第27話 瑠璃と琥珀

 水原家の外門の前に立っていた瑠璃が、俺の姿を見つけると同時に飼い犬みたいに駆け寄ってくる。


「ダン、無事でしたか! イヴから相手は大変な闇魔法使いと聞きましたよ」

「襲う気がなかったみたいだから大丈夫だ。水原家相手にいきなりケンカを売るようなバカじゃなかったさ」

「さすがはボクの眷属です。でも危険なことをしてはいけません。安全第一、健康第一ですよ」


 瑠璃は人差し指を俺に突きつけながら叱りつける。はいはい、と聞き流しながら中に入ると、珍しく天河が玄関先に立っていた。瑠璃が覚醒してからは俺に何も言わなかったくせに。


「無事か」

「知り合いだったからな。俺は依頼人が契約を破らない限り傷つけない。そこは無料サービスでついてるんでな」

「まだ依頼は終わっていない。途中でくたばるな」


 言いたいことだけ言って、天河は自分の書斎へ戻っていく。一番何を考えているのかわからないのは奴かもしれない。瑠璃への態度を見ていると、魔法警察にバラす可能性が一番高いのは意外と天河かもしれないな。


「大変だったみたいだね。瑠璃を守ってくれてありがとう」


 天河を見送ると、入れ違いに琥珀が階段を降りて声をかけた。まだ高三の五月だというのに、進学先も決まっているという話で、悠々とした最後の高校生活を楽しんでいる。


「琥珀。そういえばスマホは買えたのか?」

「あぁ、バッチリ。最新機種にする言い訳が立ってよかったよ。ただちょっと気になることがあってね」

「気になること?」


 琥珀は瑠璃が部屋に戻ったのを目で追ってから、俺に近付くと、ささやくような小さな声で聞く。


「透輝と仲良くなったらしいじゃないか」

「え? あぁ、パーティの日に少し話したくらいだけど」


 やはり何か透輝が漏らしたのか? だとしたらイヴの耳にも何か入っていてもおかしくないのに。あいつ肝心なところで抜けているからな。


 琥珀なりに探りを入れてくるつもりか。答えに詰まらないように嘘を頭の中ででっちあげる。


「アレはやめておいた方がいいぞ」

「やめておく、って何を?」


「透輝だよ。一人娘だから普段は猫を被ってるけど、あいつはめちゃくちゃ気性が荒いんだ。見た目はいいから、僕の友達も何人か告りにいったんだけどボロボロにされて帰ってきたよ」


 そのくらいなら軽いものだろ、と思いながらも口には出さずに琥珀の話を聞く。こっちは今でもいつか殺すと宣言された状態だ。


「その透輝がこの間、一緒に携帯ショップに行ったらやけに君のことを聞いてきたんだ。男なんて全然興味なさそうな透輝が、だよ? あれは君に気があると見たね。もちろん君にその気があるなら止めはしないけど。第一印象で付き合うと痛い目を見ると思ってさ。幼馴染からの忠告だよ」


「別に俺とあいつはそんなんじゃない」

「そうなのか? 少なくとも透輝はそうだと思うんだけどなぁ」


 この兄妹は揃って恋愛脳すぎる。そのくせまったく的外れなところもよく似ている。ちょっと男と話しただけで毎回こんなにいろいろ言われるなら、透輝に少し同情してやりたくなった。


 そういえば、琥珀は短期留学に行っていたが、別に瑠璃を覚醒させるために必要なのは闇魔法の影響。琥珀が近くにいる必要はない。


 闇魔法使いとの繋がりがあれば、琥珀なら瑠璃の近くに闇魔法使いを手引きしたり、この強固な結界の張られた敷地の中にも入りこませることができる。


 考えてみれば、瑠璃が闇魔法に覚醒して得をするのは別に闇魔法使いだけじゃない。こんな名家なら跡目争いで瑠璃を蹴落としたかった、なんて理由も思いつく。


「まぁいいさ。あまり人の恋路に土足で踏み入るものじゃない。ただ、透輝が本気だったら、どちらであれ答えはごまかさずに本気で答えてあげてくれ。あれでも大切な幼馴染なんだ」


 いや、それはないな。こんな聖人と重度の厨二病患者じゃ、真正面から正々堂々戦っても瑠璃に勝ち目はない。


「どうしたんだ?」

「いや、なんでもない。琥珀は瑠璃の覚醒は知っているんだよな?」


「あぁ。兆候はあったからね。僕とイヴで瑠璃の身辺を調査もした。でも何も見つからなかった。相手は相当な実力者か、本当に瑠璃の運が悪かっただけなのか」


 琥珀は肩を落として夜の冷たい空気を吸い込んだ。肺に溜まった思いは言葉にならず、ただため息となって夜の闇に溶けていった。


「君はどう思っている?」

「俺の意見なんて参考になるか? 魔法界に身を置いていても、俺はちょっと体術が得意なだけの非魔法使いだ」


 琥珀は俺が闇魔法使いであることを知らない。透輝が伝えていないのだから間違いない。俺は魔法使いにはできない方法での護衛兼使用人で、魔法の問題はイヴが解決していることになっているはずだ。


「ここに来たのは最近だけど、瑠璃もイヴも君にはよく懐いている。僕の知らないことにもしかしたら気付いているんじゃないかってね」


 琥珀の言葉には少し引っかかるところがあった。瑠璃と違って聡明な四秀家の跡取りだ。俺が琥珀を疑ったように、なかなか覚醒しなかった瑠璃が俺が来た途端に覚醒したことを疑っていてもおかしくない。実際、最後の一押しは俺のせいかもしれないし。


「俺は、やはり誰かが闇魔法に覚醒するようにしかけたんだと思っている。たとえば、瑠璃は過去に誘拐されたことが未遂も含めて何度かあるんだろう。そのときに闇魔法の覚醒を促す魔法をかけられたとか」


「それなら僕はともかく父が気付いていそうなものだけどな」


「それもそうか。しょせんは素人考えだ。忘れてくれ。ただ、短い期間だが瑠璃を見ている限り、あいつは真面目でまっすぐな奴だ。自然に闇魔法に覚醒するような悪意なんて少しも感じない。そこは信じてやっていいと思う」


「そうか、ありがとう」


 琥珀は俺の背中を強く叩く。空と同じように暗くなっていた気持ちが少し軽くなった。


「やはり君を雇った父の判断は正しかったようだね。僕も人を見る目を養わないといけないな」


 琥珀は少しぎこちなくウインクをすると、ひらひらと手を振って屋敷の中に戻っていった。


「やっぱり俺を疑っていやがったな」


 今のは謝罪の気持ちってことか。誤解、正確には半分本当なんだが、俺が瑠璃を覚醒させようとしていた犯人ではないことはわかってもらえたようだ。

 結局、犯人は未だに誰かわからない。


「ただいま」


 だが、やるべきことはずっと変わっていない。誰もいない玄関に帰りを告げて俺も屋敷の中に入った。

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