第2話(先発:菅部享天楽)
「ですから、私は反対です」
昼食を取り、じわじわと眠気が襲ってくるころ、マーシュマロウのオフィスの会議室で新商品開発について話し合いが行われた。
「確認しますけど、カミトチデシンってここ最近見つかった成分ですよね?」
カミトチデシン――半年ほど前に見つかった新しい成分で美肌、保湿に効果があるとされている。しかし、この成分は殆どの事が分かっていない。そのせいか公にはまだその存在を公表しておらず、導入している企業もない。
「しかし、美肌と保湿に効果があると研究結果はあるのだろう?」
商品開発部の間森部長が言った。
「ですけど、そのメカニズムは不明です。もしも、人体に悪影響が出たらいかがされるんですか?」
「三本野君。そうは言っても、他社が導入してからでは遅いんだよ。うちはただでさえ小さい。大量に生産ができないから、他社と同時に導入したら競り負ける」
「それはそうですけど……」
新商品の会議が始まったのはちょうど一週間前になる。それよりも前から商品開発の話題は出ていたため、それ自体には驚きはなかった。
しかし、蓋を開けてみると、何だかよく分からないものを使うということになっており、全員がそれに納得しようとしている。
いやいや、さすがにそれは駄目じゃない? と思いひたすら反対をし続けている。会議は平行線を辿り、現在に至る。そして、今日も進展がなくこの会議は終わった。
※ ※ ※
仕事から帰り、コンビニで買った弁当と鞄をテーブルに置き、上着を椅子にかけてベッドに横になった。少し体を休めたところで、体勢は変えずに部屋全体を見渡した。出しっぱなしの掃除機、パソコンデスクに散らかっているボールペンやノートに本、テレビのリモコンは行方不明。まあ、いつか見つかるでしょ。
汚い部屋だ! と罵られる程ではないけれど、私の部屋は決して綺麗とは言えない。会社の人が見たら驚くだろうな……。会社のデスクは常に整理整頓されているため、部屋もさぞかし綺麗だろうと会社で噂されているのだ。本当に勘弁してほしい。人目につく所くらいは綺麗にするし、その方が仕事の効率も上がる。一応、勘違いをしてほしくないので述べておくが、私は私生活がだらしないのではない。オン・オフがはっきりしているのである。……とは言いつつも、このままでいいとは断じて思わない。ただ改善しようという意志はある。
しかし、これが中々難しい。遅くまで働いて疲れて帰ったら、ご飯を食べて風呂入ってすぐ寝たい。片づける気力なんてない。そうして物が散乱し始めて、さらに整理整頓が億劫になる。
部屋を片づけてくれる人がほしい。いや、そこまでしなくても部屋に遊びに来てくれるような人がほしい。そういう人がいれば、否が応でも片づけるようになる。かと言ってしょっちゅう友人を呼ぶのは何か気が引ける。できればずっと家にいてくれるような……。
彼氏かなあ……。
今までは仕事が楽しいから、今度でいいかなあと後回しにしていた。というか、幼少期から二人の兄から「三本の矢」といじられて育ったので少しだけ男性が苦手だ。お陰様で恋愛経験0。そして私はこう考えるようになった。「矢は一本でいい」と。しかし、もう私も28歳。そろそろ結婚を考えなければならない。
いい人に出会えないかなあ。
結婚について考えてみたけれど、結局何も浮かばずにベッドから起き上がった。
※ ※ ※
「それで、俺の所に来たんですか?」
奥野商店の閉店後、チェスをしながら、奥野君に相談してみた。別に相談しようと思って来たわけではないけれど、仕事で悩んでいるという話から癒しがほしいという話になり、恋人の話となった。
「いや、そういうわけじゃないけれど。元は関係ないことしゃべってたんじゃん」
「あれ、そうでしたっけ?。ええと。ああ、思い出しました。元は仕事の話をしていましたね」
「まあ、そういったところ」
私は白のルークを三マス前進させてそう言った。ボードゲーム中は戦略を練りながらしゃべるため話題が分からなくなることもしばしばある。
「同年代の同好会RINEに『彼氏募集してます!』って送ってみたらどうですか?」
「私は割と真面目に悩んでるんだけど」
「冗談ですよ。職場にいい人はいないんですか?」
「いない」
「街コンとか婚活パーティーとかはどうですか?」
「それはいや」
「マッチングアプリとか」
「絶対いや」
「ほんとに恋愛する気あります?」
奥野君は溜息をついてそっぽを向いた。頬杖をついて口を噤む。暫く外を眺めてぽつりとこう呟いた。
「ボードゲーム以外の趣味はありますか?」
「とくには……」
「ボードゲームカフェが近くにあれば、同じ趣味を持つ者同士、なんてことがあったかもしれませんね。どこかのコミュニティに参加するのも方法の一つです」
奥野君は盤面に視線を移した。黒のポーンを一マス動かして「ああ、そうだ」と言ってこう言葉を続けた。
「新しく趣味を作ればいいじゃないですか」
「ええ、新しく趣味をやるの?」
「ええ、そうですよ。『私、初心者でよく分からないんですう~。なので良かったら教えてくださいよお』っていう感じできっかけもできますし」
「私、そんな気持ちの悪いしゃべり方したことないよね?」
奥野君が語尾を間の抜けた調子で言ったのでそう言い返した。
とは言えども、奥野君の言うことも最もである。しかし……
「新しく趣味をって言われても何をやればいいのよ……」
「え、あるじゃないですか」
奥野君は窓を指さした。私はその先を見つめる。が、奥野君が何を示しているか全く分からない。
「え、な、何があるの?」
「ローウィー」
奥野君はにっこり笑う。
「いやいや! 食虫植物を育てろって言うの!? 無理無理!」
「大丈夫ですよ」
奥野君はにっこりとしたまま言葉を繋げる。
「やぁ子先輩ならできますよ」
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