私が好きな人

あかり紀子

私が愛した人

 出会ったきっかけは、親友だった。

幼馴染で、幼稚園からずっと一緒の親友が楽しそうに、その人のことを話してくれるたびに私はその人のことが好きになっていった。


その人とは、佑哉ゆうや。同じクラスで、親友の彼氏。成績は決して優秀とは言えないけど、クラスメイトからの信頼が厚い、いわゆるムードメーカー的存在で、ファンも多い。ただ、すでに私の親友と付き合っていることは公認で、ふたりがあまりにもお似合いだから、誰もふたりを引き離そうとはしなかった。しなかった…というよりできなかったのだ。もちろん、私もふたりを応援していた。


 いつからだろう?

佑哉のことが好きだと感じ始めたのは。


親友のひなたから、佑哉がインスタを始めたと聞き、それをこっそり見るようになってからかもしれない。私だと気づかれないように、そっとフォローし、更新がなくても寝る前に陽のものと一緒に毎日チェックするのが日課となっていった。基本、本人の画像は投稿されておらず、靴の画像だったり、手の画像などだったが、それのどれもが陽との2ショットだった。画像は陽の投稿とほぼ同じ。本当に仲のいいふたりだった。


 でもある日を境に投稿内容が異なり始めたのだ。陽は、私との2ショットを投稿するようになった。

「亜里沙、顔は絶対出さないから!今日もこれ、載せていい?」

亜里沙ありさというのは、私のことだ。陽のインスタに私が載っているだけで、なんだか嬉しくなった。もちろん、私はインスタをやっていることを誰にも言っていない。親友の陽にでさえ教えていなかった。だから、陽は、私がチェックしていることは知らない。なので、投稿する時にはいつも見せてくれていた。


 そして、佑哉のインスタはというと、道端にあった四つ葉のクローバーや、雨上がりの空にかかるキレイな虹など、人物以外の画像が増えていった。


ふたりの投稿が気になっていたが、陽に佑哉をフォローしていることは内緒にしていたし、私自身、インスタはやっていないからと、陽もフォローしていなかった。なので、この状況を直接、陽に聞くことは出来なかった。


 ただ、佑哉の投稿する画像があまりにもキレイに撮れているものばかりだったので、思い切ってDMで、「この虹、とても綺麗ですね」と送ってしまった。コメントですれば良かったけど、なんとなくDMにしてしまった。たぶん、陽にバレないように佑哉と繋がっていたいと思ったのだろう。親友の彼氏を好きになったなんてことは、絶対にだれにも言えないことだから。コメントに残さなかったのは、陽が私だと気付かないようにと思ったのかもしれない。はっきりした自分の気持ちは、この時は分からなかった。


佑哉からはすぐに返事が来た。

「ありがとう。最近フォローしてくれた人だよね?」

私はドキッとした。自分のインスタは誰にも教えていないし、投稿もしていないからフォローが増えることはない。たまに「誰やねん?」っていう明らかに自分とは関係ない人からフォロー申請が来るが、誰とも繋がるつもりがないから、そのまま放置している私とは違い、佑哉はしっかりとチェックしているんだと思ったからだ。


とりあえず、「そうだ」という内容の返事をした。すぐに「女の子かな?」と返事が来て、返事するのをためらった。なんでかな?こういうのに慣れていないからかな?佑哉がインスタで知り合った女の子とも繋がっているんじゃないか?なんて考えてしまったからだ。


その時のやり取りは結局、私が返信しない状態で終わった。


 後日、佑哉から再びDMが届いていた。その内容に驚きを隠せなかった。

「俺、彼女がいるんだけど、同じ高校を目指してたけど、成績が足りなくて今から頑張っても同じ高校には行けないみたいで。女の子って、高校が変わるとだいたい別れようって言い出すって聞いたんだけど、本当かな?君が女の子かどうか分からないけど、女の子の気持ちが知りたくて。彼女に聞けないからこんなこと送ってごめんね」


確かに、陽は頭がよく、志望校は偏差値の高い高校。もちろん、私も同じ高校には行けない。それでもギリギリまで、同じ高校を志望校にするつもりでいる。そのために頑張ってるけど、模試の結果はいつも私の希望を打ち砕くものばかりだった。まさか佑哉も同じ高校を目指そうとしていたとは。それも陽と別れたくないからという理由で頑張ってるんだと思ったら、健気にさえ思えてきた。


「私も志望校は今の成績だと無理だけどギリギリまで頑張るつもりでいるから、yuuyaくんもギリギリまで頑張ったらどうかな?別の高校に行ったら別れるってことは本当にあるみたいだけど、彼女から別れを切り出すってよりホントに自然消滅が多いみたい。別れたくないなら頑張るしかないんじゃないかな?」


一瞬、別れたら自分にもチャンスがあるかもなんて思ったが、なぜか応援するような返事を書いた。まだ、中学2年なのだから、ここから頑張ればチャンスはあると本当に思っていたからだ。現に私もそのチャンスを信じて頑張っているのだから。


 この日以来、佑哉とのやり取りがほぼ毎日のように続いた。最初は陽と別れたくないという内容が多かったが、そのうち、陽に対する愚痴が多くなっていった。お似合いだと思っていたふたり。どうやら、同じ画像を投稿しなくなったあたりから、佑哉は陽に対して、不満が増えたようだ。同じ画像を同時投稿することで陽は佑哉の気持ちを確認していたと佑哉は言うが、陽が今でも佑哉が好きで好きでしょうがないのは分かっていたから、段々佑哉の言葉に腹が立ってきた。


「そんなに嫌なら別れればいいのに!」


ある日、佑哉があまりにも陽のことを悪く言うせいで、私はついそんなDMを送ってしまった。と同時に、「佑哉が諦めても私は絶対に諦めない!陽と同じ高校に行くんだ!」という気持ちを再確認した。そして、これを機に佑哉のフォローを外した。私がフォローを外しても、佑哉は外さないままだったので、投稿を見ることは出来ていて、時々投稿は見ていた。そんな程度になっていた。


 時は流れ、陽は受験勉強に集中するためといってインスタをやめた。そして、陽の口から佑哉の話題が出なくなったことも気になり、

「佑哉とは、別れたの?」

と聞いてみた。すると、

「よく分からないけど、ずっと避けられてる。けど、恋より受験の方が今は大事だから、このまま終わっちゃうならそれもしょうがないかなって思ってる」

と、返ってきた。あれだけ佑哉、佑哉と言っていた陽の口からそんな言葉が出てくるとは思っていなかったが、この時、なんだか不思議な感覚に襲われた。


それは、”どこかホッとしている”感覚だ。


陽と佑哉が別れる別れないというのは、正直どうでもいいって思っていて、志望校合格を目指す陽を純粋に応援したい気持ちがあった私は、恋愛より受験勉強を最優先する陽に安心していたのだ。


と同時に、私ももっと頑張らなくてはという気持ちも湧いてきた。中2を終える少し前のことだ。ちなみにこの時点で、佑哉はすでに志望校を変更している。もう陽と別れる気なのだろう。ならば、私は最後まで諦めず、陽と絶対に同じ高校に行くと改めて決心した。


この時、好きな佑哉より、親友の陽と離れたくない気持ちでいっぱいだったのだ。


 中3になると、クラス全体がなんとなく受験を意識した空気になっていた。そして、陽とは別のクラスになり、佑哉とは同じクラスになった私は、佑哉と同じクラスという嬉しさより陽と別のクラスになったことにショックを受けていた。


受験の年という大事な学年になってもなお、佑哉はほぼ毎日インスタを投稿していて、ずっと顔出しをしていなかったのに、最近は友達との画像を投稿するようになっていた。顔は悪い方ではない佑哉の顔出しで、フォロワー数は一気に増えていき、学校でも陽以外の女子と一緒にいることが多くなっていった。陽が志望校合格を目指し頑張っている時に何をチャラついているんだと、私は佑哉に対してイライラが募っていった。


 夏休み前に受けた模試で、ついに私は陽と同じ志望校の合格判定がA判定となった。本当にギリギリで万年C判定だった私が、A判定になったのだ。この頃、私の中では佑哉への思いはすっかり変わっていて、まるでライバルに勝ったような感覚になっていた。


陽と同じ高校を目指すことを早々に諦めた佑哉に対し、「勝った!」と優越感に浸っていたのだ。と同時に、ふと気が付いてしまった。


今まで、陽が話してくれる佑哉に恋していたのに、話題にも上がらなくなったら、急に熱が冷めてしまったことに。陽のことを大切に想っているのは私であって、佑哉ではなかったことに。クラス…いや、学年公認といっても過言ではないくらいふたりが付き合っているというのは有名な話しで、ドラマや映画で見るの間には、誰も入り込めない空気があった。そんなふたりが、実は陽の愛情を束縛だと考える佑哉と、佑哉の気持ちより受験が大事だときっぱりと割り切った陽。


この先、このふたりは、どうなっていくのだろうか?たぶん、別れてしまうだろう。別れたら、私にも佑哉に告白するチャンスがあるのだろうか?


いや、特に告白したいとは思っていない。むしろ、今は佑哉を拒否すらしている。佑哉に対する愛情も本物だったのかさえ、分からなくなっているのだ。ただ、佑哉と離れた陽が時折見せる切ない顔と、その視線の先にはインスタの佑哉のページという姿を見ているだけで、陽を抱きしめたいとさえ思った。


私が側にいるんだから、彼氏なんていなくてもいいでしょ?と伝えたい衝動に駆られていたのだが、そんなことを考えながら、私は陽の瞳、唇、首筋、胸…と順番にパーツを見つめていた。そして、見つめるたびに、心臓がキュッと痛むのを感じていた。


佑哉を好きになった時にも感じなかったこの痛みは一体何だろう?考えた末、思いつくことはたったひとつだった。それは、



私は、佑哉ではなく、陽のことが好きだったのだ。



ということ。



それは、親友としてではなく、明らかに佑哉と同じ立場で陽のことを好きだったことに気付いてしまったのだ。確か、BLとか、GLとか、そんなジャンルの小説が流行っていた気がするけど、私には関係のないジャンルだと思っていた。でも今の私の気持ちは、明らかにこのジャンルであるGLだ。私は陽のことを恋愛対象の相手として見ていたのだ。


陽の話す佑哉のことが好きになったのではなく、佑哉のことを話す陽の純粋さに惹かれていたのだ。


 そんな自分の気持ちに気付いたとはいえ、私の気持ちは、陽には伝えていない。それは、伝えることで陽が自分から離れていくことが怖かったから。やっと陽と同じフィールドに立てたというのに、陽が離れて行ったら、なんてことを考えるだけで怖かった。


だからこそ、この気持ちはだれにも言えない恋として、自分の中に封印する。


 そして、年が明け、陽と同じ高校の受験をした私は、4月から陽と同じ高校に通うことができることになった。陽も喜んでくれている。それは、親友として喜んでいるのだと分かっている。陽と佑哉は受験の前には別れてしまった。陽は私だけのものだ。でも私の気持ちは、この先、陽本人はもちろんのこと、だれにも言うつもりはない。

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私が好きな人 あかり紀子 @akari_kiko

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