんな先のことを考えたくはない。


「そんなことより最近、身の回りでなんか変なこと起こってないか?」


 何の脈絡もなく聞かれるが、これといって思い当たる心当たりはない。何かあったか?


「そうだなぁ。例えばゲームが知らないところまで進んでいたり、ラノベに挟んでいた栞の位置がずれていたり。ないか?」


 何だろう。ものすっごく心当たりがあるんだけど。気のせいかなぁ。


「なあ、もしかして……」


「俺がやった」


 悪びれる様子もなく、諸刃はサラッと言う。頭を抱えたよね。栞の位置がずれていたせいで何回読み返したか分からない。

 でも、ラノベならまだいいんだ。何回読み直しても面白い奴は面白いし、二回、三回と読むことで気付けなかったところに気付ける時もあるから。

 けど、ゲームは違うんだよ。最初からやらないと展開に理解が追い付けない時が多々ある。何度不良品を疑ったことか。

 今日と言う日を俺はこの先、忘れることはないだろう。何故なら今までの怪奇現象の真犯人と対峙した貴重な日なのだから。


「俺としても無暗に弄るつもりなかったけど、夜はどうにも退屈でな。暇つぶしのつもりだった」


 などと供述されても困る。……てか、今なんて?


「お前、夜に動いてんのか?」


「ん、ああ、やっぱり気付いてなかったか。お前が寝ている時とか割と自由にしてるぞ」


 怪奇現象の正体よりも衝撃の事実に開いた口が塞がらない。そこから冷静な思考を取り戻すまで数分かかった。


「おい、生きてるか?」


「……あ、ああ」


 諸刃に呼ばれ空返事を返す。


「聞きたいことあるだろ?」


 全てを見透かしているかのように金色の瞳が怪しく光る。


「……夜は支配権が薄くなるのか?」


「ああ。寝てる時は意識が脆くなるに伴って壁が薄くなるからそっち側に行きやすくなるんだ。ちなみにお前も行こうと思えばこっちに来れるぞ。但し、相当の後悔を背負う羽目になるけどな」


 一瞬「行ってやろうか」とも思ったが、最後の一説を聞いて行く気はなくなった。もちろん、自分を守る為の諸刃なりの嘘かも知れないが、得体の知れない後悔を背負ってまで諸刃の世界に足を踏み入れるだけの度胸、俺にはない。


「そういえば、同居人いただろ?」


「いたな……」


 不思議と嫌な予感を感じてしょうがないが、ずっと気になっていたことの謎が晴れるかも知れないので疲れを感じながらも耳を傾ける。


「あいつが出て行ったのも俺が原因だ」


「でしょうね……」


 俺が原因じゃなくてよかったと安堵すると同時に同居人には悪いことをしたと思った。


「ゲーム音がうるさい!とか言って来たからちょっと睨んだら出て行った。あんな弱い奴に剣士なんて務まるのか?」


 首を傾げている諸刃を横目に見ながら重い重いため息を零す。どうりで俺のことを怖がっていた訳だ。全てに合点が行った。


「お陰で誰にも邪魔されず夜を快適に過ごせるようになったから結果オーライだな」


「んな訳あるか」


 そのせいで家事全部一人でやらなくちゃいけなくなったんだぞ。最初の頃なんて右も左も分からず、何枚の服と何キロの食材、調味用を無駄にしたことか。

 自分でいうのもなんだが、普段滅多に怒らない俺でも今だけは諸刃を一発殴りたいという黒い感情に駆られてしまった。

 けど、諸刃との間にある壁が邪魔だ。後悔を覚悟に殴りに行こうかとも思ったが、一旦冷静になって無駄なことだと理解し拳をギュッと握るだけで終わらせる。


「てか、今日はゲームしないのかよ」


「しても良かったんだけど、困るだろ?お互いに」


「困ることなんて何もないだろ」


 そう返すと諸刃は笑う。どこまでも可笑しそうに。


「俺の存在が周りにバレたら必然的にお前の過去もバレるんだぜ?良いのかよそれで」


「……」


 諸刃の言葉に俺は重ねて冷静になり、口を噤む。諸刃の言う通りだ。俺は誰にも自身の過去を悟らせる訳にはいかない。

 知られたら、話したら、きっとまた一人になる。


「俺としても面倒事は避けたいからな。人目は選ぶ」


 面倒事は避けたいか……俺としても面倒事は嫌いだ。今度からは刀を出すタイミングを見極めなければいけないかもな。


「あー、そうだ。このシリアスチックな空気の後に悪いんだけど、お前がよく遅刻する原因も俺にあるぞ」


 ここまで来たら何を聞いても驚かないと自負していたが、そうなって来ると話は別だ。


「どういうことだ?」


「説明は難しいんだけど、簡単に言うなら寝ながら起きてる?そんな感じだ」


 何も分からない。


「つまりお前の意識は寝てるけど、俺によって体は起こされてる状態ってことだ」


「なるほど」


 何となく分かった。


「寝てるけど、寝てないから寝不足で朝起きれない。そういうことだ」


「じゃあ、お前がいなくなれば全部解決だな」


「おいおい、今まで助けてやった恩を忘れたのか?俺は感謝はされど、恨まれる筋合いはないぞ」


 悪びれることなく諸刃は言う。


「恩を忘れた訳じゃないけど、それ以上に俺は迷惑をかけられてんだよ。今まで何度遅刻したことか。お陰様で教師からの信頼0だよ」


「別にいいじゃねぇか信頼なんて。また取り戻せば」


「簡単に言うけどな……」


 一度落ちたものを拾い上げるのって想像以上に難しいんだからな。


「お前は何でもかんでも重く考え過ぎなんだよ。深くじっくり見ようとするから要らない不安や心配が増えるんだろ?もっと気楽に生きていけよ」


「さすが何も考えてない奴は違うな」


「あいにくその程度で怒るほど俺はガキじゃねぇぞ」


「別にそれが目的じゃないよ。ただの皮肉だ」


 一言、二言言っても俺は許させるだろう。


「まあ、そんなに今の生活が嫌なら、あの時、俺を拾ったことを悔やむんだな。一度握って所有者になった以上、死ぬ以外にこの契約を解除する手はない。来世に期待するか諦めるか。お前が取れるのはこの二択だ」


「あの時は無我夢中だったからこうなるなんて思わなかったんだよ。そもそもあんな奴らさせ来なければ……」


「過去を恨んで許されるのは死ぬ間際の奴だけだぞ。今を考えろ。で、どうすんだよ?」


 そう聞かれても答えはすでに決まっている。


「諦めるしかないだろ」


「まあ、賢明な判断だな」


「はぁ……。ああ、そうだ。一ついいか?」


「ん、何だ」


 俺は少し気になっていたことを聞く。


「お前の目的はなんだ?」


「目的?」


 諸刃は怪訝そうに首を傾げる。


「ずっと気になってたことだ。お前は誰かに拾われるのを待っていた。なら、何かしら目的があるんじゃないか?」


「目的……目的ねぇ……」


「まさかないのか?」


 なくて今まで生きて来たのか?


「ん~、ないことはないんだろうな。何かあった気がするけど、忘れたな。まあ、忘れたってことは俺にとってその程度の目的だったってことだな」


「それでいいのか……。目的なく生きて楽しいのか?」


「生きることに必ずしも目的は必要じゃないだろ。ああ、まあ、でも強い奴と戦いたい、てのが今の目的かもな。やっぱ刀同士の戦いは面白いよな。海世は動きは良かったけど、簡単すぎたからな。もっと強い奴と命を削り合って戦う、何ていいかもな」


「戦闘狂かよ」


 命を削り合うとか野蛮だな。


「その為にはまずお前に強くなってもらわなきゃ困る」


「なんで」


「弱い奴のところ強い奴が来るかよ。強者は強者にしか群がらない。だから、お前には今以上に強くなってもらう」


 強くなるか。随分とふわっとしてる。


「強くなれって言うけどな……具体案とかあるのかよ」


「お前は引きこもりで全然筋力と体力がないから、そこらの強化からだ」


 筋トレか。嫌だな。


「それと意識拒否。これは習得しとけ」


「意識拒否?」


「ああ。刀を握っても俺と変わらなくなる。いらないとは思うが、念には念だ。コツは教えるからまあ、頑張れ」


 諸刃と変わらなくなる?何て素晴らしい力だ。ぜひ覚えよう。


「後は……まあ、これくらいか。そうだこれは覚えてけ。いつでも俺が助けられる訳じゃない。死にたくなきゃ最悪を想定して出来るだけ努力しろ。体力が多ければ逃げ切れるかも知れない。筋力があれば刀を受け止められるかもしれない。死ぬ時に後悔したくなきゃ、今を死ぬ気で進むんだな」


「忠告か」


「いや、お節介にも満たない何かだ。何だかお前には死んでほしくないんでね。……ってもう時間か。長く話し過ぎたな。もう起きる時間だ。そろそろ閉じるぞ」


 諸刃の合図と共に空に亀裂が入り始める。黒の隙間からは眩いばかりの光が降り注ぎ、思わず片目を瞑る。


「最後に一ついいか?」


「なんだ」


「お前以外に刀鍛冶っているのか?」


「いるよ。けど、この話はまた今度だ。さっさと起きろ。待たせてるぞ」


 諸刃の小言や言葉を受け流しながらゆっくりと目を閉じる。そのうちふわっと体が浮き上がるような不思議な感覚に包まれる。

 しばらくするとすうぅぅと意識が薄れて行き、


「あ、起きた。凪おはよう」


 気が付けば目の前に蓮の顔があった。


「ああ、おはよう蓮」


 体を起こし辺りを見渡す。そこは真っ暗な空間ではなく、見慣れた圭地の部屋だった。


「随分と遅い目覚めだな凪!」


 顔を洗っていたのかタオルを片手に持った圭地が洗面所から出て来た。


「もう少しで朝食出来るから凪も顔を洗って来たら?」


「そうする」


 蓮の提案に則り洗面所で顔を洗う。その時、トイレから水が流れる音がし柳が出て来た。


「起きたのか」


「おはよう柳」


「ああ、おはよう」


 柳一緒にリビングに戻ると味噌汁のいい匂いが鼻孔をくすぐりぐぅ~と小さく腹が鳴った。


「ふふっ、ご飯は自分で盛ってね」


 蓮から茶碗を受け取り適当にご飯を盛る。


「「「「いただきます」」」」


 四人一緒に手を合わせ朝食に手を付けて行く。


「そういえば明日休みだけど、凪と柳は何か予定あるか?」


「ちょっと僕にはないみたいに言うのやめてよ」


 蓮の抗議に圭地は笑いながら「悪い悪い」と返す。


「俺は勉強をしようかと思っている」


「じゃあ、暇だな!凪はどうだ?」


「おい」


 柳を無視し圭地は俺に視線を向ける。


「俺も特には何も」


「お前まで」


「そっか!じゃあ、今夜も泊まれるな!」


「もしかして休日中もお泊りか?」


「そのつもりだけど。ダメか?」


 俺は柳と顔を見合わせる。


「とことん付き合ってやる」


 と勝てないと悟ったのか呆れ交じりに柳は言う。


「蓮は良いのか?」


「圭地がいいなら僕は何も言わないよ」


 蓮がそう言うなら、まあ。


「俺もいいよ」


「決まりだな!楽しい休日にしようぜ!」


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