闇魔法と演出家の仕事

何も変わらない非日常

第12話 名家のボクが闇魔法に覚醒するはずがない

 騒動後のパーティ会場はすっかり冷え切ってしまったようで前倒しで切り上げとなった。


 瑠璃と琥珀も自室に戻っていて、残っているのは片付けをする俺とイヴ。そして瑠璃が立っていた場所をじっと見つめ続ける天河だけだ。


「さっきのは、俺の魔法じゃないぞ」


 手を止めず顔も見ないまま、俺は天河に事実を告げる。


「わかっている」


 天河は怒るでも悲しむでもなく、淡々とした声で答えた。

 自分の子どもが闇魔法に覚醒した。俺の両親だって覚醒した日は一日中涙を流して俺を抱きしめながら魔法を封じるように俺を説得してくれた。それなのに天河はどうだ。瑠璃に会いに行くでもなく、動かないままだ。


「これからどうするつもりだ?」

「これも運命だ。この先を決めるのは運命に選ばれた瑠璃が決めることだ」

「ふざけるな! それが親の言葉か⁉︎」

「ダン! 黙って手伝え」


 言葉を荒げた俺をイヴが制する。天河は何も答えない。俺の顔を一瞥いちべつしただけで部屋から出て行った。サングラスの奥の瞳からも奴の考えは少しも見えてこない。いったい何を考えてやがるんだ。


「天河様も自分の娘が闇魔法使いになったんだ。考えたいことだってあるだろう」

「それにしたって瑠璃に何て言うつもりなんだ」


 俺の親は魔法を封じると泣きながら説得していた。それでも俺は魔法を捨てられなかった。魔法界で生きてきた人間にとって、魔法を失うことは手足を切られるような痛みを伴うほどのものだ。

 能天気な瑠璃でもその事実を簡単に受け止められるものじゃない。


「そういえばあの透輝って奴は何者なんだ?」

「透輝様に会ったのか? あの方は風祭家の一人娘で、琥珀様と仲良くしていただいていて次期当主としては頼もしい限りだ」

「風祭家の娘?」


 あれ、女だったのか。雰囲気から男とばかり思っていた。それなら瑠璃と距離が近いのもうなずける。


 しかし四秀家の娘がどうして俺のことを知っている? 水原家だって名前は聞いていたが俺程度の賞金首を追ってくることはなかった。まして風祭家の大事な跡取りが闇魔法使いを狩るのにでしゃばる理由はない。


「おい、手を止めるな。今日は私がなんとかごまかしてやったんだぞ。疲れているんだから早く片付けて休むぞ」

「あぁ、そうだったな」


 イヴに急かされて会場の片づけを済ませた俺は、気になって瑠璃の部屋を訪ねることにした。


 瑠璃の部屋の前に立つ。ドアをノックをしても返事は返ってこなかった。当然だ。魔法使いは誰もが闇魔法使いの扱いを知っている。今まで迫害すべきと教えられてきたものに自分がなるという事実は簡単に受け入れられるものじゃない。


 沈んでいるかもしれない。そういう気持ちは天河よりもイヴよりも俺が一番わかってやれる。


「入るぞ」


 答えのないままドアを開ける。真っ暗な部屋の中はベッドに小さくスマホの画面の明かりが差しているだけだった。


 照明をつけると、ベッドの中に入っていた瑠璃の手元から布団の中に何かが隠される。まさか逃げ出す計画でも立てているんじゃないだろうか。もしそうなら俺が協力してやるつもりだった。


「大丈夫か?」

「だ、大丈夫です。何も心配いりません。何も隠してません!」

「別に怒るつもりはない。ちょっと見せてみろ」


 この屋敷から逃げ出すのは簡単じゃない。内部からの方が結界は破壊しやすいとはいえ、瑠璃一人じゃそれすらも叶わない。


 布団を勢いよくひっぺがす。するとその下には瑠璃のジャージ姿と瑠璃の好物であるコーンポタージュ味のスナック菓子の袋が見えた。こっちは胃に穴が開いてもおかしくないほど心配してるっていうのに、呆れて声も出ない。


「また隠れて食べてやがったな。バレると俺も怒られるんだぞ!」

「いいじゃないですか! 今日は肩肘の張った会で心が疲れているんです。これは癒しのために必要なんです」

「あのなぁ」


 そこまで言って言葉を止めた。瑠璃にとってスナックは現実逃避に必要なアイテムなのかもしれない。金持ちから最も遠い場所にありそうな百円に満たない菓子を食べることで自分が水原家の娘だと忘れられるのか。


「これからどうするんだ?」

「これから? 明日は休みですけど夜更かししていいんですか?」

「そうじゃなくて。闇魔法使いとして覚醒してしまったからには選ばなきゃならないだろ」


 俺の言葉を聞いても、瑠璃はピンときていないという表情で頭の上に疑問符を並べている。


「闇魔法? パーティのときのですか? 何を言っているんですか。あれはボクの闇の力です。ボクは水原家の娘ですよ? 闇魔法に覚醒するなんてあるわけないじゃないですか」


 瑠璃は俺の深刻な話を冗談のように笑い飛ばす。その顔には嘘も演技も含まれてはいなかった。こいつ、本当に気づいていないのか、自分が闇魔法使いになったことに。


「あぁ。そうだよな」


 俺は瑠璃に話を合わせるように同意した。本人が気付いていないならまだ発覚を先延ばしにする方法はある。


 瑠璃が闇魔法を使ってしまったら、それを覆い隠すように俺がをする。そうすれば残り香は上書きされて瑠璃の魔法の痕跡は残らない。瑠璃を闇魔法使いに仕立て上げようとしている奴がいるという言い訳が立つ。


 闇魔法に覚醒した以上、その先は魔法を使っても使わなくても不幸な道しか残っていない。だったら、少しでもそれを先延ばしにしてやりたかった。


「ダン。ちょっとここに座ってみてくれませんか?」


 俺の決意なんてまったく知らないように瑠璃は口の端にスナック菓子のクズをつけたまま言った。じっと俺の顔を見つめて何か考えているようだったが。


「どうしたんだ、急に」

「いいですから、早く」


 瑠璃がベッドの端を叩く。言われるままにベッドの端に腰掛けると、膝の上に瑠璃が座ってきた。


「やっぱり。なんだかダンは初めて見たときから落ち着くような気がするんです」


 そんなことを言いながら、瑠璃が体をもたれてくる。髪から甘いアロマの香りが鼻に入ってくる。


 中学生のガキ、それも色気という言葉の正反対にいる瑠璃相手に何もないんだが、この無防備さは不安になる。


「どこかでボクと会ったことがありますか?」

「いや、ないと思うが」


 透輝もそうだが、四秀家が自分たちの子どもを賞金首のいそうな場所にノコノコつれてくるわけがない。それなのに俺のことをどうして知っているような口振りをしているのか。俺にはまったく覚えがなかった。


「うーん。いつも見守ってくれているような番犬みたいな感じがするんです。さすがボクの眷属ですね。でもダンだったら特別にボクの守護者として、瑠璃と呼んでもいいですよ」


 勘が鋭いんだか鋭くないんだか。俺が護衛と演出のために毎日瑠璃の後をつけていることを瑠璃は知らないはずなのに。


「とにかくあまり周りに迷惑かけないようにな。闇の力ってのも考えなしに使うなよ。って」


 小言を言ってやろうと思ったら、膝の上の瑠璃から小さな寝息が聞こえてくる。こっちはお前のためにどれだけ気を揉んでいると思っているのか。そんなことを知らずに、あとどのくらいの間生きていけるのか。


「今くらいは安心して寝てるといい」


 俺にできることはまだある。この寝顔を何日守れるか。これはなんでも屋が依頼も受けずに勝手にやってるだけのことだ。

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