第7話(抑え:上坂涼)
私はビルを間近から見上げていた。
「ああ、なんてこと……!」
あまりの異常事態に喉が詰まって、息を上手にすることが出来ない。
「きゃああああ!」
「くそおおお!」
「たすけてぇ!!」
私が務めていた会社は超巨大植物に占拠されていた。極太のツルが無数にうごめき、ビルのあちこちの窓ガラスを貫いていく。まるで快適な状態になるまで自分の寝床を整えているかのようだ。
「ギュワァァァァ!!!」
超巨大植物が叫び声をあげた。数百――いや、数千はあろうかというほどの様々な大きさのツルが触手のように四方八方へ突き進み、社内にいる人間、ビルを囲むように集まった野次馬達を捕らえていく。
「ひぃぃいいいぃ!」
「や、やめてくれぇぇえ! 俺は高所恐怖症なんだああ!!」
「サンダルのバカヤロォォー!!」
「クビにしてやりゅぅうう! クビにしてやりゅぞぉぉお! ボケナァァァス!!」
……中には聞き覚えのある声もちらほら。
じっくり観察していると、驚くべきことに超巨大植物には敵意がないようだった。子供が興奮しすぎて手の付けられない状態になっているだけというかなんというか。はしゃぎ倒して、人間をおもちゃにしているだけというか。
……まあ、”だけ”という表現は不適切か。ほんの弾みでどこかに身体をぶつけてしまったらジ・エンドだ。超巨大植物にとっては大したことなくても、人間にとっては致命傷だということを理解してくれていれば良いんだけど。
とりあえず髪の毛一本一本に人間という髪飾りをつけて、全身全霊ではしゃぐ子供みたいになっているこの超巨大植物のことは、キング・ギュワちゃんと呼ぶことにしよう。
今のところ、血しぶきが飛んでいる様子はない。もしかするとまだ誰も死んでいないまであるかもしれない。事態はまだそこまで悪くなっていないと言える。
「う、うわああああ!?」
「お、応援求む! 応援もとむぅぅぅ!!!」
「ぎぃぃぃやぁぁぁ!!」
「ギュワァァァァ!!!」
……人間が現在進行形でどんどん捕まって、高い高いされる犠牲者が増えていくことを良しとするならばだけど。
その時、私の視界におぼつかない足取りの人が入ってきた。その後ろ姿と着ている服ですぐに誰か察する。
「――高柳さん!?」
「くくく……。ようやくだ。ようやくだよぉ。なあ、そうだろう? 間森……間森……間森ッ!!」
「た、高柳さん?」
明らかに様子がおかしかった。何故か私のにっくきクソ部長と同性の名字を狂ったように連呼している。
「そぉら。マイビッグフレンド。おいしーいおやつを持ってきたんだ。食べるだろう?」
高柳さんが懐から取り出した何かを天高く掲げる。その何かが陽光を反射してキラリと光った。
――瞬間。私の中で一つの憶測が電流のように駆け抜け、一つの結論へと至った。
高柳さんは大量のカミトチデシンを仕入れていた。ダークウェブ経由にも関わらず、間森部長が仕入れるカミトチデシンの量は常に安定していた。高柳さんが間森という名字を口にし続けている。高柳さんはこんな異常事態にも関わらず、恐れることなくキング・ギュワちゃんに近づいていき、何かを与えようとしている。
以上のことから結び付く、最も可能性の高い答え。
”高柳さんはキング・ギュワちゃんを利用して、間森を殺そうとしている”。
「高柳さん! ダメッ!」
「ギュワァァァァ!!」
「ははははっ! そうだ! それでいい!」
ああっ! 間に合わない! あのツル、なんて速度なの!? このままじゃ!
「征け! 細道丸! 十六号!」
一瞬で皆既日食が起きたのではないか。そう錯覚せざるを得なかった。あっという間に影が私を呑み込んだからだ。
見上げてみれば、なんか知らんけど、正面上空で十トントラックサイズのマグロが飛翔していた。
「ウォオオオオン!」
巨大マグロは低く唸るような叫び声をあげて、迫り来るツルを遮る壁となった。
「ギュワァァァァン!!!」
珍しいおもちゃが飛んでやってきたと思ったのか、今までよりちょっとだけ高い声を上げたキング・ギュワちゃんは高柳から目標を変えて、巨大マグロをガッシリと捕らえた。
「ウォオオオオン!」
巨大マグロは激しく身をよじって暴れ始める。あまりにも激しいからか、絡みつこうしているツタが解かれてしまう。それならばとキング・ギュワちゃんから伸びるツタがどんどん巨大マグロに集まっていく。
「ふふふ。マグロは大海原を休むことなく縦横無尽に泳ぎ続ける! この比類無きパワーを思い知れ!」
「奥野……君?」
私の隣に立ち並んだのは奥野君だった。その手にはマグロ革命と書かれた袋が握られている。きっとカミトチデシンと同じで、ゴッドパウダーの副産物なんだろうなあ……あれ。ということで間違いなくあの巨大マグロも奥野君の産物だろう。
「くそぉ! こっちだ! こっちだぁ!!」
事態を把握した様子の高柳さんが、巨大マグロを大きく回り込むようにして猛ダッシュし、再びキング・ギュワちゃんから自身の姿が見えるところまで辿りついていた。なんという脚力。普段の見た目と態度からは予想も出来ないほどの身体能力だ。
「お、奥野君! どうしよう! このままじゃマズイよ! あんたのマグロもツルでグルグル巻きにされちゃって蓮の葉蒸しみたいな見た目になっちゃってるし!」
「大丈夫です」
「……え?」
焦った私の言葉を聞いても、奥野君は微動だにしなかった。ただひたすらに真っ直ぐと高柳を見つめるのみだ。
「ギュワァァァァ!!」
キング・ギュワちゃんのツタが無数に高柳さんへと突き進む。
「もうだめぇ!」
私は頭を抱えて身体を折った。
「……あれ?」
ツタが巻き戻るあの鋭い音が一向にしてこない。ゆっくりと顔を上げてみる。
「……!」
目の前には驚くべき光景が広がっていた。高柳さんを迫り来るツルから守るように、巨大な食虫植物たちが盾となっている!
「お、お前たち……」
「高柳さん! 貴方が過去にどんな恨みを抱いたのかは知りません!」
奥野くんが両手をメガホン代わりにして大声で高柳さんに語りかける。お願い! 伝わって!
「けれどね、今の貴方たちにはその子たちがいるでしょう!? 貴方の危険を知らせたら、その子たちは真っ先にカミトチデシンを大量摂取したんですよ! もちろん巨大化して貴方を助けるためにっ! ちょっと時間がかかりそうだったんで、俺と細道丸で先に駆けつけましたけどね!」
高柳さんは急に身体から力が抜けたかのように、その場に尻餅をついた。
「……ちくしょう、ちくしょう」
「ギギャー」
声で分かる。ハエトリソウのギギャーくんだ。彼が高柳さんの頬に頭を優しく擦り付けた時、全ては決したのだと確信した。
「高柳さん! 貴方、その子達に愛されてますね! それはきっと貴方から愛を沢山もらったからなんでしょうね」
なぜなら、高柳さんが肩を振るわせてギギャーくんにされるがままになっていたからだ。
あれから一ヶ月が経った。
私が務めていた会社は、事件の後すぐに倒産した。理由は知りたくもない。まあ十中八九、想像の通りだとは思う。なんにせよ目先の利益に突っ走って、倫理的に終わっていたあの会社から解放されたのだから結果オーライである。
あと、あの事件による死傷者が出なかったことも喜ばしい点だった。間森部長だけ行方不明だけど。
キング・ギュワちゃんは、冷静さを取り戻した高柳さんの手によってミニ・ギュワちゃんとなり、高柳さんに保護されることとなった。世間的な対応については、なんか知らんけどパパパッと収まった。あの瞬間を録画した映像も今では一切出てこない。これも十中八九、想像の通りだろう。組織力ヤバすぎ。
そして今回、この大事件が起こるように裏で糸を引いていた高柳さんについて。彼が暴走したキッカケは幼少期にあった。
あまりにも悲しい話なので簡潔に言うが、小太郎という名前を付けて可愛がっていた飼い犬のゴールデンレトリバーが、あるとき山で死んでいるのを見つけてしまったのだという。後に、間森部長が殺したという事実を知り、復讐を誓ったという。
要するに、全ての発端は間森部長だったというわけ。行方不明になってしかるべきヤツだったのよ。確実に地獄に堕ちるね、ヤツは。
で、私が今どう過ごしているかというと……。
「いらっしゃいませぇー! こちら新商品のアセクサクナーイでーす!」
「キュワ」
高柳さんが経営する食虫植物専門店『ローウィー』の隣。ちょうど空いていた貸家を買い取って、私は美容品専門店を開業したのだった。
看板娘はもちろんキュワちゃん。お客さんには高性能AIロボットだと言いふらしている。キュワちゃんとも打ち合わせ済みで、お客さんがいる時は、ロボットらしく振る舞うようにしてもらっている。
「ありがとうございましたー!」
本日最後のお客さんがお店を後にした。
「ふぅー! 疲れた! キュワちゃんもお疲れさま!」
「キュ……ワァー!」
ぐぐぐっと背伸びするような仕草をするキュワちゃんの頭を優しく撫でていると、ドアベルが鳴り響いた。
「あ、えっと! 今日はもう店じま――」
言葉を途中で呑み込む。なぜなら。
「やぁ子さん! 緊急招集です! 高柳さんも既にバックヤードで待機中ですよ」
「わかった! 行こ、キュワちゃん」
「キュワ!」
私の前に現れたのは友人であり同僚。奥野細道だったのだから。
秘密組織アポストリーズ。キュワちゃんと一緒に暮らすための条件は、組織の一員になってゴッドパウダーの開発に貢献するということだった。まあ当然っちゃ当然だ。
色々と自身を取り巻く環境が変わってしまった今だけど。ただ一つ、ハッキリと言えることがある。
私は今、とても楽しい。
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