上着のボタンを一つ一つ取って、衣服を脱いでいったのです。

「……えっ?」

 この人は何を言っているのでありましょうか。


 いくら周りに居るのが血縁者だらけといってもほとんど他人と代わりありませんし、遺言状を持って来た紳士だって居るのです。

 それなのに──。


「おい、どうした? 俺が引き取ってやるって……。ただし、裸になれたらだがな」

 カールはニヤニヤしながら口元をゆがめておりました。


 人様ひとさまの前で服を脱ぐような趣味は当然私にはありませんので、私は困ってしまいました。


 カールはどういった意図があって、そんな破廉恥はれんちなことを提案してきたのでしょうか。

 いくらそれが必要なことであろうとも、おいそれとそれを実行する気にはなれませんでした。


 私がしぶっていると、カールは我が意を得たりとばかりに笑い出しました。むしろ、私がその提案を受けないことを、喜んでいるようでありました。

 カールは私に指をさし、満面の笑みを浮かべながら紳士に顔を向けました。

「おい、俺は引き受けてやるって言ってるのに、コイツの方が乗って来ないぞ! これなら、放棄ほうきしたことにはならねーだろう!?」

──はなから、カールの狙いはこれであったのでしょう。いきなり無理難題を押し付けて、私が断る様に仕向けたのであります。

 まるで、自分に責任はない。すべて私が悪い──とでも言いたげです。

 なんと小賢こざかしいのでしょう。私はこのカールという男に対して、さらに嫌悪感けんおかんを抱いたのでありました。


 私の冷やかな視線に、カールはあきれた様に肩をすくめました。

「おい! だったら、脱ぐのか? ……まぁ、誰も見たくはねぇと思うがな」

 小馬鹿にした態度でカールはなんとも失礼なことを言ってきました。


 私は怒りで肩をワナワナと震わせたものですが──どうすることも出来ません。湧き上がってくるものを抑えることで精一杯でした。


 そんな私たちのやり取りを見て、紳士は少し困った顔になってお爺様の遺言状を見返していました。

「……そうですねぇ……。確かに、法律上、契約の締結ていけつを断れば破棄になりますが……。遺言書には、断られた場合については特に言及げんきゅうをしておりませんので、それは故人の想定の範囲外ということになりますねぇ」

「つまり……?」

「故人の遺言を実践じっせんしなくとも、遺産の相続権は消滅しないということになります」

「だろ? よっしゃー!」

 カールは嬉しそうにガッツポーズを決めると、私に向かってヒラヒラと手を振るってきました。

「残念だったな小娘。お前がこれから野垂のたれ死のうがえてせほそろうが、金輪際こんりんざい俺には関係がないってことだ。……まぁ、悪く思うなよ」

──悪く思わないという方が無理な話であります。

 こうなっては、別にカールに面倒を見てもらいたいとは思いませんが、なんだかもてあそばれた気持ちになって腹が立ちました。

 どうにか仕返しすることはできないかと頭を悩ませ、私は紳士に尋ねました。


「ごめんなさい、よく読み取れなかったんですけど……もしも、私が保護されたとして、お爺様はどの様にしろと遺されておりますか?」

 遺言書に私の保護に関して明記がされていました。私は何となしにそのことを思い出しながら、えて紳士にそう投げ掛けました。

「故人は貴方様のことを、よくお思いなのでしょう。三枚分にも渡って貴方様の保護に関することを遺されておいでなのですから……」

 紳士はよく、遺言書の内容を憶えているようです。

 感心したように頷きながら、遺言状の便箋びんせんを手渡してきました。


 横からカールがそれをひったくりました。自分に不利なことが書かれていないか、気になったのでしょう。

「げぇっ! 面倒くせぇー!」

 そして、便箋に目を落としたカールは苦虫を噛み潰したかのような表情になって舌を出しました。


 横から紳士が、説明をしてくれました。

「貴方様の保護に関して、こう書かれてあります。保護者……この場合、カール様ですね。……は、貴方様の衣食住を保証しなければならない。また、肉体的・精神的に危害を与えてはならない。貴方様の要望や意思を尊重し、できるだけ実現できるよう努めなければならない……などが書かれております」


──なるほど、と私は思いました。

 そして、意を決してチョークのリボンを首元から外しました。そして上着のボタンを一つ一つ取って、衣服を脱いでいったのです。


 みんなの視線が私に集まってきました。

 みんなから注目されて、どれ程恥ずかしいことだったでしょう──。

 それでも私は羞恥心しゅうちしんと戦いながら言われた通りに手を進めていったのです。


「お〜!」

「ひゅー!」

 なんて茶化ちゃかした声も上がりましたが、大半は親族の集まりですのでどちらかと言えば「はしたない!」と冷やかに私のことをにらむばかりでありました。

 私は緊張で震えつつも、その手を止めるわけにはいきませんでした。なんせ、そのことが強いられているのですから──。


「やめておけ」


 そんな声が上がり、誰かが駆け足で私に近付いてきました。

 そして、羽織っていた上着を脱ぐと、私の全身を包んでくれたのです。

 なんと、優しい人でありましょうか。

 私はその優しき人の顔を見ました。

 それは──カールでした。

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