第七節 陽の下で
「・・違う。」
グランマのぽつりと放った一言と同時に、リオナの両手の中に集めていた大地の魔術がはじけ散った。
それはきらきらとまるで綿雪のように美しく、散り散りとなり2人の上に舞い落ちる。
リオナがよろけて倒れそうになるのを、グランマのしわがれた手が支えた。
いつも霧で覆われている北の棟のすぐ下で、リオナは修行を受けていた。ロワの目を盗んで、短い時間ではあったが、ほぼ毎日グランマのもとへ彼女は通っていた。
「・・うまくできないわ。」
リオナはそう、肩を落とし、落胆の言葉を発したが、諦めずに再び両手を合わせると、グランマがそれを制止した。
「今日はここまでじゃ。これ以上は、危険を伴う。」
「でも・・!私、まだ頑張れるわ!やっとコツが分かってきたもの。」
懇願するように言うリオナの額から、一筋の汗が流れた。グランマにバレたくないのか、必死に呼吸を整えてはいたが、小さく肩で息をしている。
そんなリオナにグランマはきっぱりと言った。
「己の限界が分からぬのなら、もう修行はこれっきりじゃのう。」
「・・!」
リオナは悔しそうに唇を結んでいたが、しばらくの沈黙の後、はい、と小さな声でグランマに答えた。
「では! 魔術無しで、あの棟から魔獣を一頭連れてきて、今日の修行は終わりにしようかの。」
「・・? どの子でも、いいの?」
突然の一言に少し驚いて言うリオナに、グランマは意味ありげな表情を浮かべて頷いた。魔獣達はリオナによく懐いており、魔術で捕まえなくとも連れてくることは、リオナにとって容易いことだった。
リオナは、よし!と言うと階段を登るため魔術をまとい始めた。
が、その瞬間、グランマが素早く右手をリオナにかざし、その魔術を弾き飛ばした。
「あっ、、!」
「聞こえなかったかの?
魔術無し、じゃ。」
「えっ、、!!
あの階段を登るのも!?」
五百段以上ある階段が脳裏をかすめ、うそでしょう、とリオナは青ざめた顔で叫んだが、グランマは無言で、北の棟を指差した。
「魔術力、精神力、そして、体力じゃ。まだ成人の儀を迎えておらぬが、今から鍛えることが重要じゃろ。それ、陽(ひ)が真上に登るまでに、つれて来なさい。」
頭上には、陽の光が今にも真上に差しかかろうとしていた。もうすぐ最も陽の光が強くなる、守護の力が強くなる時間帯になろとしており、辺りの霧も少しずつ薄くなっていた。真っ直ぐにそびえ立つ北の棟の、窓のあるあの部屋も、うっすらとその姿を見せ始めている。
「・・やるわ!グランマ、待ってて!」
リオナは一息大きく呼吸をすると、北の棟の階段を駆け上がり始めた。
人間よりも体力のある種族だが、さすがに、力の限り修行をしたあとの五百段はリオナにもきつく、荒い息をしながら、それでも足を止めることなく登り続けた。
(カイルはーーー・・)
ふいに、リオナの脳裏に、密林で会ったカイルの姿がよぎった。
(彼は、今もあの辺境にいるのかしらーー)
「分かっておるぞ?毎日、盗み見してるのは。」
後ろを振り返りもせずに、グランマはそう言った。
「・・大丈夫なようですね。
王の命で、見張らせてもらっています。くれぐれも、リオナ様に無理はさせないように、お願いしますよ。」
いつからそこにいたのか、グランマから少し離れた木の陰に、シッダがその姿を現した。穏やかな物言いだが、その琥珀色の瞳は鋭くグランマを見つめていた。
「やれやれ。過保護な父親じゃ。」
「あなたに、信用が無いから、じゃないですか?」
シッダはそう言うと、北の棟の更に北にある、かすかに見える古びた橋に目をやった。その橋の入口は厳重に結界が張ってあり、生き物を寄せ付けず、うっそうと木々や草木が生い茂り、まるで別の世界への入口のようだった。
グランマもちらりと橋に目をやったが、すぐに視線をシッダに向けた。2人の視線が合う。
シッダが先に口を開いた。
「グランマ。あなたは・・、
何を隠しているんですか?
何十年もの間、なぜ口を閉ざしているのか?」
グランマの表情は、深く被った黒いローブに覆われて、よく見えない。
そして老女は、シッダの問いに応えることはなかった。
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