拝啓、わたしの大事な幼馴染さまへ

裏川狐

手紙

 拝啓、わたしの大事な幼馴染さまへ。どうしてこんなことになっているのか、きっとわからないでしょ。


 肝心なことを何一つ察せない鈍感なきみには順序を追って説明していこう。面倒臭いなと思ったらこの手紙を破り捨ててどうぞ。ただしその時点で、幼稚園から十三年続いたわたしたちの関係は終わるのであしからず。


 わたしはきみを逃さない。わたしもきみから逃げない。


 そういう切羽詰まった状況にするために、ちょっと面倒臭い手段をとらせてもらいました。


 こうしている今も、わたしは薄目を開けてきみの様子を窺っています。その点もよーく心して。


 いいね? じゃあゲームを始めようか。


 すべての発端は最近転校してきた櫻木さんの存在にある。朝のホームルーム中、担任の田端先生に呼ばれてあの子が教室に入ってきたとき、男子たちが一斉に快哉を上げたねえ。女子たちの大部分がそんな男子たちのあからさまな態度に筆舌し難い苛立ちを覚えたのはわざわざ説明する必要はないと思うな。


 だって櫻木さん、信じられないくらい美少女だもの。


 顔の偏差値メチャクチャ高いし、全体の造形も完璧。背中まで伸びた艶やかな黒い髪、男の子のプライドを傷つけない高過ぎず低過ぎない絶妙な身長、教卓の前まで教室を横切るように歩いただけでゆっさゆっさと揺れる豊かに育まれた二つの水蜜桃。


 そうしたものを見せつけてきたうえで、あの弾ける笑顔と一度聴いたら忘れられない透明感のある声で自己紹介をされたら、そりゃあ興味を惹かれない男の子はいないよね。ついでに微妙に腹が立たない女の子もいない。


 普段だらーっとゆるキャラみたいに生きてるわたしも、頬杖つきながら「これが生まれながらのヒロインか。とんでもねえやつと同じ時代に生まれちまったもんだぜ」ってな具合に素直に驚いてた。あんな光り輝くような女の子が世の中に存在するなんて、実際に目にしてみるまで思ってもみなかったし。


 ふふん。でも一瞬で我に返ったよ。こう見えて肝っ玉の強さが取り柄なのさ。だから隣の席だったきみがあのとき、どういう顔をしていて櫻木さんを見ていたかはよく知っている。


 魅入られていたよね、両目を剥いて。呼吸をするのも忘れて、じっとあの子の一挙一動を見逃すまいと。


 うなじのあたりがチリチリしたね。とてつもなく嫌な予感がした。


 櫻木さんの自己紹介が終わった後、空いてる席がないけどどうしようかってなって、すかさずお調子者の武田が「オレ、空き教室から机と椅子持ってくる! 折角だから席替えしようぜ! しようぜ! 超しようぜ!」と騒ぎ始めたとき、その予感はより強まったんだ。


 籤の結果、櫻木さんは最後方の窓際の席を獲得し、その隣席はきみのものになった。一方でわたしの席はといえば、何かの罰ゲームみたいに最前列の廊下側である。


 対角線でほぼ最大距離だよ? 出来過ぎててありえないよ、こんな偶然。ふざけた提案をした武田は絶対に許せねぇよなぁ? しようぜじゃないっつーの。まったく下心見え見えだよ。男子ってなんかよく勘違いしてるけど、剽軽でお喋りなヒトって女子からしたらその時点で恋愛対象外なんだよね。「明るい」と「騒がしい」は似て非なるものだってどうして気づけないのかな。そんなんだから武田のヤローは女子たちに嫌われて遠巻きにされるんだ。


 んでもね、わたくし怒り心頭でも冷静でしてね。転んだままじゃいられないのが生来の気質ですのよ。歯軋りしながらイライラしつつも地獄耳を澄ませて、出会って間もないのに不思議と和気藹々な雰囲気作ってるきみと櫻木さんの状況を窺っていたワケ。


 もう高校生だからさ。いちいち癇癪起こして突っかかっていったらバカみたいじゃん。


 まあ、半分くらい嘘だけど。


 本当は近づこうにも近寄れなかったんだよね。休み時間は櫻木さんときみの席を取り囲むように人垣ができちゃったし。平均以下の背丈しかないわたしなんかが割って入れる雰囲気じゃなかった。


 そしたらー? なんとー? 櫻木さんのご自宅がー? どうにもきみら一家が住んでるマンションの、しかも左隣の部屋に越してきたみたいじゃないですかー?


 ワオ、なんて偶然。


 人垣の間からチラっと見えた櫻木さんが「なんだか運命みたいだね」なんて台詞を赤面すらせずに口走ったもんだから、本気でガタガタ身震いしちゃった。隣に座ってた今泉さんもそんなわたしの様子を見て、泣きそうな顔をしてガチガチ奥歯を鳴らしていた。


 「えー? だったらわたしも運命になるんですけどー? その男の右隣にわたしも住んでるんですけどー? しかも十年以上前からなんですけどー? 運命ナメめないでほしいんですけどー?」って机ばんばん叩いて突っ込みたくて仕方がなかった。


 このぶちギレ金剛不可避な流れに、わたしの予感は確信に変わったの。


 あれ。これ、もしかしなくてもよくあるライトノベルの冒頭じゃないの? って。


 レーベルはどこでもいいよ。ジャンルは現代を舞台にしたラブコメで、作家は十年業界で生きてきたけどヒット作に恵まれなかった中堅所。絵師は人柄がよくて、Twitterでお気持ち表明や炎上発言なんかもしなくて、今後の伸び代にも大いに期待できる新人さん。売上的にも悪くない百点満点中九十点くらいの優等生作品。何かの弾みでちょっと人気が加速すればアニメ化して、更なる原作爆売れが十分期待できるタイプ。


 ふゥン? 悪くないね。みんなが幸せになれそうじゃん。出版社も、編集さんも、作家さんも、絵師さんも、ラノベ読者も、アニメの制作会社も、アニメーターも、アニヲタも、わたし以外のみんながニコニコ大満足。


 たぶん「やべえな。こいつ〈アイデア〉ロールに成功して一時的狂気でも発症したのか?」って突っ込みをしたくなってる頃合いだろうね。でもさきみも知っての通り、わたしのこういう虫の知らせは昔から当たるんだよね。


 わたしがガリガリ君を買うと三割くらいの確率でアタリを引けるでしょ。小さい頃は時間ばかり余ってたから、二人で少ないお小遣いを握り締めて「ビビッ」と電波がくるまで自転車で近所一帯のコンビニを駆け巡ったよね。


 悪天候の予測に関してはほぼ百パーセント的中。わたしが持ってきた傘のお陰で、いったい何回きみが雨に濡れずに済んだかちゃんと思い出せる?


 去年の年末限定ガチャで爆死させてしまったのは本当にごめん。でもトータルでみれば悪くない結果になっているはずだよ。ちゃんと狙いのキャラは完凸できたわけだし。まあ割った石の数はなかなかに壮絶だけどさ。


 うん、まあ、そのラノベの冒頭じゃないかっていう予感に例の電波がきちゃったんだ。しかも過去最大の強さで。字面にすると馬鹿馬鹿しいけどもう間違いない。コーラを飲んだらゲップが出るくらい確実じゃ。


 きみはこれから主人公になるんだ。ヒロインは櫻木さん。きっと素敵な毎日が始まるよ。辛い困難があっても大丈夫。悲しい出来事があっても何とかなる。最後は絶対に幸せになれる。わたしはそう直感している。よかったね。


 たださ、喜ぶ前に少し考えてみて。待てよルパン、なら幼馴染であるわたしはどうなンだ。俗に言う負けヒロインってヤツの一人になるんじゃねえのか。


 負けヒロインが何かはわかるよね?


 念のためにお互いの共通認識を確かなものにしておくけれど、ヒロインレースを盛り上げるために主人公とメインヒロインの間に割り込もうとして無様に討ち死にする情けない噛ませ犬だ。


 この属性はね、二番手に陥りやすい。仮に読者人気が出ても最終コーナーでクラッシュしちゃう。


 なぜなら幼馴染は保守的だから。日常の象徴であるがゆえに変化のしづらい属性だから。


 物語はキャラクターの変化を尊ぶ。外の世界からやってきた女の子に対して、幼馴染はその変化と速度についていけない。


 初乗り五百円のタクシーがF1マシンに追いつけないのと同じように。


 負けるべくして負ける。それが幼馴染なんだ。


 そこまで考えたとき、いつの間にか授業は全部終わっていた。夕日に照らされた教室で、一人でぽつんと席に座っていた。どうやらきみは可愛い幼馴染を残して先に帰ってしまったらしい。とんだ薄情者がいたもんだよ。少しくらい心配してくれてもいいんじゃないのかな。きっと深刻な顔して物思いにふけっていたよ、わたし。


 これがラノベの冒頭だっていう事実をきみはまだ信じられないかもしれない。だから信じてもらうために、もう少しだけ根拠を語らせてもらう。


 翌日きみに聞いたところによると、あの日は櫻木さんに街を案内してほしいとせがまれたそうだね。それも二人きりで。カラオケボックスで歓迎会をしようなんて男子どもの下心見え見えの誘いを、櫻木さんはさりげなく躱したそうじゃないか。


 そいつはいささかおかしい展開だ。初対面であるはずのきみに、どうしてそこまでしてわざわざ街を案内してもらったんだろう。何か理由があるはずだ。


 教室で一目惚れ? それはどうだろう。可能性は薄いよね。おっと落ち込まないでくれたまえよ、きみの容貌はなかなか良いほうだ。幼馴染のわたしが保証する。ただサッカー部のエースである吉田くんと比べて勝てるかっていったらそんなわけないよね?


 だからこそ異常事態なんだよ。櫻木さんのようなああいう女子の中の女子と呼べる天上階級層はね、昔から現在に至るまで男の子を選びたい放題だったから異性を足切りするラインがべらぼうに高いんだ。


 イケメンの吉田くんをスルーして、きみに飛びつく理由はなに? 部屋が隣だから頼まれただけだろなんてタワケた台詞を言わないよね?


 美少女は計算高いんだよ。


 外見が良い女の子は性格も良いなんて通説があるけれど、そんなのはお金持ちは生活に余裕があるから気前がよくて優しいっていう言説並みに現実から乖離しているのは普通に考えればわかるよね?


 あの子だってちゃんと下心があって行動しているに決まっている。清楚な雰囲気を身に纏っていても、純朴なだけの女の子であるはずがない。「今後のご近所付き合いのために」。そんなつまらない用事で男の子と二人きりにはならないんだ。


 メタ視点でさらに妄想しよう。わたしたちが置かれたこの状況をラノベの冒頭だと断定したうえで。


 もしかするときみは、過去に櫻木さんと何か関わりがあったんじゃない? 忘れて思い出せないだけで。


 たとえば時系列は幼少期。家族と一緒に何かの用事でこの街にやってきた櫻木さんは、両親が目を離した隙に迷子になってしまった。見知らぬ街の風景の中を、彼女はめそめそと泣きながら彷徨っていた。


 そこへ偶然現れたのがきみだ。彼女が置かれた状況を把握した優しいきみは一緒になって両親を探した。その過程でお互いの名前を知る機会もあったかもしれない。あの子の胸に淡い感情が湧くような出来事があったのかもしれない。無事に両親を見つけ出して別れる際、いつの日か再会しようと指切りをして約束したのかもしれない。


 そして長い時を経て現在、櫻木さんは何かの都合でこの街へ引っ越してきた。転校先の学校のクラスを見回すと、おやおや遠い記憶で霞んではいるものの、どこかあの日の男の子の面影を残す男子生徒がいるではないか。


 トゥンク。高鳴る心臓。脳裏を音速で過ぎるセピア色の想い出。流れ出すメインテーマのオルゴールアレンジバージョン。


 なんだか書いてて気分が悪くなってきたから終わりにしとくね。手紙を両手で引き裂いちゃったし。実はここまで書くの二度目なんだよね。


 もちろんこれらは全部適当に考えただけだから事実とは異なるかもしれない。ぶっちゃけ櫻木さんの事情なんてなんだっていい。映画のマクガフィンみたいなものだよ。気にすべき箇所は櫻木さんが既にきみに好意を抱いている気配を匂わせている点だ。


 まずいよ、これはまずい。シャッター商店街の隅っこに店を構えている、なんで経営が成り立っているのかわからない家族経営の中華料理屋のパサついた炒飯くらいまずい。


 自分で言うのもなんだけど、わたしはかなりの美少女だ。日本人女性をランキング化したら上澄みの中の上位層に入るくらいには位階が高い。そしてこの十三年間、生まれ持った素質に胡坐をかかずに、女の階梯を全速力で駆け登ってきた自負もある。


 それでもやっぱり真っ向勝負では勝てそうもないんだよ。あの子を見ただけで理解させられた。


 魂が違う。資質が違う。成長曲線が違う。地球人最強レベルのわたしでは、サイヤ人レベルの櫻木さんには抗えない。


 じゃあ諦めるのかって言ったらそりゃ無理だ。きみに「俺が結婚してやんよ!」って言ってもらえるように積み重ねてきた努力を、ぽっと出の爆乳ヒロインに吹き飛ばされちゃこちとらたまんないよ。


 だから前提を変える。きみと勝負はするけど、櫻木さんとは戦わない。


 戦わずして、あの子に勝つ。全身全霊できみをわたしのモノにする。


 ところできみ、物語はどうやって進むか知っているかい?


 まず導入で舞台説明があって、次に主人公が突破しなければならない苦難が提示されて、とまあ、そんなのはどうでもいいんだ。


 いいかい、もっとも重要なのは語り手がいることなんだよ。誰かの思い描いたストーリーや高尚なテーマなんかじゃない。最初に語るべき何かを持った存在がいるから物語は走り始めるんだ。


 逆に言えば語るべき何かに語らせなければ物語は決して始まらない。わたしはそう考えている。今回のケースだと語り手は主人公であるきみ、もしくはヒロインである櫻木さんになるんだろうね。


 わたしはきみと櫻木さんに何一つ語らせるつもりはない。もし何かちょっとでも語らせてしまったら、その時点でこいつはどこかで名前の聞いたレーベルから妙に長ったらしい説明文みたいなタイトルで出版されてしまう。


 この手紙にカメラが当たっている間だけは、わたしが物語に介入できる余地が残されているんだ。


 なんだか異能力バトルに巻き込まれたみたいだ。いや巻き込まれたみたい、じゃないね。これは疑いようもなく現実で、わたしは何か得体の知れない奇妙な法則が働く特殊な現象に立ち向かっているんだと思う。


 だって相手はメインヒロインだよ? 運命の一つや二つ、お気持ち次第で気楽に捻じ曲げてきそうじゃん。四部で吉良吉影に挑んだ川尻早人もこんな気持ちだったのかな。流石に身体の内側から爆破されるような事態にはならないと思いたいけど、今この瞬間の機会を外してしまったら本当に何が起きるかわかったものじゃない。


 正直に言って気が気じゃないんだ。主人公とメインヒロインの人生の充実や精神の成長のためなら、如何なるものでも薪にして焚き上げるのが恋愛の物語だから。十代の少年少女を主な読者層にしているライトノベルだからといって脇役に容赦があるとは思えない。本格的に本編の地の文章が綴られ始めたら、不本意な形で命を落とす状況だって起こりうる。ましてや、こんな手紙を書いてしまうような性格が悪いわたしに訪れる未来は不幸と敗北の連鎖しかありえないんだよ。


 いよいよ文章が長くなってきた。お膳立てはもう十分かな。自分でも書いててわけわかんなくなって頭痛くなってきたし。意味わからない文章になってないか心配。


 きみには選択をしてもらう。


 一つはこの手紙の見なかったふりをして、櫻木さんとの学生生活を送ること。約束された勝利のエンディングが待っている。心配しないで、わたしの直感は外れないよ。今回に限っては絶対にね。


 ちなみにそっちを選んだら、もう二度ときみたちには関わらない。櫻木さんに花を持たせるための踏み台になるのはまっぴらごめんだ。“被害”を受ける前に撤退させてもらう。


 当然だけど毎朝きみに渡しているお弁当はなくなるよ。


 バレンタインに毎年あげていたチョコレートや御菓子も来年からはなし。


 ノートだって写させてあげない。


 きみが美味しいって言ってくれた特製のカレーも作らない。


 何か困っても助けてなんかあげない。


 どうせその助けすら、きみたち二人の物語を盛り上げる材料にされちゃうしね。


 言っておくけど、わたしは意志が強いよ。やるといったからには絶対にやる女だ。いつまでもきみに対するみっともない執着心なんて持たない。見限る心の準備は既に出来ている。


 二つ目の選択肢はわたしを選ぶこと。のみならず、手紙と同封されているコンドームをわたしと一緒にこの場で使う。この意味わかるよね? セックスをするんだ。


 ちなみにわたしは処女なので安心してほしい。念入りにお風呂にも入ってきた。下着も気合を入れてるよ。どんな柄かは服を脱がせてのお楽しみ。加えて言うなら安全日だ。


 例外はあるにしても定番のラブコメってさ、少しずつヒロインとの仲が強まっていくものでしょ? 道中で色んな出来事を共に乗り越えて、お互いが隠しているものなんかも見えてきて、それで最後にようやく結ばれるよね。


 きみと櫻木さんのラブコメが定番の話かどうかまではわからない。変化球ぎみのストーリーである可能性は十分にある。ただ多くの作品は奇を衒って独自色を出しつつも、おおまかな構造まではそれほど大差がないものなんだ。


 思い出してみてよ、往年の名作や最近の流行作品を。どれもこれも結局のところは基本に忠実な王道の物語だと思わない?


 わたしはその部分に賭けている。ラブコメのメインキャラクター以外への残忍さと悪辣さを信頼しているからこそ、きみと櫻木さんが徐々に仲を深めていく前に勝負を決める。


 まさかラブコメの神様も物語が本格的に始まろうとしたかに見えた刹那、主人公が負けヒロイン予定の幼馴染に性的に食われるとは想定しないだろうね。


 ストーリーを修正不可能なまでにご破算にすれば、メインヒロインは舞台から強制退場せざるを得ない。


 もう一度言うよ。こうしている今も、わたしは薄目を開けてきみの様子を窺っています。


 きみの部屋のベッドの上で、浅ましく狸寝入りをしています。伸し掛かられて取り押さえられたらきっと何もできないよ。


 ごめん、もう少しだけ書かせて。


 わたしはのんびり生きていきたいんだ。せかせかするのは嫌い。イライラするのはもっと嫌い。こんな乱暴な方法できみの意志決定を要求するのなんて大嫌い。


 縁側の陽だまりで微睡むように、これからもゆっくりきみと共に時間を刻んで、たくさん思い出を作って、ゆくゆくは結ばれればいい。そう望んでいた。


 ラブコメは幼馴染わたしのそんな願いを許さない。


 おまえが積み重ねてきた時間など無意味なのだと吐き捨てる。


 おまえが思い描く未来は起承転結に欠けてつまらないと罵る。


 序破急を意識しろ。そんな鈍い展開じゃ読者が喜ばない。俺が思い描いたストーリーをやらせろと迫ってくる。


 おまえはそれほど魅力的じゃないから、より素晴らしいヒロインのために涙を飲めと要求してくる。


 だったらやるしかないじゃん。


 わたしの全存在をかけて、そのふざけた青春ラブコメをぶっ壊してやる。




 ちょっと面倒臭い部分はあるって自覚してる。


 胸だって櫻木さんに比べれば無いも同然だね。


 身長だって小さいよ。


 わたしを選んだって特別な日々がやってくるわけじゃない。


 世界の危機を救ったり、あっと驚くような真実を見つけたりなんてできない。


 いつも通り、平凡で退屈な人生が待っているだろうね。


 でもわたしはそんなしょうもない毎日でもきみを幸せにする自信がある。


 きみと一緒に幸せになる自信もある。


 きみが素敵な男の子だって事実を誰よりも知っている。


 さあ。答えを聞かせて。

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