第八節 長老院と王族でない者

リオナが、五百段の階段と悪戦苦闘していたのと時を同じくして、王宮とは別の場所で、密会が行われていた。


そこに集う者達は同じ淡い紫の伝統的な着衣を身にまとい、年齢はかなり上の者達ばかりだった。


「ロワに任せてはおけぬ。あれは、王族ではない。」


重々しく口を開いたその者は、ゴービアンといい、長老達の中で皆をまとめる立場にあり、彼の言葉は長老達にとって絶対だった。


ゴービアンもまた、グランマのように年老いて見えるが、その声は大地を揺るがすかのように低く響き渡り、ロワとはまた違った、他に有無を言わせぬ迫力があった。


「ルリィ様が亡くなられてから、、ロワに従ってきた結果が、これだ。これだから、身分の低い者は信用ならぬ。境界が無くなった今、このベールの国はどうなる?いつまで持つか分かったものではない。


あの戦いで・・、悪意を滅することが出来なかったのは、他ならぬロワ達だ!

その責任をとり、早くリオナ様を戦いの神として!立ててもらわねば困る・・!」


あまりのゴービアンの迫力に、長老達は押し黙っていた。


「あの、、ゴービアン様っ、、失礼致します。

リオナ様は、まだ成人の儀の前では・・? 覚醒はその後かと・・」


一人の長老が控えめに、そう言葉を発したが、途中でゴービアンの鋭い眼光に睨まれ、慌てて言葉を続けるのをやめた。


沈黙が流れる。


「わしに、妙案がある。」


怪しく光る瞳で、ゴービアンはその声量を落とし、長老達にだけ聞こえる声で続けた。


「ゴービアン様・・!それは、、」

長老達はにわかにざわつき始めたが、中央の席で睨みをきかせているゴービアンに、しばらくすると静かになり、それ以上意見する者も出なかった。


「シッダには言うな。あれは、ロワに心酔しておるからの。」


吐き捨てるようにそう言うと、信用できる長老院の数名を引き連れ、ゴービアンは部屋を出て行った。



「本当に、、上手くいきますか?」


先ほど、ゴービアンに意見した長老が、震える声で残った者に聞いた。


「分からぬ、、。

だが、ルリィ様は、この混沌とした世界の、一族の、希望じゃった。その、たった一人の血を引くリオナ様に、、託すしかなかろう。」


外の陽は傾き始めていた。長老達は随分長いことその場にいた事に気づき、一人、また一人とその場から去っていった。



ーーーーーーーーーーーーーーーー


「遅かったのう。」


そう涼しい声でいうグランマに、とても返事が出来る状態ではなかったリオナは、肩で激しく息をして、その場に膝をつき座り込んだ。


連れてきた魔獣が、心配そうにリオナの顔を舐める。一見、猫のようだが、リスのような大きな尾を持つその生き物は、額にも大きな瞳があり、3つの瞳を持っていた。感情で身体の色が変わるようで、リオナを心配している今は、藍色の毛並みをまとっていた。


「ご、ごめんなさい、

わたし、が、、あまかったわ、、!」


やっとの思いでそう言うと、頭上の陽の位置を確認した。真上はとうに過ぎ、陽の光はゆっくりと傾き始めていた。

恐る恐る、グランマの方を見ると、グランマは北の方へ視線を送っていた。


「・・われわれベールの種族は、全てのものを糧として、魔術を操る。その点では、密林で出会ったあの人間より、遥かに戦いでは有利じゃ。」


「グランマ・・!カイルを知っているの?」


リオナは驚き、その青い瞳を見張ってグランマを見た。魔獣もつられて、3つの瞳を見開き、リオナとグランマを交互に見る。


「カイル、と申すのか。あの人間について、わしは詳しくは知らぬが・・。

その話は、また今度にしよう。


リオナ。わしらの魔術の、届かぬ場所があるのを知っておるか?」


「あの、、北の橋ね。お母様の。」


リオナは母親が命を落としたと聞かされていた、その橋を見た。が、陽の光が傾き始め、守護の力が弱まり始めた今は、霧が立ちこめ始めたのか橋の姿を確認することが出来なかった。


「そうじゃ。ある意味あそこは、守護の外側・・辺境よりもずっと、恐ろしい場所じゃろう。

よいか。戦いに身を投じるというのは、そのような場面にも出くわすという事じゃ。決して、己の魔術だけを過信し過ぎてはならぬぞ。」


グランマはそう言うと、3つ目の魔獣の頭を優しく撫でた。すると、それは嬉しそうな声を鳴らし、毛並みをオレンジへと変化させた。


ようやく、呼吸を整えたリオナが立ち上がったとき、


パチン!


ふいに、グランマが指を鳴らした。


眩い光とともに、魔獣が消えた。


「!!」


「あれは、サンという。おぬしの左手に宿らせた。念じれば出てくる。使い魔として、有効に従わせるがよい。」


リオナの手首にうっすらと、消える前にサンが発した毛並みのオレンジ色が浮かび上がった。


「ありがとう、グランマ。大切に育てるわ。」


嬉しそうに左手に触れるリオナに、グランマが魔術を唱えた。


「遅くなりすぎたからのう。今日は送ってやるが、明日からまた、五百段からじゃ。」


「えっ、、!ちょ、」


視界が揺れる中で、ローブの下で不敵に笑うグランマの顔を、リオナは見た気がした。



「リオナ様?どうされました?」


部屋のドアを開けたエリーが、窓辺に座り込み、ぐったりとうなだれるリオナを見て、不思議そうに聞いた。


「何でもないわ・・。」


泣きそうな声でそう応えるリオナに、もうすぐお夕食ですよ、と優しくエリーはいい、部屋を整え始めた。


外の陽は完全に落ち、辺りを静寂が包み始めていた。

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