第36話 四次元の動く牢獄

「それがわかった日からお前だけを探していたよ。ようやく見つけて待ち伏せまでしたのに簡単に返り討ちにあって、しかも復讐したかったはずの闇魔法使いは、そんなに悪い奴でもなくて」


 透輝の声は少しずつ小さくなっていく。こっちまで恥ずかしくなってくる。透輝はポケットに髪留めを戻す。そして、いつもの涼やかな表情に戻ると、小さく息を吐いた。


「―—烈風れっぷうの翼よ羽ばたけ、白刃の一筋。光纏イシ白蓮ノ翼ホワイトロータスクレイヴァー!」


 俺の邪血吼穿刃ブラッディ・ファングと同じ、薙ぎ払う刃のような攻撃魔法。しかしその形はきらめく白い翼が羽ばたくような俺とは真逆のものだった。


「ってか不意打ちかよっ!」


 いい話だと思って聞いていたってのに。障壁魔法をとっさに展開する。しかし、透輝の魔法の狙いは俺ではなく、俺と瑠璃を分断していた牢屋の壁だった。格子ごと切り裂かれた牢屋はもはや機能していない。


「だから、私は瑠璃のついでにお前も助けることにしたよ」


 ようやく透輝は笑顔を見せて、俺を見た。


「ビビったじゃねえか。先に言えよ」

「私の復讐さ。かわいいものだったろう? さ、早く逃げよう」


 透輝は瑠璃の手をとって引き上げる。光の翼を纏って助けにきた王子か。俺とは正反対だな、なんてのは瑠璃の厨二病が移ったのだろうか。


「いいのか? こんなことしたら四秀家でも立場は危うくなるぞ」

「わかってるさ。そんなことは助けた後に考える」


 本当にヒーローみたいなことを言いやがる。瑠璃も俺なんかに憧れず、こういうのに憧れとけばいいのにな。そう思ったが口に出さずに透輝に続いていく。


「次元牢ってのは場所も入り方もごく一部の魔法警察にしか知らされてないって聞いたぞ」

「そうさ、私も知らなかったよ。こんなところにあるなんて」


 透輝は走りながら他人事のように言った。次元牢はまるで正方形で区切られた空間がいくつも繋がっているかのような不思議な構造をしている。まっすぐ行っても曲がっても同じような光景が続いていて、どっちが出口かなんてわかりそうもない。


「ちょっと待て。じゃあ今どこに向かって走ってるんだ?」

「さぁね。だいたい定期的に魔法で構造を変えているから簡単には出られないらしいからね」


 時間ごとに空間を移動する四次元の構造を持つ牢獄。なるほど次元牢の名前がよく似合うな。


「すごいですね。魔法はこういうものも作れるんですか」

「火狐派の聖魔法使いを全員集めて作ったらしいよ。次元牢の噂は昔からあったけど、闇魔法使いたちの嘘だと思ってた。まさか本当にあるなんてね」


「清水寺より珍しいものを見てしまいましたね。よい社会学習になります」

「お前ら、楽しそうだな」


 一応俺は死刑を待つしかない状態から逃げているところなんだが。命に代えても瑠璃を逃がしてやると誓った心に嘘はない。ただまるで修学旅行の続きのような雰囲気にはついていけない。


「いたぞー!」


 十字路にさしかかったとき、品のない声が聞こえる。そちらに視線をやると、何度か見たスーツ姿が何人もこちらに走ってくるのが見えた。


「魔法警察か。どいつもこいつも同じような格好で見分けがつかないな」

「モブはモブらしく倒れてもらおうか。光纏イシ白蓮ノ翼ホワイトロータスクレイヴァー!」


 俺が詠唱を始める前に透輝が魔法警察の集団を魔法一閃で切り払った。


「おいおい、お前が倒していいのかよ」

「私は極悪闇魔法使いに脅されてしかたなく魔法警察の相手をさせられているんだ。味方を自分の手で倒さなきゃならないなんて、私はなんてかわいそうなんだろう」

「ふん、好きにしろ。殺さないなら文句は言わねえ」


 透輝はわざとらしく涙を拭く演技をしながら、俺に向かって小さく舌を出した。その言い訳がどこまで通用するのかは知らないが、俺に押しつける分には構わない。


 時々やってくる魔法警察たちを倒しながら、思いつきで通路をまっすぐ行ったり左右に曲がったりと進んでいくが、一向に出口は見えてこない。


「おい、ただ走っててもいつまでも出口なんてつかないぞ」

「二人の牢屋まで割とすんなり行けたから大丈夫だと思ったんだけどなぁ」


「脱獄者に対するネズミ返しの魔法がかかっているのか?」

「行きはよいよい、帰りは恐いというものですね。授業で聞きました」


 一定の地点に達すると別の場所に転移させる設置型の転移魔法なら、外に出ようとする俺たちのような脱獄者を狙って閉じ込めることができる。そういうものにも魔力の残り香が残るはずだが、ここはあらゆるものが聖魔法でコーティングされているから、聖魔法で設置されると見分けがつかない。


「とにかくいったん立ち止まって策を練った方がいい。魔法だって無限じゃない。魔法使いとして戦うなら、常に冷静に策を巡らすことを覚えろ」


「さっきまで一緒に走ってたじゃないか」

「お前がそれなりに確信があると思ってたんだよ」


 もう十五分は走りっぱなしだ。体力にはそれなりに自信があるが、さすがに額に汗も浮かび始めていた。その間の景色はまったく変わっていない。十字に走る通路の両脇に等間隔で牢屋が設置されているだけ。碁盤のように精密だが、ときどき捕まったらしい犯罪者が入っているので、まったく同じ場所をぐるぐる走らされているわけでもなさそうだ。


「そういえば、俺たちのところにはすんなり来れたって言ってたよな? どうやったんだ?」


「どうやったも何も。受付があって、瑠璃と君に面会するように適当な理由をつけて言ったんだ。それでなんとなく歩いていたら特に迷うことなく着いたよ」


 妙な話だ。こんなどこも同じような光景が続く次元牢で、初めて入った人間が迷わないなんてありえない。何か仕掛けがあるはずだ。

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