『これを反故にした場合は、遺産相続権の放棄と見做す』

 私には、そんな遺産のことよりももっと気掛かりなことがありました。


 私の唯一ゆいいつの肉親といえば、お爺様しかいなかったのです。まさか、この広いお屋敷の中でこの後も一人で暮らせというのでありましょうか。

 遺言書で身寄りをなくした私のことにも触れて貰えるかと思いましたが、遺産のことしか言及はありませんでしたのでいささか悲しい気持ちになったものです。


「これは、貴方に……とのことです」

 落ち込んだ私にタイミング良く、紳士は封筒を手渡して来ました。これも先程の遺言書と同じ様にろうで封がしてありました。

 私はその封筒を受け取ると、ビリビリと乱雑に破いて封を切りました。

 そして、中に入っていた便箋びんせんを取り出すとじーっと見詰めて書いてある内容を黙読しました。

 そこに書かれていた内容に私は驚いて、思わず目を丸くしてしまいました。

 そんな私の反応を見て紳士が「失礼。拝見はいけんしてもよろしいですかな?」と、立会人の責務をまっとうするかのように声を掛けてきた。


「え、えぇ……。構いませんよ」

 放心状態ながら私は便箋を、紳士に手渡しました。

「失礼」

 紳士はそれを受け取ると文章を読み始めました。ブツブツと口ずさんだ後、内容を理解した紳士は頷いてみせます。

「こちらの遺言書の内容も、公開させて貰って宜しいでしょうか?」

「は、はい……」

 紳士の言葉を理解せずに、私は無意識に返事をしておりました。それ程に、書かれていた便箋の内容にショックを受けたのでありました。


 紳士は親族一同に顔を向けるなり、声高らかに叫びました。

「この中にカール様という方はおられませんか!?」

 大きな声で紳士が呼び掛けて尋ねると、一人の男性が手を挙げました。

「俺だが?」

 ソファーに大股おおまた座りで腰掛けていた男性は怪訝けげんそうな顔をしながら立ち上がりました。そして、私と紳士の前までズカズカと足早にせまってきました。

 しかめっ面をしたこのカールという男性は──お世辞せじにも良い人そうには見えませんでした。


「いったい、何だってんだ?」

「故人からの遺言です。貴方様を、ご指名とのことです」

「はぁ?」

 紳士の説明に、カールは小首を傾げました。


「私からご説明をしても宜しいでしょうか?」

 紳士は承諾しょうだくを得るように私に目を向けてきました。

 ここまで来て、断るのも変な話です。私は全てを紳士に一任し、頷きました。


「それでは失礼して……読ませて頂きます。『我が命なき後生において、孫娘の世話はすべてカールが行うこと。これを反故ほごにした場合は、遺産相続権の放棄と見做みなす』とのことであります」

「な、なんだとっ!?」

 カールの眉間みけんによりいっそう深い皺が刻まれました。

 明らかに嫌そうな態度を露わにして、ギロリと私のことを鋭い目つきでにらんできたのでありました。

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